赫 皙 黎
横目で風音やカッコウがヴァニラと戦闘を繰り広げる景色が垣間見えた。
ヴァニラを中心に多くの発光体が取り囲んでいる。
風音の持つ白き聖剣の明滅が光り輝いていた。
「まぁなんとかなりそうだな」
「よそ事を考える余地はないと思うが」
「だな」
俺と俺の影は、その大一番には参加せず空と大地をお互い駆け抜けていた。
モブ同士の闘い。
―――片目の眼球が破裂した。
今まで出したどれよりも早い超加速。
その速度に肉体が追い付いていないのだ。
互角かそれより少し上の反応速度を持つ影。
この世界で、俺の反応速度に匹敵できるのはコイツしかいないだろう。
俺は自滅覚悟でそれよりもさらに上回る超加速をしているだけ。
「俺は強敵を一撃で仕留めきれるほどの大技を持ち合わせていない」
強大な魔力はない。
状況を打開する奇跡も行使出来ない。
選定された武装すらも持ち合わせていない。
刃物の軌跡が加速していく。
それと同時に融解していく指先。
痛みはない。
痛覚を感じる神経伝達よりも、思考の方が早い。
「自滅する気か? この世界で自我が崩壊すれば、お前は二度と眼を覚ます事は出来なくなる。文字通り死を意味するぞ?」
「死ぬ気は、まだない」
激しい攻防。
剣技の上では夢魔が上。
以前相対した時よりも攻防は激しさを増している。
あの時は不意討ちという事もあったが。
今回は少しずつ徐々に俺の方が優勢になりつつあった。
「面白くなってきたなぁ」
徐々にヒートアップし始めていた。
高揚しているのだ。
――――心が――――
「オリジナルお前は既に……怖くないのか?」
「何が?」
雑音をかき消すように刺突を放った。
鈍い鋼が打ち合う音色が奏でられる。
カウンターぎみの夢魔の放つ剣閃が迎え撃つ。
必殺の神速が俺の肩を捉えていた。
避けきれない。
「ここで仕留める他ないか!?」
「避ける気なんてないんだよ」
自然と笑みが零れる。
避けるよりも攻撃の手を緩めない選択肢を取る。肩口からゆっくりと切っ先が刺さると皮膚を割き、肉を千切り、骨を断つ。
予想通り腕が弾け飛んだ。
余りの呆気なさに少しだけ笑った。
いや可笑しくて堪らなかった。
死の恐怖を克服している。
死ぬのが怖くない。
興味がない。
人としての心の防衛本能。
心が徐々に機能していなかった事が何よりも愉快であった。
痛みはなかった。ただ熱いだけ。
吹き飛ぶ腕だった肉塊を視界の端に捉えながら。
「お前は怖いか? 死ぬのが?」
「ッ!? お前こそが!? キョ、」
―――より速く特攻の横薙ぎを放つと。
「お前は強い。が、生き残ろうと命を守りながら戦うその気概、気骨、反応速度。それでは一歩どころか二手間に合わん。俺の本懐まではトレースしきれなかったか」
剣技においては夢魔が一手も二手も上手。
知覚は研ぎ澄まされている。
―――故に断線する視界は意味を為さない。
皮膚が溶けていく。
平常運転。慣れている。
―――軋みを上げる骨身。細部が焦げ付き骨が剥き出しになろうとも。
「ワクワクするだろ?」
ギリギリの闘いに興奮していた。
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/3人称視点/
一足遅く辿り着いたかつての勇士である香乃は二つの激闘の行く末を見届けようとしていた。
そして感じた事のない力を感じ取った。
「神剣は本当の意味で……」
塔の頂上では白皙に輝く光の剣に切り裂かれる黎き瘴気の渦。
光の力と闇の力の激突。
残光の中でも一際大きく輝く白。
光を飲み込む闇。
聖剣と魔剣。
星によって編まれた奇跡。
奈落から生じた深淵。
二つの力は拮抗していたが、白き残照は徐々に大きくなると、深淵の力を次第に抑え込む。
