カッコウ
――決闘から数日前――
/カッコウ視点/
「頑張れば、努力すれば報われるなんて」
そんな事は現実ではない。
それを知ったのはいつだっただろう。
僕。カッコウこと薄井景は凡人だ。
親は放任主義だった。そもそも僕の親は僕の事を認知しているのかすら怪しかった。とても貧しい家庭でね。常に親は家に居なかった。爺さんと婆さんに育てられた。田んぼの手伝いをする田舎の小さな農村部のそんな出身なんだよ。
選ばれた者と選ばれなかった者。
僕は間違いなく後者だろう。
だが、胸の中には大義があった。
誰にも譲れない思いがあった。
僕が小さな頃。
とても大きな戦争があった。
それをテレビで観ていた。
そして胸に刻まれたんだ。
その光景がとても嫌で。
なんとかしてあげたいと。
僕は願った。
―――多くの人の為に。生きてみたいと。
―――争いを治めたいと。
―――誰も泣かない世界を作りたいと。
馬鹿みたいだろう?
英雄染みた馬鹿みたいな夢があったんだよ。
だからこの学校に来た。
一流の騎士や魔術師を養成する学校に。
必死に努力した。
その為に座学は頑張ったんだ。
「誰よりも」
ここは社会の小さな縮図だ。
皆、思惑があった。
正直。
幻滅した。
箔を付ける為だけに来る者。
社交場の意味合いで来る者。
自身の力をひけらかす為に来る者。
平民から貴族階級に昇る野心を秘めた者。
勿論大義を秘めた者も居る。
マホロの地。
ここには選ばし者が多く居た。
天才は居る。
天才の中の天才もまた多く居た。
努力ではどうにもならない天と地ほどの差をまざまざと思い知らされた。
そして。
才能ある者の殆どが……
自分の事しか。
自身の家督にしか。
己の欲望にしか。
価値を見出してなかった。
「だから。心の底から幻滅したんだ」
いじめがあった。
迫害もあった。
貧富の差も。
階級の差も。
ここにはあった。この場所に崇高な理念なんてなかった。
僕は怖かった。
いじめの標的にされるのが。
自分のキャリアに泥を付けられるのが。
夢を完全に閉ざされるのが。
怖かったんだ。
だから見て見ぬふりをした。
いじめられている生徒を見ても何もしなかった。影のように息を殺した。目立たず、荒波を立てずじっと卒業まで待つ。社会とはこういうモノだと受け入れた。受け入れざるを得なかった。
いつからだろう。
いつから僕は自分が卑下した連中と同類になってしまったんだろう。
自分自身に何より幻滅したんだ。
「自分が凡人であるのは誰よりも知っている。だけど……」
だけどあったんだ。
そんな現実を押し付けられても。
夢が。
それはもう笑っちゃうぐらい大きな夢が。
胸の中にあったんだ。
そして彼と出会ったんだ。
傍若無人に振舞う男。
才能の塊。
恐らくこの世で最も優れた力を秘めた存在。
彼は誰よりも自由だった。
誰よりも社会の理不尽に立ち向かった。
たった一人で始めたその行動は……その抵抗は。
「イカれてる」
そんな感想。
最初は半ば半信半疑だった。
「でも、ホンモノなんだよなぁ~」
殴られ損なんて誰でもわかるのにいじめの仲裁に入った。躊躇わず悪を斬った。誰にも称賛なんてされない汚い事を黙々とこなした。
―――多くの人を影で救っていた。
愚か者のフリをした知恵者。
名誉なんかかなぐり捨てる貪欲さ。
弱者を見捨てないその心意気。
僕がかつて憧れたヒーロー。
最初はね打算なんだよ正直。
幻滅するだろう?
僕はね。なれるかもしれないと思ったんだ。
彼の背中に乗って英雄になりたかったんだ。
でも、いつしか。
「本当に感化されちゃったんだよなぁ~」
だから悔いはない。
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/3人称視点/
黒い光線が大地を削った。
黒炎と漆黒の濁流。
禍々しい凶刃が空を斬る。
姿形が捉えられなくても広範囲攻撃は彼の逃げ場を奪っていく。
寸での所でそれらを躱す漆黒の騎士:カッコウ。
「数が多い。威力もマズイ」
悪態を吐いた。
逃げ場を探しながら歩みを決して止めない。
「!?」
身の丈以上の大剣を振り回す巨躯がカッコウの背後を取った。
「僕の気配に勘付いた!? 獣かコイツ」
声にならない咆哮。
「―――――!!」
岩盤すらも砕くその一撃を正面から受けば致命傷は必須。
自身の肉体など木っ端微塵だと、直観で理解した。
「クッソ!」
敵から奪った魔力を相殺に使う選択。
「迷っている暇はない」
カッコウの魔力貯蔵量は凡人。
故にドレインという秘技で節約しながら消費する。
それが彼の戦法。
振るわれた大剣をいなしながら、巨躯の剣士の首を滑らかに刈り取った。
しかし。
大剣に纏った凶刃の風圧がカッコウを大地に叩き落とす。
「ッ!?」
声にならない声が出た。
(怯んでいる暇はない)
悶絶するほどの痛みを隠しながら、素早く思考と態勢を切り替える。
