主人公補正の大いなる欠陥:『ヒロインのビンタがクリティカルヒットするのと同じ原理』
火花が舞う。
剣閃の軌道は激しく弧を描く。
「なかなかやる」
「なぜだ。なぜ打ち崩せない?」
風音の困惑。
「フフフ」
俺は敢えて余裕を崩さない。
謎の怪人ファントムである俺。
ファントムは余裕を見せ続けなければいけない。
いいや。俺の意地と挑戦だ。
「二度目はないぞ!」
持ちうる魔術の組み合わせ。
武具の組み合わせ。
アーツとスキルの組み合わせ。
汎用スキルの多彩な組み合わせを学習していく。
「ふむ」
距離を取った。
追い付きつつある。
あれは間もなく俺の技量を超える。
剣技の軌道が俺と瓜二つになっていくのだ。
武器を重ねるうちに。
――――徐々に模倣されていく。
挙動を披露する度に。
――――技術の全てが継承されていく。
まるでそれが最適解な動きなのだとスキルが理解したからだろう。
アイツの技量もあるが……スキルが自動調整している?
風音から放たれた刺突。俺はそれを避ける。
……簡単に避けられた。なぜだ?
なぜ先程から俺はコイツと渡り合えている?
俺の動きに似ているから。
それもあるが……
剣閃の追撃が手に取るようにわかってくる。
似ている。俺に。
アイツの動きが洗練されていく。
オート調整していく。
風音は二度目以降の攻撃を殆ど無力化させる。
初見でなければ意味を成さない。
仮に当たっても時空間魔法の防御もしくは肉体の超再生が行われ、主人公補正による運命力の乱数調整による圧倒的なアドバンテージの確保もある
考えろ。
主人公補正の欠陥……。
「なるほどねぇ。突破口はある。既に見切ったぞ!」
「な!?」
風音の剣戟を掻い潜り、素手のみの戦闘に切り替えると。
面白いように攻撃がヒットした。
連打。連打。連打。
顔面に拳を撃ち込んだ。
致命傷にはならない拳の連打の痛みに耐えかね。
たまらず風音は俺と距離を取る。
「やっぱりだ」
主人公補正には。
大きな欠陥が存在する。
「最初は負ける気だったが……
さて、お前の自己成長の限界を見極めてやる」
鼻血を出していた風音の顔は自動的に再生されていく。
「……随分と饒舌になったじゃないか。
まるで……まだ自身が格上かのような口ぶりだ」
「格上だが?」
と、俺はさも当然のようにせせら笑った。
「僕は既にお前を超えている」
「それはどうかな?」
「どういう意味だ?」
「気付いてないのか?
確かにお前は強いが、それが逆に仇となる。
慢心せぬように教えてやろう」
「また減らず口を!」
―――音魔法を駆使し音を消した―――
俺は武装を完全に解除する。
ファイティングポーズを取り。
風音の懐に入り込むと思い切り右ストレートを撃ち込んだ。
剣技も槍術も全て捨てた肉弾戦への移行。
――――無音―――――
拳を撃ち込む。
「ガッ!?」
風音は顔面に拳を受け、痛みに顔を歪めた。
―――ほんの少し髪の毛を硬くした―――
思い切り頭突きをする。
「ヌッ!?」
風音の呻き声。
――――聖剣の柄の温度を少しだけ上げた―――
風音は思わず手元から聖剣を手放す。
―――無防備になった風音に悪臭を放つ液体を投げつけた―――
風音は咳込み怯む。
―――草木を急速に育てる魔法を発動した―――
木の枝で思い切り脳天を叩いた。
そのどれもが致命傷にはなりえない……
『ヒロインのビンタがクリティカルヒットするのと同じ原理』
これを逆手に取ってやる。
強化され続けるという事は。
逆を言えば弱体化出来ないという事
洗練させるという事は無駄を削ると言う事。
ドラクエで例えるなら。
序盤で使った回復魔法のホイミを終盤では使わない。
なぜなら使う必要がないからだ。
それを使うぐらいなら回復量の多いベホマを使う。
しかし。
この無駄とも思えるホイミに利用価値があるなら?
回復量は少ないが魔力消費は少ないという利点がある。
風音は最適解に能力を上書きし向上させる。
逆を言えば。
捨てられていく無価値と思われる能力があるという事。
無駄なモノは上書きも解析もしない。
―――正確には『出来ない』―――
する必要がないと判断するからだ。
分析する必要がない。
解析して打開策を講じなくていい。
弱すぎる能力は。
主人公補正・完全理解・超自動学習これらのセンサーに引っかからない。
剣技より弱い俺の打撃は理解できない。
――――理解する必要がない。
弱すぎる魔術は学習出来ない。
――――無意識で無駄と切り捨てるんだ。
致命傷になりえない攻撃は主人公補正が働かない!
――――脅威になりえないと判定されるから。
これが突破口。
これが答え。
要らないと判断されたものが……
一番の武器になる!
思い出せ。
俺の持ってる無駄な能力。
俺は多彩な男だ。
強力な技は何一つ覚えられない代わりに数多の雑魚スキルを習得できる。
汎用魔法も。雑魚スキルも。雑魚アーツも。
ショボい能力なら取り放題のモブ男。
・周囲を無音にする。
・小さな音を発する。
・周囲の空気をわずかに振動させる。
・一時的に自分の靴の音を消す。
・他人の声を真似る。
・触れた物の温度を僅かに変える。
・物の色を変える。
・草花を育てる。
・植物の成長を一瞬だけ加速させる。
・周囲の匂いを変える。
・匂いを消す。
・悪臭を放つ液体を手の平から出す。
・唐揚げをカリカリに揚げる。
・髪の毛をちょっぴり整える。
・髪の毛で物を隠す。
・髪の毛をほんの少し硬くする。
・虫の位置を僅かに変える。
・一匹だけ虫を操る。
・ゴキブリを瞬時に冷凍化する。
・衣服の皺を僅かに伸ばす。
・衣服をほんの少し湿らせる。
・衣服を乾燥させる。
・鉛筆の芯を尖らせる。
・鉛筆の硬さを操作する。
・折り紙で何でも折れる。
・紙飛行機を遠くまで飛ばす。
……etc
下らねぇ能力の数々。
だが行ける。
これぐらいの能力なら主人公補正を突破できる!
証明してやるぜ。
この世に無駄なものなんてないってな!
「行くぞ!」




