裏切り者
スカルドラゴンが氷の剣に撃ち抜かれ地に堕ちた。
大地は濁流のような形状の氷瀑。
自然の摂理にも似た氷流。
大地に連なる氷柱。
雪が降り始めていた。
足元は白くなっている。
吐く息は白い。
冷気が辺りを覆っているのだ。
通常、氷の弾丸は摩擦で溶け威力を落とすが。
マシンガンのように繰り出される氷礫は、例外であった。
百や千では済まない氷の弾丸。
死の雨がフランに襲い掛かる。
「おいおい」
俺も色んな戦いを見てきたが。
傍から見ると……まざまざと感じさせられる。
イチ個人が。
しかも女子高生如きが保有していい力ではないと。
轟音と共に氷剣が四方八方から飛んでいた。
大地に被弾するとそこを起点に焼夷弾のように氷柱が出来上がっていくのだ。
戦場とか戦禍の中に居るかのような感覚だ。
前世の知識レベルで戦場を考えた時。
千秋1人で地上戦は掌握できてしまう。
自然の猛威と人間が戦っているようなものだ。
「そもそも銃口は氷漬けになり銃弾は発射出来なくなるしな」
俺はそんな感想を述べていた。
ダイヤモンドダストの中で千秋は。
「へぇ。今のを耐えるか」
普通の人間なら蜂の巣になっている猛威。
それを耐えた個人が口を開いた。
「評価を改めねばなりませんね」
フランである。
彼女の衣服はボロボロであった。
「そりゃどうも」
小町もクソ強くなっているが……
火力という面では、やはり千秋の野郎は頭一つ抜けている。
俺と接敵したアイツは間違いなく強いのだ。
フランがやや曇り顔になっていた。
想像以上の実力なのだろう。
フランに致命傷は与え切れていない。
しかし千秋の雪崩のような波状攻撃。
クリティカルに致命傷を狙う小町。
この2人が厄介なようであった。
「潮時かな……」
流れが変わりそうな予感。
フランの耐久力は並みの魔術師では傷一つ付けられない。
人間のような肌をしているが、その実、鋼鉄のような硬さだ。
さらに魔術に関しても完璧だ。
仮に傷を付けても瞬時に再生する仕組み。
魔物を素体に魔人の術式を刻印した強キャラ。
マッドサイエンティストである俺が作り出した脱法キャラ。
勿論本編には登場しない。
高耐久、高HP、高回復力、高再生力を誇る化け物。
故に、簡単に打ち崩す事は出来ない。
「並みの魔術師ならばな」
氷剣が雨霰のように宙を舞うと、フランの周囲に被弾する。
千秋は。
「ダメージは……」
容姿に似つかわしくない舌打ちをするフラン。
「チッ!」
俺はそれを見て。
「徐々にだが入っている」
被弾する弾丸の威力はフランの耐久を上回っている。
少しずつだがフランの再生が間に合っていないのだ。
その原因は小町が斬っているから。
斬撃が当たらないにしても。
フランの周囲を漂う魔術と魔力を斬っているのだ。
回復の魔術が発動出来ていない。
「ちょこまかと!」
俺はその光景を見て。
「やはり1人ではマズイな」
「不死者の門」
「させない!」
キャンセルさせられた。
小町はフランの魔術を斬った。
魔力を切断した。
小町の眼が光っている。
「マジか。アイツ。今……狙って斬ったのか?」
確かにフランのスペルスピードは遅い。
それは大掛かりな魔術だからだ。
「遅いと言っても常人レベルでは恐ろしく速いが」
大掛かりな魔術は魔力を練り、詠唱し、術式を発動させる。
魔術工程が多いのだ。
これは強力な魔術特有な動作。
どうしても隙が生まれてしまう。
それを狙って斬っている。
的確な動作で無効化しているのだ。
「どうしました!? さっきまでの威勢を失っているようですが!」
「先程の言は撤回しましょう。
確かに、お眼鏡に叶うだけの技量をお持ちのようだ」
「でしょう!」
「しかし! 勝負は決してはいませんよ!」
フランはスカートを破き、スリットを作った。
「これで少しは動きやすくなります」
「その程度で」
「少々……いや、本気を出します」
確かにあの2人は強い。
しかし、フランケン18号はまだ舞える。
「フランよ。貴様の実力はこんなもんじゃないはずだ!
