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最終部前の日常 ①


 青空の下、小町に稽古を付けていた。

 とりあえず身体を鍛える為に走り込みさせていたが。

 ブーブー言い過ぎなのだ。

 本がどうたらとかネチネチ言われたのだ。


 木剣が何度も弾かれ続け渇いた音のみが木霊する。

 

「先輩なまってます?」


「へぇ。大きい口を叩くようになったな……」

 

 確かに少々やる。

 以前は初手で終わっていたのに……

 純粋な剣術のみだとかなりの腕前になっている!?


「やっぱり先輩の動き遅くなってません。舐めてます?」


「うるせぇよ」


「へへへ」

 小町は白い歯を見せて笑っている。


 木剣を弾いて距離を取る。

 肉体という点では鍛えが甘い。しかし経験という点では突出して急成長している。それはきっと夢魔界を経て俺の知らぬ間に急激に経験を積んでいるからだろう。


 流動性知性と結晶性知性という言葉があった気がする。

 前者が新しい情報に適応する力。

 後者が長年の経験や知識を応用する力。


 夢魔界で何年過ごしたのかわからないが、経験により蓄積される結晶性知性という部分で小町は他のメンバーより一歩先を行くのかもしれない。

 さらに若さという点で吸収が早い。

 どちらも相乗的に効果を高めている。


 数か月前とは別人の動きから、そう確信した。


 バチンと良い音色が木剣から奏でられ続ける。 


「そろそろ本気出してもいいんですよ?」


「うるせぇよ」


 軌道が読めなくなっている。

 俺の戦法に近い。


 ―――唯識無我―――


 型を捨てた戦い方。

 そもそも型などない戦い方。

 とはいえ、俺は剣技など習った事などないからデカい口は叩けないが。


 ゲーム:メガシュバではデザインされた操作方法。つまり予めデザインされたシステムの挙動や変則パターンに割り振られたフレームが存在している。言い換えれば、次にどのような動きになり、どのタイミングで攻撃が飛んで来るのかの凡そを推測を付ける事が出来るのだ。


 同じく剣術にも型がある。


 詳しくは知らないが予備動作として体移動はスリ足で、剣は振り上げ過ぎず、腕や手の動きに頼らず身体全体を動かして攻撃のモーションに入る。斬り方一つ取っても袈裟斬り、一文字斬り、真向斬り。逆順も然り。

 

 デザインされた動きは最も効率的に計算された経験と知恵の結晶。しかし唯識無我はそれを超える事。デザインされた動き、枠組みに囚われない戦い方。

 

 つまり……


 メガシュヴァにはない戦い方。

 非効率上等。

 ただ勝つ事……

 ゲームクリアに特化した戦い方。


「これで終わりです!」


 小町の眼が光った。

 予備動作なし(ゼロモーション)からの連続抜刀。

 

 おいおい。マジか!?

 千秋に似たヤバさを感じ取った。


「!?」


 青空に一本の木剣がはじけ飛んだ。 


 ・

 ・

 ・


/小町視点/


 木漏れ日の中で、項垂れていた。


 また勝てなかった。

 やはり先輩は只者ではない。

 抜刀7連を全て防いだ上で反撃してきた。

 勝てたと思った。

 先輩に初めて一本を取れるかもと思ったけど。

 まだ届かなかった。

 でも……決して届かない位置に居ない。

 ようやく、本当にようやくその背中が見えたかもしれない。


 そんな所感を噛みしめながら立ち上がると。

 先輩を盗み見る。


「はぁ……またあれだけ」


 いつも通り栄養剤と怪しげなポーションを飲みながら携帯片手に難しい顔をしていた。私が知る限り、最近の先輩の食事はみんなと食事を摂る時以外あればかりだ。それに年頃の男の子の割に食事量も減っている。テーマパークに行った時もなんだかんだ言いながら全然飲食をしていなかった。

 

 以前より少し痩せた気もする。

 前よりやつれた?

