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最終部前の日常② ヒステリックナイトガール


/小町視点/


 先輩には一度も一本を取る事が出来なかった。

 それでも以前との違いは大きい。

 今まで涼しい顔をしていた彼の額にも汗が滲んでいるのだ。

 残暑もあったのかもしれないが……

 彼を何度も追い詰めていたのかもしれない。

 自分の力量が遥か彼方に居た人物に着実に近づいている事を実感した。


「もう一本やりましょ!」

 私は先輩に語り掛けた。

 

 次なら次こそは先輩に一泡吹かせる事が出来る。

 このアホ面を苦悶の顔にしてやる!

 

 先輩は立ち止まり脱力すると。

「いや。今日はここまでにしよう」


「なんです。逃げるんですか?」


 先輩は夕陽を見つめながら。

「いや、もうすぐ日が暮れる」


「え?」


 気付くと日が傾き始めていた。

 そんな事を忘れるくらい時間が過ぎていたのだ。


「……じゃあ、そろそろ帰るか」

 夕陽を背に彼は微笑みかけてきた。


「あ……」

 屈託のない笑顔に見とれてしまった。

 少しだけ……ホントにちょっとだけイケメンだなと思った。


「あー疲れた。もうすぐ免許皆伝かもな。ホントに。俺なんて要らないじゃん」


「え……」

 どういう意味?


 彼は少しだけ寂し気に、それでいてとても爽やかな表情で笑いかけると。

「心配なんて最初からしてなかったけど……」


 そんな、らしくない顔をしないで欲しい。

 調子が狂う。

 いつもみたいに意地悪な顔をして欲しい。

 

 彼は背を向けると自分の荷物が置いてある木の下に歩み寄り、帰り支度を始める。


 もう、終わりなのか。

 あっという間だった。

 楽しかったんだ。

 朝から今まで久々に先輩と2人きりだった。

 誰にも邪魔されず、こんな時を過ごせる事は滅多にない。

 彼は本当にいつの間にか居なくなっているから。

 だから、この時間が惜しかった。

 本当に貴重だから。


 彼は帰り支度を終えると振り返り。  

「んじゃ。ボケッとしてないで帰ろうぜ。なんで突っ立ってんの?」

 

 動けなくなってしまった。

 もう少しだけ同じ時間を過ごしたい。

 話さなくなんてもいい。

 傍に居て欲しい。


 言おう。

 今、言おう。


 勇気を出せ。

 勇気を出せ私。


 ずっと言おう言おうと思っていた事がある。

 喉元から出かかっているのに。

 出てこない二文字。

 『好き』という二文字を伝える事。

 たった一言がなぜこんなに重いのか。

 たった一言が重くて重くて……仕方ない。

 

 『好きだから一緒に居てください』


 ただその一言を伝えたいのに。 

 なんでこんなに難しいんだろう。


「先輩!」

 

「な、なんだよ。急に大きい声出して」

 

「……まだ。まだです」


「まだぁ?」


「……まだ終わってません」


「いやいや、もう帰ろうぜ。早朝6時集合で今18時だぞ」

 

 彼は呆れた顔をしていた。

 途中休憩を挟んだとはいえ12時間も乱取りをしていたのだ。

 呆れる顔もわかる。

 わかるけど。


「私が言いたいのはですね! どうせ。先輩の事です。この後暇なんでしょう? 独り身で寂しい寂しい先輩の事です。仕方ないので! もう少しだけ喋り相手になってあげますよ! この私が!」

 

 何を言ってるんだ私は!?

 

「え。いいよ。別に。この後用があるし」


「どうせギャンブルでしょ!」


「いや、ちが」


 私は捲くし立てるように。

「お金!」


「え?」


「お金を私に返して貰ってません!」


「そうだっけ?」


「返してません!」

 

 返してない。これで行く。

 この男と微かな繋がり。

 接点はお金を貸してる事。

 弱みを突くにはここしかない。

 

「私は債権者で先輩は債務者!」


「お、おう。そうだ……な」

 先輩がしどろもどろし始めた。


 しめしめ。

「いいですか! それに先輩には私に大きな借りがあります!」 


 私は一体どんな顔をしているのだろう。

 きっと馬鹿みたいな顔をしてるんじゃなかろうか。

 自分の天邪鬼さ加減にほとほと愛想が尽きる。


 ・

 ・

 ・

 

 小町の奴が帰り間際になってギャンギャン吠え始めたのだ。今日だって昼飯を作って来たとか言ってしおらしい奴だなと思ったが、突然『やっぱ止めた!』とか訳の分からない事を言って不貞腐れながら弁当二つ食ってたし、マジで機嫌の波が掴めない。

 

「忘れたとは言わせません!」


 金はない。

 助けてくれ。


「私には大きな貸しがあります。お金ともう一つ!」


 金以外にあったけ?


「そんなのあったけ?」


「ええ。それはもう大きな貸しがありますよ」


「ふ~ん。飲むこれ?」

 

 話を逸らさねば。俺はケハエールをスポーツドリンクに溶かした超回復薬を差し出した。

 

「詭弁には付き合いません。その手には乗りませんよ。まぁこれは貰いますけど!」

 俺の手からペットボトルを掠め取られた。


「貸しなるものは今、返したようだな」


「いいえ。違いますね」


「もういいかな?」


「いいえ。逃がしません」

 小町は俺の前までズカズカと歩み寄る。

 すると襟首を掴まれた。

 首が締まるように強く引っ張られた。


「ぐげぇ!?」

 

「い、いいですか? お金もそうですし、私は先輩の弁護人にもなりました!」


「あ。うん。ソダネ」


「だから! 私は先輩に大きな貸しがあります!」


「どないしろと。金もないし、どうすればいいんだよ」


「貸しがあるなら、労働で返せ!」


「えっと? えぇ!?」


「せ、先輩は料理が上手いですよね!?」


「なんの話なんだよ。よくわからないんだけど!」


 話し相手になってやる→金返せ→貸しがある→料理が上手いんだろ? 話に脈絡がなさすぎて、困惑した。文脈が破綻してるんだよ。

 

「私の部屋で料理。そう! 料理です! 料理を教えて下さい! 今から!」


「んんん????」


「いいですね! じゃあ! 一緒にスーパーまで行きますよ!」


 小町は踵を返すとプンプン怒りながら荷支度をし始めた。


「どういう事なんだ?」


「ほらボサッとしない! 行きますよ!」


 えええ!? いつの間にか立場が逆転していて意味がわからなかった。



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