システムを超える刻
風音の強力な時空間魔法が俺には届かなかった。
空間を切断するその一撃を簡単に避けられたのだ。
「斬鉄剣はコンニャクを斬れないんだぜ!」
「な!?」
左アッパーが風音の顎を打ち抜き脳を揺らす。
形勢が逆転していた。
圧倒的な力を持つ風音に俺は有利を取っていた。
もはや中学生の喧嘩。
先程までの命のやり取りが嘘のように。
単なる殴り合いが行われた。
俺の攻撃のそのどれもが致命傷になりえない。
だが……これが効く。
これが唯一。
作中最強の主人公に唯一届く。
弱者の一撃。
俺の放つ雑魚過ぎる攻撃。
単なるモブの攻撃はコイツ以外には通じない。
何の意味も持たないだろう。
しかし、主人公という役割だから効く。
主人公補正はモブを障害と見なす事が出来ない。
これが効くのだ。
主人公補正の大きな欠陥。
運命の枠組みが定義した欠陥。
恐らく幾つか条件はあるだろうが。
―――主人公は敵意のない守るべき弱者を傷つける事が出来ない。
俺はコイツの育成をしているだけ。
そもそも最初からコイツの敵ではない。
初めから敵意すら持っていない。
今の俺は、敢えて超絶弱体化している。
身体能力は一般的な中学生2年程度までの出力に抑えている。
しかも今の俺の肉体は女子だ!
だから発動しない―――発動できない。
あらゆるチート能力も時空間魔法の緻密な操作も間に合わない。
こんな下らない戦いで奇跡は実行されない。
運良く仲間も駆け付けない。
運命力がそれら全ての発動を赦さない。
そんなオーバーキルな代物を雑魚に使う必要がないと判断する。
弱体化させた拳で風音に追撃をかけるとフラフラになった。
「これで最期だ!」
俺は木の枝を拾い。
手の平で草木を育て。
加速度的に成長させる。
瞬時に紙に加工し。
紙をほんの少し硬化させ。
高速で折り紙を折る。
――――ハリセンを作った。
ゴミスキルのオンパレード。
「歯ぁ食いしばれよ!」
「え?」
大きく振りかぶると。
スパーンッと。
虚空に響く乾いた音。
俺は思い切りハリセンを風音の脳天に叩き込んだ。
目を回した風音は。
「かっは?」
と間抜け呻き声を上げると。
千鳥足になり、目を回しその場にぶっ倒れた。
「主人公という役割が仇になったな」
ハリセンを天に掲げ勝利宣言をしてやった。
「にしても……主人公補正。これに依存しすぎれば、コイツはいずれ足元を掬われるんじゃないか?」
・
・
・
てか。
なんでコイツはこんなに好戦的だったわけ?
確かに俺は怪しい行動を取ってたし。
指名手配犯だし。
黒幕っぽいし……
「思い当たる事、滅茶苦茶あるわ」
あー。うんうん。
システリッサにとって因縁の敵である貧者。
その戦闘を眺めている怪しげな怪人。
感情が昂った後でそんな奴が居れば、敵と判断してもおかしくはない。
「現に指名手配されてるし……」
目の前には涎を垂らしアホ面を下げ伸びている風音。
「つか、どうすっかな」
このままにしておいても問題はないだろうが。
「仕方ねぇな」
俺は気絶する風音を抱きかかえ。
木陰へ移動させようとしようと……
違和感。
それは余りにも突然だったから。
だって。
俺の胸から白い腕が生えていたんだ。
「は?」
白い腕には心臓が握られていた。
鼓動のしなくなった心臓。
俺の心臓か?
ゆっくりと視線を落とすと。
胸に空いた風穴からは止めどない血が流れていた。
全武装を解除した俺に防御手段はなかった。
「意外だな。貴様。女だったのか?」
背後から投げかけられた問い。
よく聞いた事のある声だ。
意表を突かれたのもある。
単純に見落としていた……
熱くなりすぎて気が回らなかった。
油断した。
コイツの存在を忘れていた。
ゆっくり振り返ると。
聖剣:ルミナ・レディアント・プルガシオン。
人型となった聖剣の顔。
「貴様の旅路はここまでだ」
彼女に冷たい目で死を宣告された。
「そういや。よく考えりゃ……2対1だったか」
奇跡は起こらないと思ったんだがな……
ぬかったか……
「では。死ね」
目の前が暗転した。




