落日④
/3人称視点/
マリアは頬を膨らませた。
「香乃さん。それで一体なんなんですの?」
「ああ。とても大事な話なんだ」
「……なんですの。そんなに怖い顔をして」
「このままでは……天内傑に未来はない。この世界が続こうが。その先に彼は立つ事は出来ない」
「よくわかりませんの。牽制でもしに来たんですの?」
その問いには答えず。
「……今動かねば。今考えねば。天内傑は消える」
「消える……ですか?」
香乃は一呼吸吐くと。
「死ぬという事さ」
「はい?」
目線を鋭くしたマリアはその冗談を面白くないと心底思った。
「不愉快ですね。全くもって面白くない冗談です。本当に」
怒気にも似た雰囲気がマリアから醸し出された。
その気配に怯む事なく。
「君は知らなければならない。でなければ、いつまで経っても彼が報われない。私はこの結末を何とかしたいと思っている。だからこそ君の下に来た」
「彼……天内さんの事ですか。何を知る必要があるんですの?」
「我が使い魔。史上最高の使い魔の歩んだ軌跡」
眉根を寄せると。
「使い……魔?」
「そう。彼が成してきた事。これから成そうとしている事。
君には清濁併せ吞ませる事にした。
私は君ならばと、君達ならばと。
期待してしまったから」
香乃は語る決意をした。
彼の全てを。
それを彼が望んでいないとわかっていても。
彼個人では決して言葉を紡がないから。
それは最大限の彼の配慮であり、優しさなのだ。
だが、その優しさでは辿り着けない。
それでは、香乃が望む結末に辿り着けない。
その結末は間違っていると、本能で予感していた。
「今回は最も上手く行っている。最も被害が少なく。
今まで居なかった仲間も集めれている。
こんな未来はなかった。
過去これほどまでに仲間に恵まれた事はなかった。
最も勝率の高いルートだ。
もうチャンスは少ない。
だからこそなんだ。
だからこそやらねばならない」
「何を言ってるんですの?」
「全てを語ろう。全てを。
私が何者なのかを。
そして我が使い魔が歩んだ孤独な軌跡を」
彼女ならば受け入れるだろうと予測して。
彼個人では最後のピースを揃えられないと思い悩んだ。
だからこそだ。
彼に掛けられた呪いと冒険の物語を語り聞かせた。
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絶句しながらも思案するマリア。
「……いや、しかし……」
頭の中で辻褄を合わせる作業。
天内が只者でないと最初から見抜いた彼女だからこそ反論出来なかった。頭のいい彼女は、香乃の口から紡がれる数多の冒険の話を自身の頭の中で何度も反芻し咀嚼していたのだ。
「余りにも長い。長い戦いだった。
それはもう心が折れそうなほどに。
何度も負けた。何度も負けて。
裏切られて。その度に彼の心は摩耗していた」
「……」
マリアは荒唐無稽な話の連続で混乱していた。
「彼の歩んだ希望と絶望の軌跡。
多くの屍の上を歩き。
数多の未来を繋いだ。
眩くも儚い影の勇者の物語。
これが真実。
この罪を背負う覚悟が君にはあるのか?
一介の女学生でしかない君に。
私にはある。
私はねマリアさん。
君なんかよりもずっと彼の事が好きだ」
「な!? なんでそうなるんですの!?」
「そうなるさ」
決して表舞台に上がらぬ影の英雄を称えるかのように。
香乃の心から愛が溢れた。
思いが言葉になる。
堰き止める事は出来なかった。
「彼の心は折れていない。
折れる事はない。
決して。一度だって折れてる姿を見た事がない。
気付くべきだった。
もっと早く気付いてあげるべきだった。
彼は強いから見えづらい。
見えにくいんだ。
余りにも眩しいから。
でも……もうとっくに死に体なんだ。
彼の身体はもうボロボロなんだ。
もう休まなければならないほどに。
治癒でなんとかなるものではない。
肉体を治せても魂を治す事は出来ない。
それでも魂に刻まれた使命感で動いている。
動かざるを得ない。
止める事は誰にも出来ない。
何度時間を巻き戻しても同じ事をする。
アイツが居なければいけないから。
アイツは文字通りこの世界で唯一の突破口だ。
この世界に舞い降りた最期の希望だ。
人類の行く末を何とか出来るかもしれない唯一なんだ。
替えなんて利かない。
一番重要なんだ。
少なくとも私にとって、一番大事な人なんだ」
「それは私も同じですわ」
香乃は頷くと続ける。
「彼は守銭奴だ。俗物だ。
どうしようもないほどに人間臭いんだ。
