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バベルの塔


/3人称視点/

 

 既に夜中になっていた。

 彼女は穴を掘り起こすのに多大な時間を要したのだ。


「戻って来たと思ったら。本当に何をしているんだ? こんな所で」


 地中から掘り出されたのは(ひつぎ)であった。

 香乃は棺を恐る恐る開く。

 白い冷気が漏れ出すと辺りを霞が舞った。

 

 彼女は目を細めるとそこには見知った顔。


「ようやく……見つけた……が」


(一体本当に何をしているんだ? 

 召喚したと思ったらなぜこんなとこに居る?

 意味がわからん)


 胸の前に手を組んでいる男はまるで死人のようであったが胸は上下しており。 

「ZZZ」

 と間抜けな音を奏でていた。


「おい。まさか寝ているのか?」


 目の前にはスヤスヤと眠る男。香乃はあまりの神経の図太さに空いた口が塞がらなかった。目の前の男は白眼を剥いていびきをかいている。


「呆れた奴だ。おい。いつまで寝てるんだ。早く起きろ」

 頬を軽く叩くが、一向に起きる気配がない。


「『左脳を寝かせて右脳を起こす。交互に行える俺は寝る必要はない』などと訳の分からない戯言(たわごと)(のたま)っていたが、こんな異常な状況では寝ているのだな」


 はぁ~っと大きなため息を吐くと。

「早く起きないと取り返しのつかない事になるからな。私はお前を担げないんだぞ」


「ZZZ」

 

「お前の毛根は既に死んでいる」


 ・

 ・

 ・


 ジュードは風音パーティー全員に向けて。

「ロック・スミスが学園の経営権を握った。

 今季の終わりから貧者と呼ばれる男が理事となる。

 分かりやすく仕掛けてきた」

 彼は頭を抱えた。


 システリッサは顔を真っ青にした。

「そ、そんな」


 風音は咄嗟に。

恐慌パニックの魔人……貧者でしたね」

(シスの故郷を崩壊させた1人と思われる魔人)


「そう。世界経済の裏側で暗躍して来た魔人。

 表と裏の世界の超大物。

 我々の組織でも迂闊には手を出せないほどの。

 遂に喉元まで来た訳だ……」

 

「そいつがここで何を狙ってるんですか?」


 シスは物憂げな表情を作り会話に入った。

「恐らくですが……大恐慌を」


「恐慌だと?」

 ジュードは顎に手を置き考え込む。


 風音はシンプルな疑問を口にする。

「恐慌? どういう意味さ?」


「そのままの意味です。金融崩壊を意図的に引き起こすのです」

 

 南朋は。

「なによ? それがどうしたっていうの?」


 ジュードは何かわかったように。

「そういう事か。もしそれが出来るのならば、終末の時計に刻まれる秒針を加速させる事が出来る」


 釈然としない南朋は。

「な、なんでよ。なんでそうなるの?」


 シスは神妙な面持ちのままで。

「恐ろしい力になり得えるからです。恐慌は止められないんですか?」


「出来ないかもしれない。相手の方が何枚も上手だ。姿を消したはずだった貧者は今攻勢を仕掛けてきた。ここの中枢にも潜り込んできたという事は……間もなく何かが起こる……それが恐慌か。なるほど。いや既に準備を整え終わったと見るべきか」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何2人だけで納得しながら話しているのよ。それが起きたらどうなるのよ」


 シスは意を決した声音であった。

「戦争……です」


 ジュードは同調するように。

「そうだな。一言で言えば戦争になる。アレは戦争屋だ。

 その後に取り返しのつかないほどの人命が失われる」


「は? なんで? 不況になるだけでしょ? 

