積み上げた屍の上に立つというのは、覚悟と責任が必要なんだよ
/香乃視点/
モリドール氏が床に着いたのを確認すると。
かがり火の下、本を読む彼に語り掛けた。
「私はお前を高く買っている」
「そりゃあどうも」
「私が呼び出した最高の使い魔。いや……これまでの召喚士の中でも歴代最高と言ってもいいかもしれない」
「おおぉ~。なんかやけに持ち上げるなぁ~」
顔を上げた青年の目の下。
隈が徐々に大きくなっていた。
彼の身体は徐々に蝕まれている。
それを見逃すはずもなかった。
時を遡っても、これだけは治癒出来なかった。
根絶者を討伐する際に彼は多くの呪いを浴びた。
「隣いいか?」
「どうぞぉ~」
「寝ないのか?」
「全てが終わったら後でゆっくり寝る。最低限でいいのさ。俺には時間がないからな」
「……私はね。与えられた役割に意味はないと思っている」
「? はぁ。そうか」
「だが、しかし。役割はある。与えられる。本人の意思に関係なく授受される者は確かに居る」
「選ばれし者って奴の話か」
「お前は間違いなく選ばれし者だ……と思っていた」
「思っていた?」
「だが違うんだよな。
お前は凄い奴だが。
普通の奴だ。
世界を開拓する勇者や英雄、英傑と呼ばれる者。
そんな崇高な者ではない……と思う」
「よくわからないな。何の話がしたいんだよ?」
「まぁ聞け」
「?」
「極光の騎士とは遍く世に光を照らす者……だったかな」
「誇張しすぎなんだよその逸話。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくなんてないさ。
事実だったんだよ。ネイガー。
君は間違いなく暗闇の世に一条の光を齎した。
微かな光だ。
君が作った小さな光を頼りに我々は。
我々の時代の人々は確かに生きた。繋いだんだ」
「へぇ~」
「役割を与えられずとも、役割を与えられた者以上にその役目を見事に全うした」
「大した事じゃ無いさ」
そんな風に言い切れるお前は。
「大した事さ。本当にな。
私はね。成果には報酬があるべきだと思う主義だ」
「そりゃあ労働には賃金が必要だろ。当たり前の話だ」
「いや、君はわかっていない。単刀直入に言おう。
ネイガー。いや傑。君は後どれぐらい生きられる?」
彼は目を丸くした後、瞼を閉じ少しだけ口角を上げた。
「驚いたな」
「気づかないとでも思ったのか?」
彼は肩を竦めると。
なんの迷いもなくハッキリと宣言した。
「来年の3月末。エンディングはそこだな。
それ以上の未来はない。仮に僅かな寿命が残っていてもだ。
もう半年もない。何より身体がもたんのだ。
最近しんどくてな。
俺の身体は特別製ではないから」
限界を超えた魔術行使。
それは命を削る事に他ならない。
彼はそれ以外に何らかの力を使っている。
それがより深刻だ。
あの超加速はどう考えても肉体を酷使している。
アレは人の身に余る御業だからだ。
「なぜ他人事のように割り切れる?」
まるで……自分が死ぬのが当たり前と言ってるようではないか。
「多くの者の未来と命を繋いだじゃないか? なぜもっと欲さない?」
生きたいと。
生きていたいと。
「金は欲しいぞ。億万長者になりたい。金をくれ金を」
コイツは矛盾している。
「……あの世に金品は持っていけないぞ」
「知ってるよ」
「いや、わかっていない。
金銭を欲するのは未来を豊かにしたいからだろ?
豊かになるのは幸せになる手段の一つだと理解している証左ではないか」
富は欲しいが、命は要らない。
甚だしいほどに矛盾している。
命がなければ、物欲を満たしても意味はないというのに。
「夢なんだ。金で苦労した人生だったから。余ったら全部やるよ」
「金銭に貪欲な癖して、なぜ自分の命に、生きる事に興味がない!?
なぜ長い人生を生きたいと、幸せになりたいと望まない!?」
「香乃。いや、カノンよ。
なんか勘違いしてるかもしれないけど。
俺は今が十分幸せなんだ」
「どういう……意味だ?」
「そのままの意味さ。何者でもなかった者がようやく何かを成し遂げる事の出来る状況にあるんだ」
「だから。どういう」
要領を得ない。
「例えるならさ。ニートがようやく働き出して、働き甲斐を覚えたっていう感覚に近いんだよ。それに……」
「それに。なんだ?」
「俺は、俺の野望の為に。俺のエゴの為に。
多くの者の命を刈り取り過ぎた。
香乃は知らんだろうが、俺は多くの者を殺めてきている」
知っているさ。
私はお前を見てきたのだから。
圧政に喘ぐ民草を救う為に。
奴隷を解放する為に。
戦争を終結させる為に。
飢餓、貧困、暴力を無くすために……
お前はいつだって弱い者の立場に立ち1人で闘ってきたではないか。
見ず知らずの者の為に己の命を懸けて。
本当なら逃げ出したくなるような状況でも嫌な役目をこなしてきた。
英雄、英傑、勇者が嫌う事を。
彼ら彼女が決して出来ない事を黙々とこなした。
「贖罪とでも言いたいのか?
