魔導原典書:フィーニス
――海洋国家アトランティス――
/狂乱者視点/
外骨格兵を観察していた。
根絶者の気配を感じ取ったからだ。
「劣化はしているが、中々に珍妙なモノ」
兵士1人1人の外骨格から溢れ出る瘴気。
そこから漏れる根絶者の力の源流。
本来この星の自戒機構の一つ、1000年前に敗北した天使の残滓が残っているのだ。
「しかしアレは」
第一の騎士は異能の浸食を食い止める事に失敗した。彼の者は『人の可能性』を示した者に1000年前敗北している。
「亡骸を利用した? 原典があるという事か?」
模倣の模倣。第一の騎士の力を理解し【魔術:深淵の術】によって利用している。外骨格の原典の作成者……提案者は何者だ? 何らかの形として力を継承した。よほどの手練れ、策略家であろう。
「確かに、この兵装ならば私に届きうる。が、甘い。詐術では、ダメだと。理解せよ」
繰り出される破壊の魔術を無力化していく。
「やはり、これはダメだな」
魔力、魔術と呼ばれる詐術は人の子に刻まれる獣の烙印から生じる。呪いの渦から湧き出る呪いの残滓を引き出す刻印。
異能は希望の力などではない。
多くの技術体系が確立されていなかった1000年前。
魔術は全盛を迎えた。
努力を放棄した人の子は偽りの奇跡の力を使い。
文明を、文化を、営みを発展させた。
本来1000年以上かかるはずだった歴史の進歩。
それをたった数年に短縮させた。
明確な異常事態。
この世界に異常を引き起こす致命的欠陥:魔力。
進歩、努力、成長、証明と言う名の過程を蔑ろにする詐術。
魔法と呼ばれる愚策に頼った獣共。
魔術が確立される事になったこの星は、本来予定された星の歴史と大きく異なる歴史を歩む事になる。魔術などという詐術により、大いに改変させられた。
愚か者がフィーニスを使い、世界に穴を開けた事から始まる。魔力を分け与え、魔術と呼ばれる詐術を広め本来有り得ざる客人を招き続けた。
エルフや獣人。
この星で本来生まれるはずのない異邦人を受け入れ続けた。
結果この様だ。
星の器の許容量は既に臨界。
愚か者の所業によって崩壊の刻まで猶予はない。
「魔の力によって発展した者など虚像に過ぎぬ。過ぎた異能は神への冒涜。故に……私は人類を抹消しなければいけない」
・
・
・
/3人称視点/
女帝であるリリス。
彼女は爪を噛んだ。
「目指す結末が同じだとしても。必ずしも辿るべき過程が同じだとは限らない。そうは思わんか?」
最高峰の魔術師は。
「強者ならば尚更我儘だとまざまざと思い知らされますな」
世界屈指の騎士が口を挟む。
「僭越ながら。本物の強者にとって善悪の基準などないに等しい。彼らはただ地上に肥え溜まる蟻を潰すだけ。彼らにとって蹂躙は作業でしかない」
リリスは口を開いた。
「物言わぬ兵器であれば利用すればいい。自我を持つ兵器ならばそれは存外厄介。ここまで無法者の狂人なら殊更」
手元にはマジックアイテム:遠見の水晶。
水晶に映し出されるのは業火の戦場であった。
「おのれ、狂人め」
悪態を吐くと。
「面白い玩具を用意したではないか」
「!?」
人類を終わらせる為に遣わされた天使と水晶越しに眼が合った。
「勘付いていおるか」
灰燼に帰した街の頭上。
翼はためかせる騎士が一騎。
業火の中で羽翼を羽ばたかせる。
天の使徒を取り囲む兵士の数々。
侵攻を食い止めようと理性を奪われた外骨格兵の大群が矛先を向けていた。
一騎一騎が作戦級。
それが数千。
一般兵ならば数万。
数十万の兵力に勝る外骨格兵の大群。
大地と天空を自在に駆ける兵士は一騎が戦車相当の戦力を有する。