この2人を叩きのめして差し上げなさい!」
マッドサイエンティスト俺はフランの足元に盾を投げ入れた。
「な!? あの野郎」
「傑くん。あくまでそっちに肩入れするつもりか」
「悪いな二人とも。フランだけ武具なしってのはフェアじゃないだろう?」
魔術もキャンセルさせられ。
思うような攻守を封じられ。
高火力な攻撃を生身で耐えきるのは難しい。
故に。俺はアイツをさらに硬くする!
フランは身の丈ほどある盾を手に取ると。
「感謝致します。では! 行きます!」
小町の斬撃を盾で弾き、盾で攻撃した。
「な!?」
「練れないのであれば、お二人とも近接戦で沈めます」
雨のように降り注ぐ氷柱を躱し、避けられなければ盾で防ぐ。
鉄壁。堅牢。絶対防御。
完璧だ。カチカチになったぞ!
「フラン! お前の守護神力を見せてみよ!」
「ハッ!」
千秋が悪態が吐く。
「動きが良くなった。しかも、突破が困難に!」
フランは千秋と小町を相手に劣勢から立て直そうとしていた。
そんな光景を見ながら。
「さてと。逃げるか」
時間稼ぎはもう少し出来そうだ。
フランが負けたら、きっと次の標的になるのは俺だろう。
嫌味と悪口と白い目を向けられながら、正拳突きを鳩尾に入れてくるに違いない。戦闘事態は問題ないにしても、その後の人間関係が嫌だ。
なぜかわからんが、俺はあの2人を怒らせているらしい。
意味がわからん。
「フランよ!」
防戦であるが、徐々に自己治癒していくフランは。
「な、なんでしょう!?」
「先に行く。事が済んだら。例の場所で落ち合おうぞ! さらばだ!」
「え?」
「は?」
そんな間抜けな声を後ろに俺はさっさとその場から走り出した。
・
・
・
今の俺はスーパーモデル並みの容姿を持っているようなのだ。そんな俺はフランを待ちがてらウロウロしていると、下半身に脳のあるチンポ共が『どしたん? 話聞こか?』の雰囲気で声を掛けてきたのだ。
例えばだ。
「おねぇさん! 俺とお茶でも」
俺はチャラ男の襟を掴むと。
「ぶちのめすぞ! クソガキィィィィ!!」
「ヒョゲェ!?」
呆気に取られていた。
「アンビリバボー、ミーの夢の中から出てきた人に、今! 会った気がする!」
俺は中指を立てて。
「お前を! 今から! 夢の世界に送り帰してやるよ! このビチグソがァァァァ!」
「ヒョゲェ!?」
呆気に……取られていた。
「君、何の魔法を使ったの? 僕の目を君から離せなくさせるなんて!」
俺は鬼の形相を作り唾を飛ばしながら。
「目ん玉くり抜いてやろうか!? このクソゴミィィィィィ」
「ヒョゲェ!?」
呆気に…………取られていた。
というような事が何度も発生していた。
「スーパーモデルになると、こんな感じなのかぁ……」
さて、なぜ俺がスーパーモデルの美女になっているのか、とか。
フランは一体何者なのか、とか。
カッコウの生死はどうなったのか、とか。
いつ時空を超えたのか、とか。
そもそも俺のアレ……ムスコはどうなったのか、とか。
まぁ、色々あるが。
「大体わかった」
それだけだ。
・
・
・
フランが。
「も、戻りました……」
「遅かったな」
「少々手こずりました……」
「そ、そうか。で? 首尾は?」
「いえ……その……」
口篭っていた。
「勝てなかったか?」
「負けてはいません……申し訳ございません」
なるほど。
負けてはいないが勝ってもいないと。
しかし、現状のあの2人の猛威を乗り越えたのは流石だ。
