最終部前の日常 ③ 冤罪事件に巻き込まれた場合は何としてでも逃げろって弁護士も言ってたから!
ハッと目を覚ました。
「ここはどこだ?」
記憶が混乱していた。
徐々に視界がハッキリしていく。
嫌な予感が脳裏を過る。
突如デスゲームに巻き込まれた気分であった。
「ど、どうなっているんだ?」
間抜けな独り言しか出てこない。
辺りを認識した瞬間。
動揺。混乱。焦燥。
過呼吸が止まらなくなっていたのだから仕方ないだろう。
それはなぜか?
俺は今、布団の中で目を覚ました訳だ。
隣に女子が寝ている訳。小町だ。
そりゃあ動揺するだろ?
話を戻そう。
「俺は過ちを犯してしまったのか? いやそんな訳はない……」
まず俺の一日の睡眠時間は平均3時間。なんなら寝ない日もある。俺は今や左脳を寝かせて右脳を稼働させるといった交互に脳を休ませる必殺技を隠し持つ。寝ながら起きるという矛盾を体現する事が出来るのだ。
究極の時短と最大限の警戒を行う為だ。
そんな俺が少々気を抜いた。
寝ていたようなのだ。
「この俺が他人に気を許し寝ていただと!?」
驚愕。油断、慢心、傲慢から出た錆び。
いやいや、今はそこじゃない。
「状況を整理しよう。まず現在の状況を整理するのだ俺」
現状スヤスヤと俺の隣で眠る小町。目線だけ動かし確認する。
コイツ、キャミソール一枚でパンイチだ。
ほぼ半裸である。
なんで?
ちょっと待ってくれ。
嫌な予感がしてならない。
「いやいやいやいや、俺がそんな事をする訳がない」
そんなアレな事を俺がするだろうか?
いや、しない。
しないはずだ。
そうだよな俺?
俺は良識ある大人な男。
責任の伴う事はしない。
それにだ。記憶にない。
記憶にないし俺は酔っても居ない。
ケハエール飲みまくりで泥酔耐性もあるし、精神支配も効かない。俺の記憶にないという事は過ちは犯していないはず……
冤罪だろう。
きっと冤罪事件に巻き込まれているに違いない。
一度逃げよう。
痴漢冤罪を懸けられた場合、逃げるしかないと北村弁護士もテレビで言っていた。つまりそれが最適解なのだ。
俺は起き上がろうと。
「ゆっくり、ゆっくりだ……グゲェェェェェ!?」
小町の手がゆっくり首元まで伸びると。
喉仏に向かって爪を突き立てられ首筋を握られたのだ。
余りの痛みに俺は仰け反ると態勢を固定させる。
お、落ち着け。
一旦、元の態勢に戻ろう。
いってぇぇぇぇぇ……はぁはぁはぁ。
小町はむにゃむにゃと心地よさそうな顔をしながら。
「ん~。ダメですよぉ~。逃げちゃぁ~」
「……寝言、なのか?」
寝ている。寝ているが寝言のタイミングがマッチしすぎて全てが疑わしくなってくる。小町の抱き枕となった俺は冷や汗を掻き始めた。
薄暗い室内。
「明け方まで残り2時間。それまでに策を練らねば……」
俺はある意味終わりだろう。
考えろ俺。
記憶を遡らなければいけない。
なぜこんな状況になったのかを。
思い出せるだけの記憶の階段を下り始めた。
・
・
・
/システリッサ視点/
古い。
とても古い夢を見ていた。
公には消息不明になっているが父も母も処刑された。
兄様も姉様も中姉様も死んだ。
それはとても古い記憶だ。
飢饉が起こった。
政治は腐敗した。
父と母は汚名を着せられた。
邪神を復活させようとしている?
誰が何のために? 父と母が?
どうしてそんな話になった?
皇族が民を苦しめている?
なぜそんな結論に至った?
人々を欺き、贄としている?
誰がそんな事を言い出したのだ?