機動力と火力を兼ね備えた人間兵器。
それらが大軍で狂乱者に向けて迎撃を開始した。
数百の―――
斬撃が。業火が。濁流が。稲妻が。
外骨格兵から放たれる。
「それではダメだといつ気付く?」
終末は天空を自由自在に動き回り軽やかに攻撃を躱す。
行き場を失った力の数々は人々と街と自然を融解させていく。
本来の人から放たれるはずのない暴力。
街が壊れていく。
人が死んでいく。
大地は血に染まり、木々は燃え盛る。
破壊の化身とも比喩出来る魔法の数々。
「獣の烙印」
狂乱者は猛攻を掻い潜り。
同士討ちを引き起こさせる錯乱の権能を行使するが。
「ふむ。既に狂化済……いや、既に知性がない」
理性と知性を奪われた傀儡には無意味であった。
「獣は獣らしいが。獣は詐術など使わぬと知れ」
狂乱者は自身に迫る魔術を手の平で受け止めた。
全ての魔術・スキル・アーツが弱体化される。
否。
彼の者は奈落に反発する力を有する。
弱まったのではない拒絶したのだ。
本来有り得ざる力を戒める力。
「この星の理に反したお前達は少々雑音が過ぎる。有象無象の烏合では意味がない。その力に頼るようでは尚更。無意味。無価値。存在そのものが虚像に過ぎぬと断じよう」
審判が下されようとしていた。
人如き矮小な存在に慈悲などかけない。
彼らが憂うのはこの星の存続のみだからだ。
・
・
・
――神聖ガリア帝国――
/3人称視点/
ボルカーは玉座に腰掛ける皇帝に向けて落ち着いた声音を発した。
「取引国たるアトランティス。彼の軍事国家から支援要請が出ていますが?」
皇帝は道化を演じる。
何も知らぬ傲岸で強欲な王を演じる。
「そうか……で? 何と衝突している?」
「第三国の兵隊かと」
ボルカーは平然と虚言を吐いた。
「杞憂であろう。支援は不要だ」
「ここで恩を売るのが得策では?」
「必要ない。人的資源の方が優先度は高い。
グリーンウッドからエルフや獣人の生産が出来なくなった今。
数を目減りさせる理由がない。
既に10万に及ぶ十分な兵器を確保済みだ。
水面下でヒノモトへ侵攻を開始し、開戦の準備しろ」
「……ご子息はよろしいので?」
「どうでもよい……なんだその顔は?」
「いえ」
「あれはパイプを作る為だけの駒。
それ以外の利用価値も市場価値もない。
いいか? ボルカーよ。王族がなぜ子を沢山作るかわかるか?」
「有事に備え、血を絶やさぬ為ですね」
「そう。アレが居なくなった所で代わりなど如何様にも用意してある。それでぇ? 10万の外骨格兵。ヒノモト……天空都市への行軍にどれほどの時間を要する?」
「ヒノモト……」
(天空都市、始まりのダンジョンを封じる地)
「数が数ですからね。年は跨ぐかと。しかし……」
「少々勇み足か?」
「僭越ながら」
「いや、今が好機だ。駒を動かすのならば、今しかないだろう」
(終末の騎士がアトランティスで地団駄を踏んでいる今、駒を動かさねば後手に回ってしまう。それに、この魔人の思惑通りとはいくまい)
「かしこまりました」
(やはり愚王か)
「ふむ。コソコソ嗅ぎまわるねずみには十分注意せよ」
虹彩異色症の皇帝たる男。ある時はピクセルと名乗るグリーンウッドの王。稀代の魔術師にして貴人に憑依し生き永らえてきた魔人を超える怪物。彼ないし彼女は三つの保有する。
未来を見通す力。
召喚術と死霊術。
あらゆる異能を盗む魔眼。
彼はボルカーと幾つかの会話を済ませた後。
月を見上げ1人呟いた。
「結末は近い。残すは時空間魔法と魔導原典書:結末」
またの名を終末の騎士:魔導皇フィーニス。
最高峰の兵器。
「蘇生魔術か」
魔術の深奥。
私が目指す唯一の結末。




