裏切り者② 『煽動者』
/3人称視点/
血に塗れた手を自らの顔に擦りつけ。
「この温かさが生きている証…」
泥を浴びたかのように血みどろの顔。
彼女は躊躇なく目の前の兵隊の皮を剥いだ。
血飛沫の飛んだ凄惨なる現場。
血の河をゆっくりと闊歩する。
靴底に付く血糊は粘性を帯びており糸を引いた。
むせかえるような死臭が充満し、おどろおどろしい。
頭部のない兵隊の山が築かれていた。
影の中に蠢くナニカが頭部ない兵隊の亡骸を丸呑みした。
静寂に包まれる一帯の中で。
「良い素材が回収できました……」
フランはゆっくりと歩を進め。
切り取った頭部を鷲掴みにし持ち上げた。
「人はどうしてこんなにも簡単に壊れてしまうのでしょうか?」
蛍光灯の光が彼女の輪郭を投影した。
壁に写る影は人影ではなく。
巨大な異形の輪郭。
フランは光の灯らない瞳のまま恍惚の笑みを浮かべ唇を舐める。
「肉を裂く度に、なんという興奮。
この音。この手応え。
ああ。これが生きるという事」
彼女の怪力と魔術は殺戮を繰り広げた。
屠殺し皮を剥ぎ。
鏖殺し圧殺する。
トドメに首を捻じ切った。
人ならざる者が行う非人道的な殺し方。
そこに一切の迷いはない。
生命を断つ作業。
魔の物から生み出された彼女に人の善悪の基準などない。
ただ忠実に殲滅という命令を遂行している。
それだけだからだ。
「間もなく終演ですかね」
彼女はニタニタとほくそ笑む。
遥か彼方の地上では聖剣使いが魔人を追い詰めている。
予感している。
その結末が聖剣使いの勝利だと。
理由は明快であった。
同種が力が増しているのを感じ取ったからだ。
アレが同じような存在であるからこそわかる。
魔の物を飲み込み事で力を増す存在。
血を啜り呪いと魔力を飲み込む。
肉を裂き、血を啜り、魂の輪郭すらも喰らい尽くす悪食。
貪欲な暴食者は気が狂いそうなほどの空腹なのだ。
「一体幾つもの血と肉と魂を貪って来たのか」
私とは比較にならぬほどの。
「本当に大喰い…………」
・
・
・
俺は遥か後方から主人公達を眺めている。
まるで観戦客のように。
「にしても」
アタッカーばかりの自身のパーティーメンバーと比較して。
「バランスの良いパーティーメンバーだ」
とポツリと漏らした。
今回の主人公勢のパーティー構成は。
―――――――――――
メインアタッカー:風音(+聖剣)。
ヒーラー:システリッサ(聖杖なし)。
サブアタッカー:ジュード。
タンク :イノリ(+魔盾)。
サポート:幼児化ヴァニラ。(ヴァニラ(弱))
―――――――――――
の計5名のパーティー。
「なんで南朋は居ないんだろうな」
どうやら今回は選出されていないようだ。
「選考漏れしてるな」
なんでだ?
フィリスと南朋が控えか。
正直、育生が微妙なフィリスとヴァニラ(弱)が能力値で頭一つ落ちるだろう。
故に南朋が居ないのが気掛かりであった。
プレイアブル最高峰のヴァニラ(強)。
彼女は使用不可になったのは痛い。
しかしヴァニラ(弱)でもデバフは有効だ。
だから別に悪くない選出ではある。
「だが、南朋を抜いて無理して入れるほどでもない」
読みが外れた。
まぁいいか。
かれこれ30分ほど戦闘を眺めているのだ。
「ほう。良く育っているじゃないか。
スキルツリーはかなり解放されているはずだ。
パーティーメンバーのレベル換算は満遍なく50……
いや60程度ってとこか?」
と、そんな解説ムーヴをしていると。
風音から大地を削る光線が放たれた。
「ほう。中々やるな。
やはり風音だけは頭一つ抜けているな。
思いのほかやる事がない。
翡翠軍団も中々やるが……」
目を細め思案した。
我が最後の尖兵たるフラン。
アイツは千秋+小町のコンビに匹敵する人造人間だ。
こいつが中々に強い。
貧者の増援を狩るスピードが尋常じゃない。
彼女が番人を務めている区画から一切増援が来ないのだ。
「俺が出向くまでもない」
と呟き、ぼーっとしていると。
―――シスが激高した。
貧者に向かって恨み言。
怨嗟の言葉を吐いているようだ。
目が血走っているのだ。
「おいおい。闇落ちはしてくれるなよ」
ヒヤヒヤとする。
何やらネタ晴らしみたいな事をわざわざ語り出した貧者。
「なーんで。手の内や思惑を敵方は全部話すのかねぇ」
貧者がシステリッサを挑発し始めると。
熱風が頬を撫でた。
風音が強烈な一撃を放ったのだ。
「そろそろクライマックスかな」
大地を削る閃光の一撃から放たれた強烈な熱量。
熱された大気が巻き起こす風圧が一気に押し寄せたのだ。
大地に刻まれる青白く光る巨大な魔法陣。
そんな幻想的な光景の中で6名が絶え間なく攻防を繰り広げる。
一帯に張り巡らされた稲妻の繊維と鎖は魔人を雁字搦めにする。
―――強烈な破裂音。
炎と紫電が絶え間なく巻き起こる。
―――大気が振動する。
それらを打ち消すかのように濁流が突然空間に顕現する。
―――建物が軋みを上げる。
超常の異能を用いた戦闘風景の数々。
重力を無視したかのように。
それぞれが縦横無尽に走り抜ける。
彼らは徐々に魔人を追い詰める。
貧者は直接戦闘タイプの魔人ではないが、
ボスキャラにふさわしい性能値を誇る。
魔術を盗むし。
何よりHPが馬鹿みたいに高いのだ。
「俺らがHPゲージをかなり削っているはず。
後は耐久と高火力で落とせば勝てる」
ゲーマー俺は勝利を確信した。
貧者が思いのほか弱っている。
あれは十分に魔術を盗めていない。
増援も呼べない。
苦悶の表情を浮かべる貧者。
この勝負の大一番。
「コンビネーションが良い!
