システリッサを狙撃しながら考えるヒロインレースの顛末
/翡翠視点/
私はシステリッサを超長距離から狙撃しながら足止めしていた。
自分で言うのもなんだが神業の極地だと思う。
結界の数か所を6キロ先からランダムに打ち続ける。
ただそれだけ。
彼女の張る結界を打ち崩す事は出来ていない。
壊す事は本来の目的ではないし、恐らく破壊する事は出来ないだろう。
彼女を仲間と接触させない事。
それだけでいい。
現状、私の仕事は半分以上成功していると言える。
引き金を弾きながら天内さんが仲間に追われている姿を確認した。どうやら彩羽さんと戯れているようだ。
「結局。ヒロインレースはどうなるのかしら? 彼は一体誰を選ぶの? 全員選ぶの? それとも誰も選ばない? まさかね……」
気掛かりがあった。天内さんとその周辺女子の動向が全く進展していないのだ。
「なんで?」
彼は多忙を極める。
最近は睡眠をしている気配すらない。
しかしだ。
普通、もう少しヒロインレースは進展してもいいのに、マイナスとプラスをフラフラ行ったり来たりして結局ゼロ地点に戻って来ている。そんな気がした。
対して聖剣使いは早々に複数のヒロインと契りを結んでいる。要監視対象の聖剣使いと聖女周りの人間は我々の組織が一挙手一投足を監視している。その対比でより気になっていたのだ。
私はプロファイリングを開始した。
「天内さんのヒロイン候補は約3名。マリアさん。穂村さん。彩羽さん。カッコウ殿情報によると香乃さんという新キャラが出てきたと報告は受けているが、正直パッと出のヒロインが先人ヒロインに勝てる要素は非常に薄い。それに情報が少ない」
そう。いつの間にか香乃という謎の人物がマスターに接触しているのだ。性別のみしか情報がなく顔はおろか年齢すらも不明。情報が欠落しすぎて判定不能な部分もある。
システリッサの苦悶の表情を見ながら弾丸を打ち込み続ける。
「ヒロインレースは一体誰が勝つのか……」
そう。ここは重要なのだ。
正直マスターの考える叡智が余りにも高みに在りすぎてわからなくなっている。なんなら一番仲が良いのがモリドール氏とカッコウ殿説すらある。接触回数で言えばこの2人がダントツだろう。
「普通に考えれば誰かを選ぶはず。全員美少女。性欲盛んな青年が誰も選ばないなんて事は有り得ない……と思う」
ちょっと自信がない。
まさか男色?
「いやいやいや。それはないでしょ」
私は私自身にツッコミを入れた。
「でも……」
彼の背後に立つカッコウ殿の姿があった。
彼もまた才人の中の才人。
彼らはよく二人で行動している。
彼ら二人による世俗に紛れた一般娯楽施設での会議は暗闇の中。きっと我々凡人にはわからぬ高尚な会話が繰り広げられている。
ちょっと待って。
「え? そもそもどうしてサウナなの? そこでする必要ある? ナニをしているの? 会話ではない?」
違う違う。そっちの思考が頭の片隅に出来た事により背徳的な考えが脳裏に過ってしまうのだ。
軌道修正せねば。
「セオリーが通じない」
そう。マスターは賢人であり才人であり、世紀の傑物であるマスターは余りにも常軌を逸した存在。普段はお馬鹿な学生を完璧に演じているし、休日のひと時もその演技を実行している。余りにも完璧だ。誰もがダメだと思う有象無象の殿方を演じ俗世に紛れるという道化を演じている。
「全ては任務の為」
己の心を殺し、大義を成す為に賢者が愚者を演じている。
全ては自身の痕跡を世俗に紛れ込ませる為。
その意味はわからないけど、何らかの意味があるはず。
千手先を読む慧眼に無意味な一手は存在しない。
私の持論だが。
あえて貧困層に身を落とし世俗の世を見て回っている、と考えている。
完璧。
彼にはこの言葉が似合うだろう。
彼は思考が読めない。
一体、何手先を読み、どれほどの敵を相手取っているのか。
それすら概要を掴む事が困難になっている。
国家存亡規模の窮地を潜り抜けている。
終末と言われてもピンと来てないのが本音。
どれほどの脅威なのかも正直わかっていない。
ただわかるのは、この世界の未来を背負っている。
ただそれだけ。
「英雄色を好む……も通じない。
そう、マスターは色恋に無頓着。
老成した知恵者のような振る舞い」
まるで賢者である。
あの聖剣使いのように淫靡な色恋を貪らない点は、一時も気を抜かぬ古強者を意識させられる。その姿勢は本物の気概を感じるが……
「面白くはない」
考えるのよ。
ヒロインレースを制すのは誰なのか。
私はプランナー。
そうプランナーでありスナイパー翡翠。
ヒロインレースを主催する者……になりたい。
そして高みの見物をしたい。
システリッサが結界の領域を広げ、2重3重に結界を張り直した。
それを確認すると、ハイタカ殿と共に作成した特注の弾丸に切り替える。魔術の特性を封じ込める宝石魔術を付与した弾丸を装填した。
