諦める事を諦めた
/3人称視点/
フィリスがブルーを降した事により、13騎士の妨害は瓦解し始めていた。
単純に相性の問題で明確に足止め出来ているのは翡翠のみ。
片翼と南朋は同程度の実力で拮抗していたが、それも今に決着する。
無論片翼の敗北でだ。
カッコウもまた苦戦していた。
不可視の斬撃も。
魔力を削る魔術も。
気配を殺した暗殺技術も。
その全てが徐々に攻略され始めていた。
一度放った技は二度は通じぬ。
技を見せれば見せるほど。
防がれれば防がれるほど自身の手札を失っていく。
だが、意地のみで彼は風音に食らいついていた。
最後に、この男。モブの中のモブ。
TDR13騎士:天邪鬼のトモペーもまた敗北しようとしていた。
彼は搦め手を得意とする。
粘着物質を飛ばす矮小な魔術しか使えない。
身体を伸縮性のある軟体にする矮小な技術しか持ち合わせていない。
それを巧みに組み合わせて戦うトリッキーな戦い方を主とする。道化を演じる彼はイノリと実力は伯仲していたが、合流したフィリスが加勢に加わると、一瞬で形勢は逆転した。
タンクでしかないイノリは攻撃の手数が少ない。
実力が伯仲していたのは明確にトモペーを仕留める術が少なかっただけ。
彼女はサポート型の盾使いでしかないから。
故に、攻守共に秀でるフィリスが加わった事で、彼の勝機はゼロになった。
イノリの無機質な眼はトモペーを視認すると。
「これで終わり」
魔盾によって全てのデバフを討ち消していく。
「まだそんな力があったのですか……やはり実力は覆せなかった……ですか」
そもそも選ばれし者とそうでない者の決定的な差は初めから存在していた。それを頭で理解しながらも、もしかしたらという気持ちがあった。
トモペーは聞こえぬように。
「少々悔しいですねぇ」
と呟くと。
彼はそんな言葉とは裏腹に笑みを浮かべながら手を鳴らし称賛を送った。
「お見事です。お嬢様方」
トモペーは精一杯の虚栄を張る事しか出来ない。
どれほどの危機になろうとも余裕な態度を崩さない。
全ての搦め手が解除されるのを見ながら。
「雷嵐」
フィリスの放つ電撃の渦を目の前に、彼は自身の敗北を悟った。
そして、彼はいとも容易く敗北した。
凡人でしかなったブルーは既に敗北している。
片翼も、カッコウも主人公補正・ヒロイン補正とでも言うべき完全耐性を前に屈しようとしていた。
圧倒的な才を前に凡才の刃は届かないと思い知らされていた。
主人公がモブ如きに敗北する事など在りえないと言わんばかりに。
選ばれし者が本編舞台にすら上がれぬ者に用はないと言わんばかりに。
雑魚は一振りで、一息で終わりとでも言わんばかりに。
まるで世界にハッキリと言われているようであった。それでもカッコウだけはまだ諦めていなかった。
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/カッコウ視点/
「見ていたら追い付けない。本能に身を委ねれば、追える!」
桜井の背後を切りつけた。
が。
背後から切りつけた視えぬ刃は、その掛け声と共に防がれた。
「チッ!」
舌打ちをした。
「反射のみで……か!」
致命傷を負わせる事が困難だ。
理屈じゃない。単なる反射神経。
考えるよりも先に。眼で追うよりも早く攻撃がいなされたのだ。
全く嫌になって来る。
技術ではない。理屈でもない。
本人のセンス。
才能の違いをまざまざと見せつけられている。
「逃がすなよ。また隠れられる」
「わかってるよ!」
視えていない。視えてないはずなのに。
斬撃が的確に僕を狙い打って来た。
「クッソ……」
バックステップで距離を離しつつも、奴は本能で剣閃を当てながら連いて来た。
天内くんは桜井も含めてこの男のパーティーメンバー全員を相手取っていたと聞く。それも本気ではなく……
「君はやはり凄いな」
額に脂汗が滲み始める。
彼は1対4。
聖剣も含めれば1対5で優位に立っていた……
それがどれだけ凄い事なのか身に染みてわかった気がしたよ。
遥か先を歩いている男の背中。まるで未来を読んでいるかのような慧眼の持ち主。君は一体どれほどの頂きに居るのか。
本当に世界最高峰の頂きに居るんではないだろうか?