「いや、謝る必要はない! よくやった。流石だ。守護神の二つ名をお前に授けよう」
「な。なんと。ご期待に応えられない犬畜生の私になんと寛大な」
「ああ。俺は心の広い男だからな!」
「す、素晴らしいです」
うむうむ。いいぞぉ。俺のイエスマン。
パーティーメンバーはどいつもこいつも反抗的。
マリアの奴もイエスマン側だが、最近ちょいちょい嚙みついてくる。
ようやく多数決で俺の意見が通しやすくなるってもんだ。
「とりあえずアジトに向かうぞ」
「は、はい……」
クタクタのフランを連れて。
俺とフランは学園を練り歩いていた。
というか、学園の中を突っ切らねばモリドール家に行けないからな訳だが。
隣を歩くのは我が研究によって生み出された最高傑作フラン。
「しかし、美女になると。こう、なんて言うのかな。世界が変わって見えるな」
「それはようございました。そう言えば。
ご主人……アマチさんは元々殿方なんでしたっけ?」
「そう。俺はナイスガイだった。
グッドルッキングガイのいい男だったんだ」
「なるほど。なるほど」
「それはもうイケメンであった」
「それはそれは。ご奉仕は女性の方にも可能ですので。私は両刀なので」
「いや、それはいい」
「そ、そうですかぁ? 口でも手でも……勿論、道具も使って、」
俺は被せ気味に。
「いや、それはいい」
コイツ色物なんだよな。
「それは残念です」
「うんうん残念だったねぇ~」
「それにしても、お戻りになる方法はあるんですか?」
「何が?」
「元の男性、性別に戻る方法がです」
「あぁ~。それ……フランが訊いちゃう感じ?」
「はて?」
「……まぁいいや。しばらく……いや、最後の日までこの感じかもしれん」
「良いのですか?」
「いや、むしろ都合が良いのかもと思い始めている」
「どういう意味でしょう?」
「まず、この容姿。
肉体を手に入れたのは誤算であるが……
資産と言えるかもしれないのだ」
「ほう。そうなんですね」
「この身体、元の身体より快調なんだ。
食欲も出たし、今までの慢性的な身体の怠さが、まるでない」
「それはそれは」
フランは口元を押え、笑みを浮かべ眉が少しだけピクリと動くのを感じた。
やはり俺にも何かしたか?
コイツ?
すっとぼけてるのか。
本当に知らないのか。
無意識的か意識的か。
それは今問答する必要はない。
経験、スキル、能力は落ちていない。
性別が入れ替わっただけ。
副作用かわからんが。
身体の損傷が改善されているのだから。
俺は自分自身に言い聞かせるように一言。
「それに……まだベットする掛け金があるって事だしな」
「???」
「にしても……」
なんだか気持ちのいい。
美女となった俺を認識できる者はこの学園には居なかったからだ。
学園を歩くと遠目に。
主人公一行も居たし。
ニクブとガリノ、それと顔の見知った連中が怪しげな露店を開いているのが見えた。
いつものメンツは俺に気づかない。
男の腐った目線がチクチク刺さるのが気持ちが悪いが、なんだか変な性癖に目覚めそうだ。
そんな、なんとも言えない気分を味わっているとフランが。
「あら、実にうまく擬態している」
「ん? なんだ? 虫でも居たのか?」
妙な事を。
「虫……言い得て妙ですね」
「???」
「いえ、私と同類が居たもので」
「ふ~ん」
「つい些末事を呟いてしまいました。なんでもありません」
「あっそ」




