決戦⑦ ニセモノはホンモノが現れたら消え去る運命にあるんだぜ
――舞台上――
/3人称視点/
午前零時。
大規模停電が各所で引き起こると。
地鳴りのような音と共に火炎が主要機関の方角から天に昇った。
「まだ、何か仕込んでいたのか?」
香乃は不思議そうに1人呟いた。
香乃とマリアは天内の指示を完全に遂行する事は出来なかった。
治安維持局の残党を狩りつつ、各施設にボヤを起こす程度。
彼らが唯一遂行出来たのは一つだけ。
チェックポイントである変電所や配電線を遅延させていた魔術で同時に切断し都心の一部を停電させる事だけであった。
香乃はタワーの方角に目をやると、都心の一帯は闇に包まれていた。
しかし、赤、黄、青といった様々な光があちこちで明滅している。
光は天に昇ったかと思えば不規則な軌道で急降下し、上下左右に不思議な軌跡を描いていた。
香乃の視線の先をマリアも同じように目線を向けると。
「既に戦闘が始まっているんでしょうか?」
「かもね」
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「あの~。彩羽先輩」
「どうしたの?」
「これは先輩の作戦? なんですよね。我々って悪党だったんですか?」
虚ろな眼をした夢魔界の住人。
呼吸はしているが、一切感情の起伏のない者達。
彼らと赤子達を人質に取ったのだ。
「まぁ。言わんとしてる事はわかるよ。そのぉ~。幻滅するのもわかる。でも……」
千秋は言い淀んだ。
「流石ですね。悪い意味で」
小町は半笑いで少し引きつった顔をする。
(勝つ為なら何でもする精神。流石先輩だわ。
その執念だけは尊敬に値する。
この世界は未来を生まないから。
人の理想が具現化するだけだから。
何より、魔境に取り込まれるだけの理想がないから。
赤ん坊は絶対に人ではない。
それを先輩は見抜いていたのか。変な所で頭が回るんだよなぁ)
「まぁそう言わないでよ。彼らは……」
「偽者ですね」
夢から醒めた小町はその眼を以ってして人か影か真偽を図る事が出来た。
彼らには人が持つ特有のカタチを持っていなかったからだ。
「わかるのかい!?」
「まぁ……。どうしてかは追い追い」
「……そう。今は時間がないし。なにより」
「ですね」
3つの影が忍び寄っている事を目くばせした。
「やはり居たか。出遅れた感は否めない。少々予定外が多すぎる」
「桜井……の影。それに」
千秋とマリアの影が背後にて臨戦態勢を取っていた。
お互い睨み合うがその均衡は一時にも満たなかった。
タワー展望デッキにて爆音が鳴り響いたのだ。
地鳴りに似た振動が足元を伝わったすぐであった。
一帯に焦げた臭いと白い煙が充満し始める。
「なんだ!?」
「これは知らないぞ」
千秋は困惑した。
天内から事前に聞かされていた作戦にはタワーの発破処理など派手な事は伝え聞いていなかった。その逆、暗闇に乗じて魔鏡を破壊する手筈であった。
にも関わらず、発破処理に加えて、影の追手に囲まれているのだ。
呆気に取られる千秋の目の前には業火と氷結が迫っていた。
「先輩!」
小町は縮地を行い、千秋の前に立ち塞がり二つの魔術を斬撃にて両断する。
「よそ見してる暇はなさそうです」
「ありがとう。その通りだ。少し気が抜けていた。でも大丈夫。ボクには遠距離攻撃は絶対に当たらない」
「へ? マジですか?」
「うん。とは言っても直接攻撃は通るんだけどね」
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・
炎上する塔。
1人の剣士と1人の拳士。
それに相対するは魔性の剣を携える最高峰の魔剣士。
「厄介なん封じてもこれかいな」
「だな」
カッコウは同意した。
天内の言う通り、背に赤子を背負い、タワー内に人質を立てる事で危険な魔術は最小に留めている。精々魔剣に付与する程度。それでも圧倒的に強いのだ。的確に急所を狙ってくる一撃を防ぐので一杯一杯。さらに突如として上がった火の手はカッコウの知らないプランであった。