「全く。追い付ける気がしませんよ!」
それでも、追い付きたいんだ。
尊敬してるだけじゃ嫌だから。
共に歩みたい。
透明人間だった僕の初めての友人だから。
何よりも『親友』と呼んでくれたから。
風音の魔力を削ると大きく距離を取り、身を隠し気配を殺した。
「また、視えなくなった!?」
桜井の動揺する声音。
しかし、怯んだ様子はない。
「僕は挑戦者でしかないか……正直勝てるビジョンが見えなくなってきたな。いや……そうじゃない。僕はいつだって挑戦者だ。自惚れるな。いつだって笑われてきた。何を今さら……だから、これは意地の問題だ」
諦める事を諦めた。
考えろ。
鍔迫り合いなどしない……そもそも出来ない。
単純な力勝負なら押し負ける。
真っ向勝負なんて出来ない。
技量も、魔力も、センスも何もかもこの男に劣るから。
正々堂々と戦えばあっさり負けるだろう。
僕の戦い方は何度も死角に回り込み。
視界の外側から放つ一振りからの攻撃しかない。
不意打ちを狙った戦法。
卑怯? 下劣? 姑息? どうでもいい。
それしか僕がコイツに勝つ活路はない。
それしか僕には出来ない。
それが僕の戦い方だ。
自分の出来る事を極める。
それだけ、それで十分だ。
防御も最低限。接触回数も最小限にする。
打ち込めば、大きく逃げて距離を取る。
何度も避けて防御するなんて器用な事は僕には出来ない。
逃げて身を隠す。
それだけだ。
それが僕に許された防衛手段。
知っていたさ。僕に才能なんてない。
己惚れた事なんて一度もない。
だから考えろ。
弱者が強者に噛みつく術をすべて試せ。
「行くぞ!」
気配を極限まで殺し、世界と溶けるように存在を限りなく透明にする。精霊魔法を起動し、桜井から削り取った魔力を一点集中させる。
両手に持つ剣ではなく、隠し持った武具に魔力を込めたのだ。
駆け出した―――
今出しうる最高精度の斬撃。
必殺を以ってこの勝負、勝たせて貰う。
「来るぞ! 風音」
「大丈夫。今度こそ見切る」
一撃。首筋を狙った。
紙一重で避けられる。
間髪入れずに。
二撃。胴体から下半身に掛けて斜めに切りつける。
防がれた。
それでいい。ここまではフェイク。
反応してくるのは織り込み済み。
だからこそ、ここで陰に潜ませる三撃目の不可視の秘剣を放つ。
黒い剣の影に潜ませたもう1本の刃を以って。
三撃目の必殺を放つそんな刹那。
彼は一言。
「その技を完全に理解した」
今まで決して合う事のなかった目が合った。
「反応してくるのは既にわかっている。だがこちらが一瞬、ほんの一息だが早い」
勝てる。次弾は用意した。
影に潜ませた二枚目の漆黒の凶刃。
―――死神の鎌を放った。
「因果返し」
桜井はそんな言葉を告げた後であった。何らかの魔術が発動したと思われた。
それでもこちらが一手早い。
故に、刺突で仕留めたと思ったのだ。
「な!?」
咄嗟に出た驚愕の声。
声の主は僕。
なぜなら、放ったはずの必殺が……
不可避の必殺が不発した?
僕の放った三撃目はいとも簡単に既に無力化されていた事に対しての驚きであった。
唇を噛みしめる。
これでも……
「届かないのか」