罪を償いたいがために死ぬと。
死んでもいいと思っているのか?」
「そんなつもりはない。そこまで傲慢でもない。
悪い奴も居たしな。そもそも殺し合いに善も悪もない。
俺は薄情でね。
戦いに於いての死ってのは仕方がないと割り切っている。
罪悪感が微塵もないと言えばウソになるが。
正直感傷に浸るほどでもないと思っている。
その点は人格破綻者かもな」
彼は手の平をひらひらとさせながら嘯く。
「俺はね。殺した者の為にも。
俺は俺の決めた事をやり遂げる責務がある。
積み上げた屍の上に立つというのは、覚悟と責任が必要なんだよ」
「……」
「結末は近い。最後の福音が鳴るのは間もなくだ。そこに俺の席はない。俺は本来あるべき席に戻るだけ。この世界を去る。ただそれだけの話なんだよ」
コイツはたまに訳の分からない事を、それでいて意味深な事を告げるのだ。
「お前は本当に……」
筋金入りの……
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/風音視点/
確信した。僕は全ての魔法を使いこなせると。
僕は星に、大地に、空に、海に、花に愛されているのではない。
ヴァニラ会長の核を打ち滅ぼした時。
―――視えたのだ―――
穴。孔。
虚。洞。
奈落に繋がる穴が見えたのだ。
気付いたんだ。
魔法とは一体何なのかという事実に。
異能とは一体なんなのかという事実に。
どこから魔法は発生し、異能が顕現するのか。
魔法とは、異能とは、本来この世界にはないもの。
あれは穴の向こうにある力。
僕らが魔術と呼ぶそれは穴の中にある物を取り出す技術でしかない。
最も穴を開ける技術が長けた者。
それは最も魔術を多く使いこなせる者と同義。
僕は疑念に思い始めていた。
「世界の風穴を開け続ける事。つまり魔術を行使する事。それは『この星』を『壊している』事なんじゃないのか? であるならば……終末の帳とは」
視線の先には1人の少女。
彼女は夜空を眺めていた。
多くの魔力を奪われた……
否。
深淵に穴を開ける技術が拙くなった彼女は幼子になっていた。
目の前の幼女。
最も深淵に近づいた人の子。
覚者ヴァニラ。
元マホロ生徒会長。
ヴァニラを守る為、彼女は公では失踪した事になっている。
医療機関では記憶喪失であると方便で誤魔化した。
命を狙う追手から匿っているのだ。
昏睡事件の張本人の1人であるにも関わらずだ。
つくづく僕は甘いと思う。
しかし言い訳をさせてほしい。
ヴァニラ自身にも魔剣による瘴気に当てらている節があった。
何より、彼女の秘めたる理想を実現させようと神輿に乗せた者、煽動した者が居る。裏で糸を引く者が居るんだ。
それを突き止めねばいけない。
今回は九藤がその役目を与えられたが、実際に魔鏡を流布し鋳造したのは別の者。
これが気掛かりであった。
だから力を貸してもらうという条件で彼女を匿う事にした。
贖罪はそれからだと思う。
それに彼女の命を狙う者は多い。
特に危険なのが、12の刃を羽翼のように操るファントム。
何者なのかわからないが、1つだけ確かな事がある。
あれは、別次元の強さ。
多彩で多芸。
だが、決して最強ではない。
今の僕からしたら。
「凡庸」
その一言に尽きる。
究極の魔術を持たない。
究極の一振りを持たない。
究極の一撃を持たない。
僕はアレに勝てる。
確信がある。
間もなく、僕はアレに追い付き、追い越すという確信がある。
技術が、魔術が、剣技が近い未来凌駕する。
僕にあってアレにない物。
Гと呼ばれる魔人を時の彼方に追放した魔術。『因果返し』。
圧倒的火力の聖剣、否、神剣の一撃である。『星の息吹』。
ここまでは習得した。
未だ呼び出せずにいる使い魔を召喚できれば勝機は揺るがない。
「次に会った時は確実にファントムを討てる。いや……討つ」