 なんでそんな事になるんですか?」


「恐慌は引き金だからだよ。不況になれば……

 経済的困窮者が増える。

 社会不安を引き起こす。

 それはドミノ倒しのように瞬く間に世界に広がっていくのさ」


 南朋は反論するように。

「だからなんでそれが戦争に繋がるんですか? そんなの極端すぎるでしょ?」


「いいや。起きる。未来に対する不安や恐怖は広がり、冷静な判断ができなくなる。次第に暴動や略奪が起こり次第に社会秩序が崩壊する。どこかの国のように」


 聖剣は話に割って入ると。

「馬鹿な。私の居た時代なら露知らず。

 こんな豊かな時代にそんな事が起こるものなのか?」


「起こるだろう。歴史がそれを裏付けている」


 シスは頷くと。

「恐慌が起きれば、企業が倒産し経済活動は縮小します」


 南朋は。

「だから何? それで終わりでしょーが?」


 ジュードはそれに反論するように。

「結果、失業率は急激に増加する。

 失業者が増える。経済的な貧困が拡大する。

 すると生活困窮者が増え社会不安に繋がり、犯罪が増える」


 シスは悔しそうな顔をしながら。

「そうです。人の心が徐々に荒んでいくんです。

 どうしようもないほどの絶望と不安に陥るんです」


 風音は。

「……治安悪化するんだね」


 シスは頷くと。

「次に起こるのは政治的不満です」


 ジュードは。

「絶望感は次第に伝染し隣人に対する敵意となる。

 すると政治的な責任を問うようになる。

 反政府デモや暴動。

 極端な政治思想の台頭により社会分断化が起こり次第に暴力という衝突が増えるようになる」


 聖剣は。

「それを意図的にだと。そんな事が可能なのか?」


 ジュードは。

「出来る。莫大な金と人間心理を理解すれば出来てしまう。

 所詮、戦争なんてのは思想や金が絡んでいるものだ。

 恐慌とは恐怖と強欲から生まれるのだから」


 シスは思い出すように一言呟いた。

「誰もが幸せに生きていたいという願いを利用した衝突」


「個人の力じゃどうにもできない事態に陥れば混乱する。

 救世を望む思想に頼るようになる。

 国家に対して憎悪するようになる。

 正常な判断が出来なくなる。

 誤った思想に傾倒してしまう事だってある……」


 聖剣は。

「そんな馬鹿な」


 ジュードは首を横に振った。

「相手にするのは君の時代に居た商人なんか目じゃない。

 人智を超えた頭脳を持つ魔人。

 この世界の恐怖と強欲を司る災厄の魔人だ。

 引き金が引かれれば、恐慌は国外にも波及していくだろう。

 そうすれば資源争奪戦が起こり国家間の緊張は高まり、最後に武力紛争が発生する」


 風音はそれだけ聞くと。

「じゃあ、どうすればいいんですか!? 討つしかないじゃないですか!」


 南朋は頷くと。

「そうだね。倒すしかないね」


 難しい顔をしたジュードは。

「勿論生かす気はない。が……」


「討ったとて……ですか?」

 シスは恐る恐る尋ねた。


「そう。討った所でだ。仮に貧者を倒せても、あの戦争屋が仕組んだ恐慌を止めねば意味はない」


「じゃあ。どうすればいいんですか。討ってもパニックが起こるんじゃ」

 と、言おうとして風音はそれ以上の言葉を(つぐ)んだ。


 ジュードは。

「我々は何手も出遅れているんだろう。

 奴の居場所は現状掴めていない。

 だが……やるべき事をやるしかない。

 アレは必ず就任式に来るだろう」


 歯痒い気持ちの風音は。

「なぜそんな事がわかるんです?」


 学園を覆う特殊な魔術を見抜くシスは答えた。

「結界術式の移管契約を行う必要があるからですね?」

 

 ジュードは。

「そう。だから必ず現れる。そこを狙う。その場で貧者は必ず討つ」


「いやいやいや! そんなことすれば」

 南朋は否定を入れた。


「ああ。我々は反逆者……犯罪者となる」


 南朋は動揺しながらポツリと。

「そんな事……できないよ」


 シスは南朋とは反対に風音にだけ聞こる声音で。

「私はやります。仮に汚名を背負ってでも必ず」


 そんな(げん)を聞き風音はどうすればいいか、判断を迷っていた。



 ・

 ・

 ・



 ―――午前未明―――



 朝日が昇ろうとしていた。 


 夜の闇と朝の光が混じり合うそんな時分。

 人々の活動は最も緩慢で警戒を解いていた。

 そんな微睡(まどろ)みの中で緊急アラートがけたたましく鳴り渡った。


 快晴の青空を背景に、上空には独特な飛行機雲(コントレイル)の軌跡。無数の白線が青空のキャンバスに描かれている。


 

 遥か上空で火花が散った。


 

 男は一抹の不安が脳裏を(よぎ)った。

 その余りにも愚かな所業は魔人の頭脳を凌駕していたからだ。強引に劇場を開幕させ、強引に閉幕に持って行こうとしている。


「余りにも早い」


 早すぎるのだ。

 何もかもが早過ぎる。

 判断も行動も何もかも数手先を行く。

 行き過ぎている。




 何も考えていないんじゃないかとすら思うほどに。



 

 決め手の一手だと言わんばかりに打って来る一手は魔人の急所を突く。その事実に腹立たしさを覚えた。

 

「化け物め。一体何手先を行くつもりだ」


 開幕すらしていなかったはずのゲームが気付かぬうちに王手を指されていたかのような錯覚に陥る。

 

「この私が知略で劣るか……」


 強引過ぎるやり口。

 大胆過ぎる何者か。

 全くもって読めない盤上。


 冷静になり一言。

「ほとほと嫌になる」 

 悪態を吐く事しか出来ない。

 

(これは一介の聖剣使い如きが出来る所業ではない。

 わざわざこんな回りくどい事をする必要がない。 


 国家を守る一介の騎士風情でも不可能だ。

 権限を越えている。

 その上、国家に対する反逆以外の何物でもない。

 

 人命の為に動く英雄ならば尚更そんな事はしない。

 多くの人命を失う事になる)


「逆張り以外の何物でもない。酷い。余りにも稚拙。しかし……これで全てが茶番になった」


 その確信が彼にはあった。

 

「たったの一撃……か」

 

 ほんの数刻足らずだろう。

 この一手は全ての戦況を覆す。

 仕込んでいたものが無に帰す可能性が出てくる。

 

 仮に投資の世界で未来を見通す者が居れば……


 その者は必勝である。

 

 必ず勝つのだ。

 

 何もそれは金融の世界だけではないだろうと。

 全ての計画がたった一晩で覆されるなんて事があるのかと。



 天空を見上げてそんな感想しか出てこなかった。 



 朝日を背に鉄の雨が高速で空を駆け抜けていく。



 トウキョウ沖300キロ海上。

 駆逐艦・巡洋艦・潜水艦から()()された弾道ミサイル120発。


 上空を舞うトマホークの流星群。


 それらを真正面から迎え撃つ迎撃戦闘機(インターセプター)の大群。


 

 魔人の眼はその光景を信じられないモノを視るかのように何者かに向かって叫ぶ。

「総取りする気か? お前は一体誰だ!!」

 


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