最終部前の日常 ④ ユニーク?
/小町視点/
24:30。
私の眼の精度……は徐々に上がっている。
彼を取り巻く暗闇が小さくなっていた。
あれだけ大きかった奈落の穴が……
少しずつ狭まっている気がする。
違う。日々大きくなったり小さくなったり不安定になっている。
生き生きとしている時は奈落は大きくなるし。
ぼんやりしている時は奈落は小さくなる。
隣で寝ている先輩には殆ど何も感じない。
今は奈落がとても小さくなっている。
鼓動も殆どしていない。息はとても浅く、生きているのか死んでいるのかわからないぐらいの静寂。人間が生きる最低限の活動しかしていないようだった。
この奈落が一体何なのかわからないけど。
「とても不吉なモノなんじゃないの?」
奈落が閉じれば……もう会えなくなるような。
言葉で言い表せない。
そう。
まるで元の場所に戻ろうとしているような。どこか遠くに行ってしまいそうな感覚。
この奈落にはそんな嫌なモノがある。
不思議な不安に駆られた。
「冷たい」
先輩の身体はひどく冷たかった。
暖かさを殆ど感じない。
生きてはいる。
生きてはいるけど……
本当に死んでしまうんじゃないかと思った。
だから彼をそっと抱きしめた。
遠くに行かないように。
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/システリッサ視点/
20:00。
いつの間にかお祭り騒ぎの中に居た。
私達はいつも賑やかであるが。
それよりもずっと賑やかな状況であった。
風音は、したり顔で。
「な。凄いだろ。これが天内くんなんだ。彼は超1軍なんだよ」
「え、ええ」
私は天内さんを見つめながらその圧倒的な求心力に言葉を失った。彼の鶴の一声でこんな事を引き起こしてしまうのは異常だ。
数百人規模の催しを簡単に開いてしまう。
「単なる一般生ではない……のですか?」
彼に特別は何一つ感じない。
風音とは……私達とは正反対だと思う。風音や私が持つ唯一無二の強力なユニークに対して彼個人に特筆すべき事はない。
「だけど……」
妙な違和感があった。
天内さんが壇上に上がると男女それぞれから歓声が上がった。なにやらパフォーマンスをしている。それを面白可笑しく笑顔で見守る人々の姿。
「いや、まさか……」
中姉様が語った『いずれこの地に現れる光』。
その者が持つ固有能力。
決して異能として反映されない力。
数値としてはゼロの力。
『―――――』力。
この世で最も矮小な力。
力でもない。知恵でもない。
戦力になんてならない、とても小さな、か弱い力。そんなフザケタ能力がある訳がないと思っていた。人によっては無価値だとさえ判断するだろう。
だってやろうと思えば誰にだって出来る事だから。潜在的に誰だって持っているモノだから。しかし……これは最も侮れないのかもしれない。
「今まで意識していませんでしたが……あなたがその資質の持ち主なのですか?」
風音は間違いなくこの世界を託された光の側面としての存在だ。しかし、中姉様が視ていた光と私が感じ取った光は違うのかもしれない。
風音には決定的に欠けているピースがある。
彼には決定的に足りないモノがあるのを知っている。
幾ら強くても。どれほどの加護や才があろうとも。
風音は魅力的だけども。
彼には…………がない。
彼はいずれ現代最強になるだろう。
間もなく到達する。
その片鱗は大いにある。
だが、その先に待つのは孤高・孤独。
個としていかに優れていてもいずれ行き詰る。
―――決定的な何かを見落として歩いてきている―――
それは彼の最大の欠点で足りていない欠片。
いいえ。違いますね。
私達は今一歩足らない。
ここ一番で恐らく一歩及ばなくなる。
致命的なモノを見落としている予感がある。
言語化できないけども。
一言で表現するならば。
―――世界は1人で廻っていない―――
しかし目の前にその足りないモノを埋めるかのような存在があった。
「不思議な方ですね」
侮れない。
直感がそう訴えかけてきた。
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5:45。
学園の食堂の半分は夜間開放されている。自炊する学園生が使用できるようにする為だ。勿論、男子寮・女子寮にもそれぞれキッチンはあったりするが、男女混合で調理できる場所もある。それが、食堂の共同キッチンだ。
「あー。思い出してきたぞ」
そうだ。なんやかんやあって風音の野郎と食堂で飯を作る感じにもなったんだわ。スーパーから食堂に向かってる最中、俺の脳裏に天啓が舞い降りた。
―――祭りの露店はクソマズの飯にも金が支払われる―――
という天啓がな。
三流の焼きそばが500円で捌けるし、たこの入っていないたこ焼きだって500円なのだ。煤まみれのフランクフルトも仕入れ値の倍以上で売れる。
「マネタイズのチャンスを感じ取った俺は、学園の中庭で違法な『祭り』を催したんだ」
適当に色んな奴に声を掛けて、学園の端っこで周辺住民も巻き込んで祭りを開催したのだ。
「そうだ。そうだった」
祭りの最期に、オーガナイザー俺は敷地料と出店料という名目で露店の連中から集金をした。
宴も酣だった。
こっそり足を組んで札束と小銭を数えている時だった。
思いっきり後頭部に何者かの攻撃を食らった。
目の前のコイツだ。
そこで視界は暗転。
これが俺の最期の記憶。
「間違いない。俺は冤罪だ。俺はただのビジネスマンだった。あれ? 金はどこに行った?」
そういや俺の金はどこに行ったんだ?
ぼろ儲けした俺のマネーは?
そんな回想を経ていると。
「先輩の毛根……」
寝ている小町は俺の頭頂部の髪の毛を鷲掴みしていた。
「おい。髪の毛を引っ張るな! だから痛いって! あ……」
ブチブチと数本? しんだ。
「ありがとうございますぅ~……ZZZ」
な~にが、ありがとうございますぅ~だ。
コイツ死神だわ。
全国の男の敵だよコイツは。
「本当に寝てるんだよな? 嫌がらせじゃないよな? ちくしょう」
コイツから抜け出そうとしているが、髪の毛を引っ張られて身動きが取れなくなった。前も後ろも髪の毛を凄い握力で引っ張って来るのだ。俺の頭皮が悲鳴を上げている。無理に抜け出そうとすると髪の毛が死んでいくのだ。
「さっきからブチブチ俺の貴重な髪の毛を抜きやがって。俺の弱点だぞ。ふざけやがって。死んだ毛根は戻ってこないんだぞ」
もう起きよう。これ以上茶番に付き合う必要はない。なぜこの女が俺の隣で寝ているのかはわからないが、俺は何もやましい事はしていない。
ただ俺の金と俺の髪の毛が犠牲になっているのだ。
それが解せん。




