日常に戻って来たアイツ
1ミリも本編は進みません
目を丸くしたモリドールさんは頭を掻きむしった。
「早く眼を覚ましなさい! 私ィィィィィィ!!!! ここは夢よぉぉぉぉ!」
「落ち着いて下さい! モリドールさん!」
病院から連れ戻したモリドールさんが発作を起こしたのだ。
気を抜くとこれである。
モリドールさんが最も魔鏡の被害を受けた人物なのかもしれない。
モリドールさんを懐かしき犬小屋……
じゃなく汚いボロ屋ではなく……
ホームに戻って来た訳だ。
取り乱したモリドールさんは涎を振りまきながらのたうち回っていた。
「私の可愛いホストちゃん達は!? これは夢、これは夢よね!?
私の莫大な財産とタワマンはどこよ!?
今日は星夜の誕生祭なのよ!
シャンパンタワーがぶ飲み。
私専用の姫コール聞きまくり。
ベッドの中で若いオスの海に溺れまくり!
それが私の今日の予定!
なによココ! このみすぼらしい生活は!」
俺はモリドールさんの肩に手を置き。
「落ち着いて聞いて下さい。ここは現実です。これが事実です! 貴方の人生はこれなんです!」
「ウソだ!」
激昂された。
俺は顔に飛び散った唾を裾で拭うと。
「モリドールさん!
ここにはナンバー付きホスト星夜も。
モリドールさんが日々酒池肉林する為のタワマンもありません。
モリドールさんは養分……じゃなくて!
太客でもなく、財産もなく、日夜モテず、お家は質素! それが現実!」
「ウソだ!? ウソに決まっている! このあやかしめ!」
「ウソじゃないんです!! 現実は残酷なんです!」
「黙りなさい! この悪鬼!」
「その妄想は夢なんだァァァァ!」
「ウソだァァァァァァァァァ!!!」
「本当なんだよぉぉぉぉ!」
「現実な訳ないじゃない!
こんな惨めな人生が私の人生な訳ないじゃない!
私は成功者。富、名声、美貌。
この世の全てを手に入れた女よ!」
「何も手に入れてないんだよぉぉぉぉ」
俺は膝を地に付き、むせび泣いた。
夢から醒め、現実に引き戻された哀れな存在。
今、ヒノモト各地でこんな悲惨な状況が起こってるかと思うと頭が痛くなってきた。ホームシックならぬドリームシックである。
大変な事になってるじゃねーか!?
「モリドールさんの預金残高は5万円。
しかも万年平社員。
社員じゃなくて今もまだ契約。
任期雇用期間付きの契約……
それにです!
彼氏が居た経歴もありません!」
「ウキーーーー!! 嫌だ! ウソだ!?」
暴れ回るモリドールさんを袈裟固めで押さえつける。
なんつー力だ!?
「仕方ねぇ!!」
俺は頸動脈を圧迫した。
というやり取りを終えて、俺はちょっとだけクタクタになっていた。
モリドールさんを力技で寝かせた。
スヤスヤと恍惚な笑みを浮かべている。
「生誕祭には行けたようだな。夢の中で……」
・
・
・
新聞を読みながら俺はある場所に向かっていた。
新聞の記事には、叙勲されてる優男と影薄い奴と取り巻きの面々。
俺は新聞を折り畳み物思いに耽った。
「なんやかんやあったけど」
なんやかんや寄り道をしてしまった。
最後に俺の影が消え去る瞬間、意味深な事を言っていたが……
「まっいっか!」
本日の予定はこうだ。
晩はニクブとガリノ、その他諸々のクソみたいな学友と遊興を費やす。
久々の再会とマホロ復帰を祝して全ての金品を賭けた死闘が予定されている。
「とんでもねぇ賭け麻雀大会が始まるぜ!」
なにやらメールが入っているが全て無視をした。
要約するとパ―ティーメンバーから、『どこに居るの?』、『会いたい』の一文があったからだ。一度距離を置き、色々と有耶無耶にした上で、弁護士穂村を呼んで法廷で闘っていく。それが本筋だ。
俺はメールを全てゴミ箱に移動させた。
今日は一日フリーの日にした。
ガス抜きは大事だ。
非常に重要で貴重な日。
「重要な市場動向を調査しに行くか……」
パチンコ台の市場調査、兼、動作確認。
とても大事な作業を開始しようと思うのだ。
俺は下界に赴くと猪一番である場所に向かった。
神社である。
願掛けをする為、神社に行き身を清めていた。
「世界が平和になりますように」
祈りを捧げた。
俺は運を引き寄せる為に無我になり清い願いを天に捧げた。
ここでは己の欲を出してはいけない。
世界平和を願う事で清い気持ちになる作業。
これが重要なのだ。
邪念が入れば運を引き込む事が出来ない。
運とは善なる心に宿るのだ。
俺は最近というか、滅茶苦茶久しぶりにパチンコに赴いた。
正直、もうずっと戦いの連続であった。
バトルフェイズが多すぎた。
なので、ここでルーティンを再開し、俺の精神力を向上させていきたい。
今日から日課を開始しようと思う。
俺は神社を後にした後、コンビニに入り、タバコとワンカップを購入した。
これは台にお供えするモノ。
パチ台のご機嫌を取る作業。
これも重要。
地蔵にお供えをするだろ?