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/3人称視点/
クイズに敗北した天内は気を取り直してウロウロしていた。
この争奪戦に参加したグループ全体で探索領域を3分の1も回りきれていないそんな時分であった。既にに天内の探索領域は108の内70を超える。
その内、彼の宝玉獲得数は5つであった。
ちなみにその5つは争奪戦最高難易度のモノも含まれている。それらは最高速・最高峰の剣士である天内だから獲得出来た代物ばかりであった。
探索自体は誰よりも早い。
最速と言ってもいい。
しかし、お宝争奪の独特な試験を突破できない事が主な原因で5つしか手元になかった。お宝獲得には文武どちらも必要になる以上。不得手なものが出てくると獲得が困難になっていたのだ。
「不可能だ。ここも諦めねばならんのか……」
交響曲を演奏せねば手に入らぬ宝玉の間にて天内は悶絶していた。持ち込んだノートパソコンを使用し楽曲作成ソフトを用い見よう見まねで編集をしていたのだ。
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千秋に背後から声を掛けられた。
「君は毎度毎度ウロウロ何をやっているんだ?」
「あ」
「まるで不審者だ。いつも色んな所に顔を出しているけど。不思議な奴だなぁ。どんな場面でも居ないか?」
「褒めてる?」
「いいや。褒めてない。どうせ良からぬ事を考えているんだろう?」
「……さぁ」
「ふ~ん」
訝しんだ表情であった。
「なんだよ」
「なんでも。予想はつくから。そういや。傑くんも助っ人を頼まれたのか?」
「助っ人……ああ。そう言う事か。まぁ俺もそんなとこ」
「うそじゃん」
「ウソじゃないヨ」
「君は嘘を吐くとわかりやすいぐらいに顔に出るんだよ!」
「仲間を信じないのか!?」
「ボクを振った癖に!」
「な、なぜその話になる……」
「この甲斐性ナシ!」
「よよよ」
「変わり者! 変人!」
「ぬう!」
「お金もないし! 足は臭い!」
「グヌッ!?」
「口も悪いし! 目は死んでる! あとダサい!」
「それ関係あるか? さっきから悪口じゃん」
「そして何よりインポだ!」
「おいおい。それは言い過ぎだろ。全国のEDの方に謝りなさい」
「はぁ……もういいよ」
「な、なんだよ」
「こんな美少女に言い寄られて、断るとか、ありえないが。家族公認なんだぞ」
「自分で美少女って言うのか……」
勘弁してくれよ。
「ボクもマリアも振るとかあり得ないぞ。普通の男子の脳みそをしていない!」
普通の脳みそなんだよ。
恋人ごっことか勘弁してくれ。
「千秋よ。良い事を教えてやろう」
「なにさ」
「俺にハニートラップは通じないんだ残念だったな」
「この男はッ!? いや……まさか既に他に好きな人が」
「ないない」
「ホントに?……そもそも傑君は恋愛に興味ないの?」
「なんか流行ってるよね。最近」
「最近流行っている? なんか珍妙な言い回しだね」
「いやさー。なんか流行ってるなぁ~ぐらいにしか思わないよね」
「やっぱり変人じゃないか。じゃあさ! 流行りに乗りなよ」
「流行りに波乗りするほどの時間がない。とだけ言っておこう」
「なんだよ。時間がない、時間がないって。意味不明なんだけど」
「もうこの話は裁判で判決が出たはず! はい。終わり。解散!」
千秋は不服そうな顔をすると、ズイっと身を乗り出してきた。
「一つだけ言っておくとだ!」
「お、おう」
「ボクは君を振り向かせて見せるって事」
「え、えぇ……」
「とりあえず! ラーメン!」
「らーめん?」
「ラーメン連れてって!」
「三郎ラーメン?」
「そう!」
「なんで?」
「理由は訊くなよ! ラーメンは君の奢り!」
「ラーメンはさぁ。俺も好きだよ。三郎ラーメンは俺だって行きたい」
「じゃあ。行こう。今度……明日行こう!」
「千秋よ。一つ重大な懸念事項がある」
「なんだよ」
「俺の所持金137円なんだけど」
はぁ~っと大きなため息を吐くと。
「……君はいつもいつもお金がないな!?」
「仕方ないじゃん。納税があるんだから。国に言ってよ。渡航してたから延納申請通ったけどさぁ~。戻ってきたら払わなきゃならないじゃん。ヒノモト国民として」
「面白くない嘘だな……え? 本当なのか???」
俺の真剣な顔が伝わったのか困惑した表情になる彼女。
「当たり前だろ。俺は人生で一度も嘘を吐いた事がない」
「ウソツケ」
まぁ嘘だけど。
「それにさぁ。
納税は国民の義務なんだぜ。
ホントに学生はこれだから。
千秋は払ってる? 税金?
組織に連絡しちゃうよ?」
「図に乗るといつもこうだ。学生の癖して納税に頭を悩ます方がおかしい気もするが……」
「まぁ……だがな。俺がこの争奪戦に勝てば三郎ラーメンには付き合ってやれる」
「まさか……」
「ご名答。横領……じゃない! 臨時ボーナスが手に入る予定だ!」
「部費を横領する気満々じゃないか!」