どこからともなく。
「極刑の時間だ」
その宣言と共に。
薬物により強化された外骨格兵が1つの影に群がっていく。
カッコウを取り囲む黒い甲冑の騎士団。
「やはり投与されているか」
(既に廃人。ヴァニラの持つ魔剣を解析し劣化武装させている。
既に完成していた? あれのオリジナルは回収したはずだが……)
カッコウの持つ不可視の斬撃が一匹の元人間の首を刎ねた。
「気配が消えた……やはり奇妙な妙技を使う」
カッコウは気配を殺し戦線を離脱しようと試みるが。
好々爺は。
「逃がすつもりはありませんよ」
逃げ道を封ずるかのように翁の魔術が発動する。
カッコウの気配殺しは自身の在り処を不可視にするだけ。
実体が消える訳ではない。
地上と天空に外骨格兵が魔術を展開していた。
ネズミ一匹すら逃さぬように何十にも魔術を張り巡らせる。
「難しいか」
彼は数を削ぎ落さねば撤退は不可能であると悟った。
「では……推して参る!」
不可視の斬撃と魔力を削る秘技が発動した。
外骨格兵の唸りと共にカッコウの剣閃が空を描く。
「まずはお前だ!」
カッコウの秘剣が一騎、また一騎と屠っていく。
「次はお前!」
爆発的に強化された兵士。
魔術暴走を起こし、肉体のリミッターを解除した兵隊。
自我を奪われ、寿命を捧げた使い捨ての駒達。
カッコウはそれを知っていた。
首を落とす度に心の中で。
ごめん。
そう呟いた。
「クッソ。一体どれだけ居るんだ!?」
視界に映る全てを蹴散らしても、どこからか湧き出てくるのだ。
「チェックメイトだ」
老爺がそう宣言すると。
1人の剣士の腹部に剣が突き刺された。
何度も。何度も。
カッコウの腹部が熱を帯びた。
その後、急激に熱が冷めると身体中が極寒の地に放り込まれたかのように寒くなった。
「ッ」
最後の力を振り絞り黒き剣士:カッコウは目の前の敵の首を斬り払った。
黒い甲冑を纏った首がボトリと落ちる。
ヴァニラを劣化模倣した外骨格を武装する偽者の魔人。
薬物により人を超えた膂力。
ヴァニラのみが持つ魔剣の固有に匹敵する武装。
二つの武器により強化された元人間の一般兵。
彼らは既に歴戦の戦士並みの戦力を有する。
自我を失った彼らの奥には老獪が1人。
姿を炙り出し、魔鏡からデータを抽出した張本人。
万全な戦力を整え、あらゆる秘術を盗む眼を有する魔人。
「いやはや。やはり凄まじい。並みの剣士なら一騎も倒せないというのに」
慇懃無礼に手を叩いた。
外骨格兵の亡骸が至る所にあったのだ。
一騎が作戦級相当。
並みの魔術師・騎士数人以上の戦力を有する。
魔術を扱えぬ軍隊であれば対人戦では、まず成す術すらない。
個が戦車と同等以上の火力を有する人間兵器なのだから。
にも関わらずカッコウは多くの兵士を打ち取った。
しかし、遂には無数に湧き出るその物量に成す術なく。
「推測は正しかった」
襲撃を受けたカッコウの腹部からは夥しい血。
カッコウは歩みを止めた。
「気配殺しの剣士。貴方が本命だった。やはり貴公でしたね」
「なんの話だか」
「我々の目論見にいち早く気付き、
散々に盤面をひっくり返した偽者の魔人。
人という忌まわしい生命の守り手」
「……この程度か」
カッコウは口角を上げた。
疑問符を浮かべた貧者は。
「まぁいいでしょう。しかし逆に驚きましたよ」
「何が?」
「意外に脆いんですね」
「……」
「いやはや存外ね……」
貧者は嗤いを抑える事が出来ず。
「この場で打ち取れるとは思っていなかったんです」
カッコウは余裕の笑みを浮かべながら。
「だろうね。僕もビックリだ」
「魔獣王を撃退したのは貴方でしょう?」
「さぁね」
「何を今さら。半端な覚醒だったとは言え、あれは人の手に余るはずだ。あれを打倒したのは流石と褒めるべきでしょう。しかし恐れるに足らなかった。ここで終わるのだから」
「……僕がここで倒れても意志は消えない」
「聖剣使いと聖女の事ですかな」
カッコウはそれに答えず。
この場で自身の敗北を悟ったカッコウは虚ろな意識の中で。
「意志はどこまでも続く……」
「いいや。無理ですよ。
人の意志など儚く脆い。
虚像とまやかしでしかない。
際限ない欲望を持つ愚かな生命。
それが人間という生き物の正体です」
「かもね。人が愚かな事。そこだけは否定しない」
「間もなく開戦です。虐殺が始まります。人と人との争いが」
カッコウは項垂れると。
「断言しよう。お前らの筋書き通りに事は運ばないと」
「負け惜しみですか?」
「事実を……述べた……までさ」
「残りは貴方の残党。
それと邪魔な聖剣使いと聖女だけだ。
取るに足らない……とは言うまい。
あれも今や厄介だ。
少しばかり放置しすぎた。
貴方のせいでね」
「そりゃあ……どうも」
「貴公の……貴方達の旅路はここで終わりだ。ファントムよ」
「それはどうかな?」