(やはり……知らない事が起こっている。万事上手く動いていないか)
カッコウとユーグリットは魔鏡に辿り着く事が出来ない。
仮にここでヴァニラを制圧できなくとも、彩羽と穂村の2人が駆け付け数的有利で押し切るはずだった。どちらかが魔鏡を破壊できれば作戦は成功だったからだ。
しかし、それは上手く行っていない。
セカンドプランは失敗しているのだ。
魔鏡は物理的にすぐ目の前。
にも関わらず途方もないほど目に視えぬ距離があった。
激戦が繰り広げられていた。
2人は剣閃を弾き、毒剣を抑え、魔境を破壊しようと気配を殺し最短距離で魔鏡へ突撃する。
しかしだ。
気配を殺し直接攻撃は飛んでこないにも関わらず、全体攻撃に近い攻撃を防御し躱し続けると全く前に進むことが出来ないのだ。
そんな折であった。
「なんだ!?」
カッコウは目を疑った。
咄嗟に足を止め、ヴァニラの肢体を凝視した。
魔剣が昆虫の外骨格のように全身に纏わりつくとヴァニラの肢体は魔物のように形態変化し始めていた。伸縮自在な魔剣が身体中の皮膚に癒着しまるで魔物の装甲のようになり始めているのだ。
禍々しい赤黒い色をした魔剣はムカデのような外骨格を作り出しヴァニラの全身を覆い尽くした。
(あれではまるで……)
カッコウは全身を観察する。
尾を生やす、二足歩行のムカデ型魔人。
そんな風体だ。
「姑息な手を使ってもその程度か」
ヴァニラは涼しい顔でせせら笑っている。
「確かにそこそこやるが。かかり過ぎたな」
「ユーグリット。あれは」
「やはり魔剣は……汚染するんか」
「汚染?」
ユーグリットは質問に答えず。
「来るど!?」
鞭のように飛来する猛毒の尾が目の前に迫っていた。
「ッ!?」
カッコウとユーグリット2人掛かりでヴァニラと互角。
チートに近い魔法への封じ手を行ったにも関わらず。
魔剣の性能、それに付随する個としての強靭さの前に決定打を欠いていたのだ。
何より、肉体の強度は人間のそれではない。
「こらあかんで漆黒!」
「だな」
(この2人では決定しきれなかった。
彩羽さんも、穂村さんもここに辿り着けていない。
何より、彼自身がここに介入出来ていない。
何かあったと考えるのが妥当だろう。
事前に用意した策は無力化されたと考えていい。
……まだ秘策はある。彼が語った最後のプラン)
カッコウは待っていた。
天内の用意したエクストラプランを。
(状況は拮抗している。このままではジリ貧になりかねない。それにヴァニラの奴……なんだあれは?)
「このままでは……」
カッコウは息を呑んだ。
「集約する力!」
突如として第三者がこの場に介入する掛け声であった。
主人公にのみ許された固有能力。
仲間の力を一点集約させる絶技。
この世界に選ばれた者にのみ許された力。
それが発動していた。
「いいタイミングですね」
・
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・
――舞台裏――
「深淵の光明。光指し示す者としてお前の玉座を用意しよう」
た~すけてくれぃ~。
なんかコイツ突然意味不明な事を語り出したのだ。
内心俺はこの言葉が脳裏に過っていた。
た~すけてぇ~。っと。
まぁ、なんでかって言うとさっきからベラベラと頭のおかしな話に付き合わされているからなんだけど。正直さ。圧倒されちゃってる訳よ。
だって俺の顔して真剣に喋ってるんだぜ。
勘弁してよ。
悲しい生き物だよコイツ。
俺はね。動き出すタイミングを失ってる訳。
突然頭のおかしい人と会話が始まった場合、非常に困るだろ?
今ソレなの。
俺だって突然ぶん殴りに行きたいよ?
敵の口上中に攻撃を仕掛けたい訳。
それでも圧倒される方が勝っちゃってる訳よ。
なんやろなぁ~。例えば電車でさ。
隣の席に緊張感あるタイプの人が座って来たとするやん?
そしたらさ。そのぉ~寝たふりしてやり過ごすやんか。
本心はさ。寝たふりよりも素知らぬ顔をしてさ、席から立ち上がって距離取りたいやんか?