それと同じくらい尊い作業なのだ。
俺は新台が入荷したパチンコ屋の前で足を止め、眼を光らせた。
「よろしくお願いいたします」
お辞儀をし、俺は入店する。
戦いの火蓋が切って落とされた。
俺は幾つかのパチ台を観察する為、店内をグルグル回ってみる。
何をしているのか?
簡単な事である。
心理戦をしているのだ。
ここでは崇高なる心理戦が働く。
店と客との高度な心理戦。
まず、店側の心理を読み解かなけばならない。
店側は入り口に回る台を置く傾向にあるとされる。
客が入っていると思わせる為にだ。
この店はよく回る台を置いていると思わせる陽動。
多くのドル箱を摘んだサクラを店内入口に配置し、この店は優良店であると客の意識を操作する非常に姑息な店舗もある。故に、ここは裏の裏を読む作業が必須。経営側の人間の心理を読む心理フェイズ。
この心理戦が入店時に行われる。
「ふむ……渋いか」
入口の台はどうやら目ぼしい台はなさそうだ。
次に俺はパチ台のプレイ回数を観察していく。
プレイ回数。
これも非常に重要な指標だ。
よくプレイされた台は、当たり台の可能性があるのだ。
しかし、沼った可能性も捨てきれない。
俺は独自の理論を組み立てている。
勝利の方程式。
台に粘る先客のプレイ回数の平均値を叩き出す作業。
平均を上回る台これを探していきたい。
運命に出逢う為に。
次に確認するのは釘の位置。これも大事だ。
釘がどのように配置され、どのような物理法則で玉が動くのか、それを瞬時に読み解かせる大学数学の最高峰の読み合いと演算が試される。理論値をはじき出すのだ。
空気抵抗。摩擦。振動。
森羅万象全てを脳内で完全にシュミュレーションする事で全ての玉の軌道を読み解く非常に難解な物理学をここで鍛えていく。
「これだな」
俺はトイレ近くの台に目星を付け、台に座った。
トイレの近く。これも重要だ。
人間生理現象として用を足す必要がある。
物理的に近くにあるのも重要だが、ここもよく出る台が配置されている可能性が僅かだがあるのだ。つまり、トイレに行った際に。
『お、この台は出るのか』と客にサブリミナルを植え付ける心理的トリックがある。
俺は台の前にお供え物を置いた。
手を叩いた。二礼二拍手一礼。
神前では大事だ儀式。
「集中しろ俺。俺が台を打つのではなく、打たせて頂くのだ。この気持ちを忘れるな」
パチンコ屋では多くの事を学ぶ事が出来る。
大学を卒業するよりもとても高度なテクニックと知識を現場で仕入れる事が出来るのだ。心理学。数学。物理学。金融。経営。そして温故知新である儀礼。
文系と理系の学問をこの場で修める事が出来る。
もはや俺は大卒と言っても差し支えないのだ。
俺が教授なら絶対にパチンコ屋の課外授業を取り入れるぐらいにこの場では多くの生きた知識と知恵が手に入る。
それを伝えていきたい。
後世に。
「よろしくお願い致します」
俺は台に向かって感謝を告げた。
感謝である。
感謝の念が必要なのだ。
2部 ヘッジメイズ編 終了です。
読者の皆様へお願い
いつも温かいご支援、ありがとうございます。
もし最後までこの物語にお付き合いいただける方がいらっしゃるのであれば、ぜひ「いいね」や感想欄に一言コメントをいただけると、非常に嬉しいです。
勿論、ブクマや評価ポイントも歓迎です。
皆様の反応が、私にとって何よりの励みとなります。
どんな小さな声でも、私には大きな支えです。
一緒にこの物語を最後まで紡いでいけることを、心より願っております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