勝敗が決しようとしていた。
瘴気は次第に力を失っていく。
拮抗していたはずの力。
明確に差が生まれた点はたった一つ。
聖剣使いに仲間が居る。
ただそれでしかない。
―――その対角線の先。
眩い白き輝きに多くの目線が誘導されているが。
ひっそりと人知れず上下左右に急上昇、急降下する二つの影。
二者の独特な赫毛が魔術の光を反射し烈火の如く赤く輝いていた。
神速で行われる攻防。
姿形を捉える事は困難を極める。
残光のみが宙空に軌跡を描く螺旋の蜷局を巻く赤き発光体。
それはまるで天を飛翔する赫い竜のようであった。
赤い流星がストロボ現象のように光の尾を引いていた。
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/小町視点/
ゆっくりと重い瞼を開いた。
「あれ……何をしてたんだっけ?」
思わず口を吐いて出たのはそんな間抜けな言葉であった。
記憶が混乱していた。
随分と長い間、寝ていたような気がする。
微睡みの中。
朝日が瞳孔に差し込むと、少しずつ思考がクリアになっていく。
「違う。先輩は!?」
いつの間にか自室でなく病室に寝かされていた私は飛び起きるとその場で膝をついた。
筋力の落ちた足は思い描くように動かなかったのだ。
「行かなきゃ」
とても長いようで短かった夢の時間。
最後に覚えているのは、現実に近い魔鏡世界での出来事。頭上から黎い禍々しい瘴気に包まれた何かが皙い光に包まれるところまで。
病室を抜け出すとすぐにいつも通りの後ろ姿があった。
ブツブツと虚空に向かって呟く青年の横顔。
よく知ってるアイツである。
「アイツ。何独り言で喋っているんだ?」
ゆっくり近づきながら聞き耳を立ててみた。
「お前はやや脚光を浴びる事になる。
そんなに嫌そうな顔をするな。
これも計画の内。
それと。情報操作の手配は頼む。
この程度組織? の力を使えば容易いだろう?」
「中二病すぎない?」
頭が痛くなってきた。
かなり痛々しい男が目の前に居るのだ。
電話しているようには見えない。
魔力で念話を飛ばしているようにも見えない。
独り言だと……思う。
でも……多分。
「ああ、あと俺の存在を完全に隠蔽しろ。少なくとも俺のフライト履歴の偽装くらいは出来るのだろう? で、話は変わるがアイツは幼児退行か……厄介だな。
根絶者の瘴気に当てられたと香乃も言っていたしな。
記憶障害を起こしてもおかしくはない」
「ホント、何の話を1人で延々としてるんだ?」
はぁ~とため息を吐いた。
「しかしこちらも手札を一枚増やせた。魔剣の回収は済んでいる。これを餌にしてリリスを仕留めるとするか。筋書にはないはずだが、アレが既に魔剣の複製をしている可能性を捨てきれない……」
「魔剣? 複製?」
私は徐々に近づくと。
この人は本当に……
何者なんだ?
今まで変人だと思っていたけど。
今回の件で確信に変わった。
この人は、何かをしようとしている。
何かを知っている。
じゃなきゃ説明が付かない事が多すぎる。
「そう驚くなカッコウ。劣化コピーである魔剣の外骨格を装備した一般兵。
こいつらが増えた時の対策。想像するだけでヤバいだろ?…………散れ」
突風が吹くと眼を一瞬閉じた。
薄目を開くと。
「こんにちは! ようやく本当に会えましたね」
「……いつから居た小町?」
先輩は挨拶を無視して白目を剥いて問いかけてきていた。
「先輩がブツブツ訳の分からない情報操作云々の独り言を呟いている時からです」
「ふ、ふ~ん。結構前だな……」
ピクピクと頬を引きつらせていた。
「単刀直入に訊きますけど!」
「なにさ」
「先輩って、只者じゃないですよね?」
「只者だけど」
「ウソツケ」
「本当だけど」