決して飾らぬから。
だから好きだ。
彼はいつだって金欠だ。
お金なんて殆どない。
借金ばかりでお金だって返さない。
でも好きなんだ。
だって、その殆どの財産を武具の購入に充てている。
決して安くはない。財産のほぼ全てを充てている。
それはなぜか。
見ず知らずの他人を助ける為だ。
世界の裏側の顔も名も知らない人々の下に駆け付ける為だ。
絶体絶命の状況を何としてでも変える為だ。
放って置けばいいのに。
自分の身を削って戦っている。
だから好きで仕方がない。
馬鹿なんだよ。大バカ野郎なんだ。
ずっと昔から。自分の為に生きるべきなのに。
もっと貪欲に生にしがみつけばいいのに。
自分だって怖い癖に。
震える脚に活を入れて。
吐き気を催す状況を直視して。
いつも他人に気を掛けて微笑んでいる。
いつだって自分を騙して生きている。
名も知らぬ人々の下で弱音を吐かぬ為に」
マリアはその気迫にたじろいだ。
「見てきた。ずっと見てきたからわかる。
君なんかよりずっと昔から知っている。
君の知ってる通り、誰よりも優しい。
だから一人で背負い込む。
だから巻き込まないようにする
最期まで……みんな諦めてもたった一人で闘い続ける。
無理だとわかっていても諦める事を決してしない。
それがアイツだ」
「…………」
「彼はどうしようもないほど凡人だ。
どこにでも居るはずだった。
どこにでも居る人間なのに。
誰もが歩む人生を歩むべきだったそんな人間臭い馬鹿野郎なのに。
彼自身、そう願ったはずだ。
心根の奥底でそれを望まない人間なんて居ない。
今。この瞬間が束の間の休息なんだ。
だから口出し出来なかった。
楽しそうにするアイツの邪魔なんて出来ようはずがなかった。
それでも……このままではダメだ。
このまま何もせずに居るなんて出来なかった。
今しかないんだ。
今が多分最期のチャンスなんだ。
今、この瞬間。
ここで動かねばきっと後悔する。
何の報酬も与えられないなんて私は認めない。
アイツが要らないと言ってもそんな事は私が望まない。
認めてやらない。
そんなのはあんまりじゃないか。
だからここに来た。貴方に。
貴方達に彼を助けてあげて欲しいから。
私1人じゃ無理だから。
彼の命の灯を消したくない。
こんな結末を望んでいないから!」
・
・
・
マリアに解放された俺は背後に気配を感じ取る。
「至急連絡が」
翡翠が闇の中から声を掛けてきたのだ。
「どした?」
「気取られました」
「ん? 何が?」
言葉が少ないんだよ。
「……非常に言いにくいんですが」
「なんだよ。姿を現さずモジモジして」
「我々の存在」
「存在ィィ?」
「カッコウ殿とマスターの存在と行動が……」
「ふむ」
「ばれました」
「は?」
バババババ、バ……れた?
な、なにが?
何がバレた?
平静を装え俺。
「……ちょっと待て。嫌な予感がする」
「いいえ。待ちません。
早急に解決せねばいけません。
マスター。貴方は顔も名前もマニアクス側に恐らく漏れました」
え?
なんだ。何を言ってるのかよくわかんないんだけど。
「聞き……聞き間違いか?」
「いいえ。事実です」
…………理解するのに数秒。
事実を認識するのに数秒。
リアクションをするまで5秒前。
「チョーーーーーーーヤバいじゃん!!!」
「とんでもなくヤバいです。
ヤバいどころの話ではありません」
でしょうね。それは俺でもわかる。
バレる要素は……あったかもしれない。
クッソ。どこだ? わからん!
翡翠は続ける。
「正確には候補の段階ではあります。
しかし目星を付けられた。
面は割れたと考えていいでしょう。
幾名かが候補に上がり、既にこのような密告書まで」
手元にはわけのわからんモブの顔写真と俺とカッコウの顔写真。ファントム暗躍計画。つまり俺こと魔人エネの正体という資料があった。内容は国家反逆、煽動、虐殺者としてのリークと調査報告書だ。
「マジじゃん!?」
「だから大マジですって!」
ポツリと。
「終わったのか」
敗北の二文字が頭を過った。
心が折れそうだった。
一体誰が!?
あ。心がバキバキに折れて声に出してなかったわ。
「幸い、まだ公にはなっていません」
「そ、そうなのか」
首の皮一枚繋がったわ。
あっぶねぇ~。
「我々の組織で情報操作を行っている段階。しかし早急に対処せねばなりません。でなければ……」
「な、なんだよ。まだあるのかよ」
「マスターとカッコウ殿。いや、我々の組織は解体で済まず全員死刑です……全滅です」




