見上げれば、白色透明な世界
/小町視点/
今日は一日中雨空だった。
私は雨の日が好きだ。
キラキラと世界が光って見えるから。
外を眺めると窓ガラス越しの水滴が街中の街灯に照らされ、赤、青、黄色に光る。
そられを見て、『まるで宝石みたいだな』。と思った。
路上に反射する水たまりには、まるで世界の全ての輝きを集めたように煌めいていた。
まるで宝石の世界。
決して手に届かぬ宝石の世界。
それらが目の前には広がっていた。
私は昔から少し変わっていた。
人に、色や動物や形が視えた。
違うかも。
そう。イメージが浮かぶという表現が合ってるかもしれない。
例えば、一見怖そうな外見の人でも黄色の子犬のイメージが浮かぶ人は優しい人だ。
その逆にどこにでも居る普通そうな人でも、赤色の蛇のイメージが浮かぶ人はとても恐ろしい人だ。
優しい人には黄色、怒っている人には赤。悲しんでいる人には青。
そんなイメージ。
今のところ外れた事はない……と思う。
自信はない。
あくまでイメージの問題。
そして死期が迫っている人は、必ずその後ろに薄黒い影が視えた。
それ以外にもその人由来の、そう性格というか、魔力というか、なんと表現すればいいかわからないけど色や光沢というか形がある。
単なる思い込みなのかもしれない。
共感覚というものがあるらしいのだが、私は恐らく……それなのだろう。
降りしきる雨の中。
私は高級車の助席から降り頭を下げた。
「ありがとうございました。おじ様。大変美味しいお食事ありがとうございました」
私はしたくもない満面の笑みを取り繕った。
「いいよ。いいよ。明日。遂に"家族"になるんだし。気にしなくても」
禿げ上がった頭に、全身肥満気味の男がそう言って笑いかけてきた。
名をカイウンという成金であり非常に危険な魔術師だ。
センスのない派手なスーツに、両手には大きな宝石の指輪をこれでもか、と付けている。
浅黒い肌に脂ぎった顔からは、不健康そうな雰囲気を醸し出す。
いつも額の汗を拭っており、全身からはブレスケアやデオドラントをしていないのか鼻に突く饐えた臭いがする。
カイウンは表面上物腰は柔らかだが、その瞳の奥にはいつも人を舐めまわすかのような。
そんな、いやらしい視線が垣間見える。
笑顔の際に見える上下の歯に付けられた矯正器具を見ると心が萎縮する。
口を開けば、唾液が糸を引き嫌な印象を受ける。
この男の視えるイメージは緑色と紫色のトカゲのような、カエルのようなそんなイメージだ。
非常に嫌なイメージだ。
とても怖いイメージ。
経験則だけど、派手な色の付いた爬虫類のイメージを持つ人は……恐ろしい人だ。
そしてカイウンには、とても恐ろしい噂を聞く。
ぐっと、その恐怖を紛らわすように笑顔を作る。
「楽しみにしておりますわ」
微笑を携え、練習した45度の綺麗なお辞儀をする。
私は上手くできただろうか。
この男を怒らせたらいけない。
逆らってはいけない。
従順さを示さなければいけない。
心臓を鷲掴みにされたかのような緊張感が走る。
「うんうん。小町ちゃんは本当にいい娘さんだ。じゃあね。明日はよろしくね」
どうやら上手くいったようだ。
私はホッと胸をなでおろした。
舌なめずりするその男は、別れ際に、私の体を再度いやらしい目で舐めまわした後、車を出した。
「はぁ……キモ」
私は明日あの男の養子に迎えられる。
いや養子なんていいもんじゃない。
私は明日、あの男の"ペット"になる。
ペット。
従順な下僕。
飼い主に逆らわぬ犬。
それは奴隷契約と言っていいだろう。
明確に口には出さないけれどそういう契約だ。
私は明日あの男に買われる。
私の10年は、明日あの男に買われる。
亡き父と母が残した巨額の借金返済の為に。
知っている。想像はつく。
私も馬鹿じゃない。私も子供じゃない。
私はあの男の性玩具になる事を。
あの男に弄ばれる事を。慰め者になることを。
きっとひどい目に遭うだろうことも。
きっと痛い目に遭うだろうことも。
私の"初めて"はあの男に奪われるだろう。
素敵な恋はできそうにない。
素敵な青春を送れそうにない。
素敵な友人を作れそうにもない。
残念ではある。
悲しい事かもしれない。
それでも大丈夫だ。
きっと大丈夫。
やっていけるさ。
唯一の肉親である祖母の為にも私の決心は揺るがない。
たった10年だ。10年我慢すればいい。
10年あの男の忠実なる"ペット"を演じ続ければいいだけだ。
それでお終い。
私はその時25、26だ。
まだまだ人生やり直せる歳じゃないか。
そこからどうなるかはわからないけど、きっとなんとかなる。
なんとかなるはず。
覚悟はできている。
できているはずなのに……
私は空を見上げて髪を搔き揚げた。
「でも、でもどうして。どうしてこんなにも」
涙が込み上げてくるのだろう。
雨粒とは別に私の頬を別の雫が伝うのがわかった。
見上げた空に広がっていたのは、白色透明な世界だった。