 大丈夫なのか?

 私は荷物の中にあった二つの包みの一つを取り出すと彼の目の前までツカツカと歩み寄った。


「これ……どうぞ」

 

 ぶっきらぼうに彼の前に突き出した。

 彼はその包みを見た後、私の顔を見上げる。

 

「なにこれ? プラスチック爆弾?」


「な!? 爆弾な訳ないじゃないですか! どこからそんな発想になるんですか。失礼な!」

 

 いつも通りの冗談。

 馬鹿な事しか言わないのだ。


「先輩はいつもいつも失礼な事しか言いませんね!」

 私もぶっきらぼうに突きつけたのは悪かったけど。


「悪い悪い。で? なにこれ」


「お弁当ですよ! 私の分を作ってたら、たまたま。本当にたまたま余ったので仕方ないから先輩の分に余り物ツッコんでおきました。捨てるのも勿体ないので食べて下さい」


「余り物なのこれ?」


「要らないなら捨てて貰っても構いません。じゃあ、これ!」


 先輩の顔に無理やり押し付けた。


「おいおい」


 彼はそれを受け取ると包みを開ける。

 しげしげと弁当箱の中身を確認すると目を細めた。

 一切手を付けようとしない。


 この男、警戒心が強くなっている。


「年下の女子からお弁当を渡されてするような顔じゃないんですけど。もっと泣いて喜んでもいいんですよ」


 無言の彼は恐る恐る口を開く。

「……ちなみになんだけどさ」


「なんでしょう?」


「毒とか入ってないよね?」


「入ってる訳ないじゃないですか!? 本当に失礼ですね!」


「いや、悪い。以前なんか食わされて泡拭いてぶっ倒れたような気がしたから。そんな夢を見たような気がするんだよな」


「あ……」


 そう言えば以前マリア先輩に毒殺されかけてたわ。

 赤ん坊みたいになってたわ。

 トラウマになってるのかもしれない。


「入ってないです! 入ってないですよ! 信じてください!」


「ホントにぃ?」


「当たり前じゃないですか!」


「じゃあ、小町のと交換しろよ」


「え?」

 どゆこと?


「俺に渡したこれは小町が食って、俺が小町が食う予定の弁当食うわ。それでよくないか?」


 なんてムカつく態度。折角の好意も素直に受け取れなくなっているのかこの男は。


「わかりましたよ!」

 

 私が食べる予定のお弁当を急いで取り出しに戻り彼に渡す。その後、無理矢理彼の手元のお弁当を掻っ攫った。


「これでいいですね!」


「ありがとー。じゃあ、ありがたくこっちを食わせて貰おうかな」


「ホントにメンドクサイですね!」


「こういう性分なんだよ~」

 舌を出してムカつく顔をしていた。


「あ」


 渡した後にハッとした。

 私のお弁当は失敗したモノの詰め合わせだ。

 卵焼きは焦げてるし、肉はパサついている。青物は塩辛い。正直マズイと思う。先輩に渡す予定で作ったものは綺麗で状態が良さそうなモノを選んで詰め込んでいるのだから。


「ちょ。ちょっと待ってください!」


「どうしたのさ」


 私は開封前の弁当に手を置いた。


「先輩のは余り物って言ったじゃないですか。私のをあげる訳にはいきませんでした! そっちの方が豪華でした!」


 墓穴を掘っているような気がするけど中身を見られる訳にはいかない。ここで引き下がったらおかしな事になってしまう。


 先輩の目線が鋭くなった。

「その理論はおかしい」


「な、なにがです?」


「メンタリズム発動!」


「え……」


「おや、なんだか汗を掻いてますね。動揺してどうしたんです? やましい部分があるんじゃないんですか穂村さん」


 まーた始まったよ。

 この男のメンドクサイ部分が出てきた。

 なんで、こんな男を好きになったのか。



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