マグノリアは謀略の渦の中にあった。
不満欺瞞疑念疑心。
反乱が起こった。
正義という刃の下に私達は孤立無援になった。
逆賊なのは私達なのだから。
普段は入る事が出来ない神殿の回廊。
既に追手の気配があった。
我々は追われている。
姉様は数名の近衛兵を引き連れながら立ち止まると。
「私が殿を務めます。シスを頼みました」
中姉様は頷くと私の手を引いた。
「姉様。必ず……またお会いしましょう……ご武運を」
中姉様は決死の覚悟を決めたのだろう。
2人して回廊を抜けた。
息を切らし、振り返らず。
何度も曲がり角を曲がり、何十分走り続けたかわからない。
そして遂に暗闇の回廊を抜ける瞬間が来る。
薄いベニヤ板を外すとマグノリアの首都が一望できる丘に出てきた。
神殿は業火に包まれている。
見慣れた街々から火の粉が舞い上がっていた。
死んだ。死に絶えた。
命がいとも簡単に消えていく様が広がっていた。
「何者かによって、この国は崩壊し始めている……いいえ。今日を以って灰燼に帰るでしょう」
「かいじん?」
幼過ぎた私にはその意味が理解できなかったのだ。
中姉様は顔を歪めながら、涙を流しながらも必死に笑みを作りながら。
「この未来は視えなかったけど……今はまだダメでも、今は逃げることしか出来ないけど。未来に。きっと未来にこの状況を覆せる光が現れるから。だからきっと大丈夫。大丈夫なんだ」
中姉様は未来を視る特別な力を宿しているらしい。正確ではないそれはとてもあやふやなモノらしいが信憑性のある言葉だった。
彼女がそう言うのならば本当なのだろう。
小さいながらも私はそれが真実なのだと悟った瞬間でもあった。
・
・
・
「今日は何をご馳走してくれるの~?」
「シスはそればっかりだなぁ~。たまには自炊を手伝ったらどうだい?」
「お皿洗いしてるじゃないですか!」
「いやまぁ。それはそうなんだけど。その調理の方を」
「出来ません!」
「え、ええぇ。ちょっとぐらいはやってみたら?」
「出来ないったら出来ません!」
「……頑固だなぁ」
「ちょっと風音……大事な事が」
「どうしたの? 突然神妙な顔になって」
「かごの中……お肉が入っていませんが?」
「そうだね」
「そうだね……じゃありません! 野菜ばっかり。これでは力が湧いてきません」
「そうかなぁ? 今日は野菜中心にしようかなって思って」
「嫌です!」
「なんでさ?」
「出来ればですよ。出来れば……そのお肉の中心の方が皆さん喜ぶと思うんです!」
「シスはそればっかりじゃん。シスの願望だよねそれ」
「違います。皆さんの気持ちの代弁です!」
「みんな胃もたれしてるよ。
昨日は焼肉。その前はハンバーグ。その前は揚げ物だったよね。
たまには少しあっさりしたものの方がみんな喜ぶよ」
「そんな事ないです! お肉! お肉がいいです!」
「い~や。今日ぐらい休肝日ならぬ休胃日を作るぞ」
「お肉お肉お肉お肉お肉!」
「駄々こねないでよ。恥ずかしいよ……あ……」
「どうしたんです?」
風音の視線の先に居たのは、男子生徒と女生徒。
「天内くんじゃん」
「ですねぇ」
最近同じクラスになった天内さんと黒髪の少女であった。
「だ~から! 先輩。なんで高級なモノばっかり詰め込むんですか!? これは返しますよ! 全然買い物進まないじゃないですか! 舐めてるんですか!?」
「値段イコール美味さ。まず料理が上達するコツは何かわかるかね? いい素材を調達する事。それが一番最初に来る。そんな事もわからないのかね? これだから素人は」
「先輩も素人でしょ! 一流の料理人みたいなムーヴしやがって。私は素材よりも作り方を知りたいだけなんですよ! お金払うのは私なんですよ! 安い方がいいに決まってます」
「俺は一流の食材でしか教える気はない。用意出来ないんだったら帰るから。じゃあ」
「借金返せよ! このでくの坊!」
「それとこれとは話が違うだろ!」
「うるさい薄らハゲ! 逃げるなよ!」
「な、な……俺の気にしてる事を!」
「先輩は絶対に将来禿げますから!」
「禿げるか!!」
「前髪薄くなってるじゃないですか! 後頭部も怪しいですからね!」
「え? そうなの? いや、今は違う! くそう馬鹿にしやがって。お前はセンシティブな事ばかり! やんのか!」
「ええ。やってやりますよ。その毛根一つ残らず焼き切ってやりますよ!」
「お、お前。い、いいだろう。屋上に行こうぜ。久々にキレちまったよ」
スーパーの一角で取っ組み合い……痴話げんかをしている2人であった。
「何をやってるんだ? あの2人」
「さぁ~」
ホントに何をやってるんだろう?
仲が良さそうなのはわかるけど。
「天内くんとご飯食べれるかも」
風音はそんな一言を残すと、その二人に向かって歩き出していた。
彼は意外な所で行動力があるのだ。
「ちょ、ちょっと風音」
「奇遇じゃない。天内くんじゃないか!」
「お、お前は!?」
驚愕の表情の天内さんとニコニコ顔の風音であった。