遠近最強の風音。
ヘイト管理のイノリは攻撃を誘導して巧みに捌いている。
デバフで削るヴァニラもいい味を出している。
ヒーラーとバフ持ちのシステリッサが全員の能力を数段引き上げているし。
単純なアタッカーとしてのジュードも強い
正直隙はない。かなり強い!
風音もシステリッサも覚醒は間近だ!」
・
・
・
/システリッサ視点/
「アイツが私の家族を…………」
―――殺した。
これは失ったモノを取り戻す為の闘い。
自分の心の中に欠けたピースを埋める為の。
結界術は魔人の力を封じ込めた。
風音の放つ剣閃が徐々に追い詰める。
自己再生できない魔人は苦々しい顔。
勝利を確信した。
間もなく一つ目の悲願が成就する。
そんな光景を目に映し何を考えたのか。
まず1人目の魔人を消せる。
続いて国を裏切った者だ。
私から全てを奪った者達。
彼らには鉄槌を下さねばならない。
「だからこれは一歩目でしかない」
――――正義の名の下に――――
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
―――脳内で何度も反芻する。
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
何度も何度も何度も。
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清粛清
須らく世界から排除する。
でなければ、私の気が晴れない。
でなければ、死んだ者が浮かばれない。
「悪は消えねばならない」
復讐を果たせば気持ちが晴れる。
あの時から苛まれる悪夢から目を覚ませる。
失った者、亡くなった国の敵を討つ事でようやく気持ちよく眠れる。
それが自身の生きる糧、生きる意味。
ただ機を狙い続ける人生を送った。
間もなく成就する一つ目の復讐。
「復讐の果てには、きっと……輝かしい未来があるはずなんだから」
そう自身に言い聞かせた。
・
・
・
俺は「勝ったな」と呟いた。
決死の闘いが行われた。
痛恨の一撃が貧者の首を刎ねる。
想定内の主人公チームの勝利。
遠目から彼らの覚醒を見届けた。
育成の終了が近い。
そんな余韻を味わいながらその場から撤退の準備を整えていた。
―――瞬間。
「な!?」
俺に目掛けて、聖剣が放つ熱波が飛んで来た。
光輝く熱線は周囲の空気と障害物を融解させる。
咄嗟の事であったが回避は間に合った。
目を疑った。
「なぜ気付いた!? 完全に気配は消していたはずだが……」
遠目でもわかる。
風音の独特な赤い目が光っていた。
目の据わった風音と目が合ったのだ。
「ほう……見ているな。この俺を」
幻影と闇夜に紛れ完全にステルス化した俺を感知している。
冷や汗が流れた。
「俺のショボい小細工は通用しなくなっているのか」
覚醒後の風音。
感じた事のない殺意と雰囲気を感じ取った。
なぜかわからんが、次の標的を俺に定めたようだ。
「俺を殺す気か?
確かに怪しさしかないが……
いいだろう。
どれほどのものか採点してやる」
無線に向かって。
「おい翡翠!」
『なんでしょう?』
「アイツと一対一でやる。それ以外のメンツを引き離せ」
とは言っても、風音以外のメンツ。
呆然と突っ立たままの虚ろな眼のシステリッサ。
息切れしているその他のメンツ。
風音以外はかなり疲弊している。
彼らのバックアップはなさそうだが念の為に翡翠に伝達した。
「ここでは被害が拡大する。場所を変える」
『とうとうですね』
「?」
『皆まで言わなくても。かしこまりました』
「お、おう」
――――『序章 持つ者 と 持たざる者』に戻る。