でも、緊張感あるからさ、動きたくても動けへんのよ。身体が動かへんのよ。
今それなの。思考→アクションが出来ないんよ。
緊張感あるタイプはさ、何しでかすかわからへんからさ。
アクション起こし辛いのよ。
で、延々と脳内で。
た~すけてぇ~。っとなってる訳。
ど~しよ。
コイツ気持ちよさそうに会話してるんだよな。
しかも1人で。
コミュニケーション弱者にありがちな……アレなんだよな。
アレな人。放送禁止用語に引っかかる人。
てか、俺の人格をコピーしてるって事は……。
いやぁ~。悲しくなってきたわ。
俺ってこんな奴だったんだ。
傍から見ると、アレな人なんだな。
話通じない奴。
はぁ~。なんだか。辛くなってきたわ。
ちょっと色々と見直さないといけないわ。
猛省だよ。猛省。
と、猛省していると。
業火に包まれる塔の展望デッキにて閃光が瞬いた。
「そろそろ来たか」
よかったぁ~。
もう決着つきそうだわ。
この痛い話も無理矢理終わりそう。
にしても随分時間が掛かったな。
やはり風音の影に手こずったと見ていいか。
「なんだ?」
俺の影は随分長かった演説を中断すると。
「話の途中で悪いがここまでみたいだ」
火花が散った。
不可視の槍が俺の影を射抜こうと明後日の方向から飛来したのだ。
頬から血を滴らせる影。
既に刀剣を抜き、脱力したポーズでありながら一切隙の生ませない眼差し。
暗器ではなく、スキル:武装を呼び出しを発動させたのだ。
武具を格納するのではなく、既に展開済みの武具を手元に呼び寄せるだけのスキル。ミラー対決に対抗する為、俺の貴重なメモリを無駄にして取得した微妙なスキルだ。それで不意討ちを狙ってみた訳だが失敗。
「なんのつもりだ?」
「俺さ。モリドールさんにバグギャモンで負け越してるんだよね。
ボードゲームには自信があるんだが、あの人には一回も勝った事がない」
「……減らず口で煙に巻く気か?」
「まぁ聞けよ。お前がこの世界で潤沢な対策手段を講じる可能性。これは大いにあった。実際そうなのだろう」
「道理だな。俺はお前だ。手の内などあってないような物」
「かもな。安否の偽装。魔鏡破壊への裏工作。多くの妨害を用意した。が、この通り無力化されている。実に道理だ」
「で? 何が言いたい?」
「俺が一番警戒するのはお前だ。それは初めから終わりまで変わっていない。
俺はある程度膠着状態になる展開を読んでいた。
妨害の打ち合いによる千日手はある程度予測済み」
影は怪訝な顔をすると。
「……オリジナル。お前。話が成立しないと言われないか?」
お前に言われたくないけど。
コミュニケーション弱者なのは認めるが、お前には絶対に言われたくないわ。
いやぁ~、でもコイツ俺なんだよな。
複雑だわぁ~。
「質問に答えてやるよ。なんのつもりだ? の答え。
それはタイムオーバーって事。
そろそろここから出るわ。お前を倒してな」
「出る? この世界は次期崩壊する。
まるでお前が優先的に事を進めようとしているようではないか。
お前の思惑通りには進まんさ。
お前の手札では突破は不可能だ。枚数が足りていない」
「それはどうかな。この俺が外部に手札がないとでも?
俺はこの世界からいつでもログアウトできるんだぜ。
お前にはない唯一の特権」
「なんだと?」
「俺は1歩先を行く」
最後の詰みは。主人公の仕事。
俺が手の平に隠していた最後の手札。
全く来るのが遅いんだよ。
「じゃあ……やろうか。PVP」
武装の羽翼を背後に展開させた。
魔術を施された折り重なった刃は眩い輝きを乱反射させる。
12枚の刃の羽。
デスエンジェル降臨演出。
俺は左手に槍、右手に剣。
二刀流の構えで笑みを浮かべた。
「争う気か?
争う必要があるのか?
元はお前もそうなのだろう?
世界に不要だと。
世界に要らないモノだと。
遂には見捨てられた存在。
己すらも自身を見捨て。
生きる意味を失った朽ち果てた亡者。
誰にも必要とされなかった透明な人生を歩んできた何者か。
愛を知らぬ獣。愛を語れぬ獣。
愛を注がれなかった亡霊のはずだ」
「よくわかんねぇ。詩人にでもなるつもりか?」
「理解出来ぬわけがない。お前は俺なのだから。
お前は世界に不要なモノとして切り捨てられた。
世界に裏切られ続けた。
不条理を知り、不平等を知り、運命を呪った。
この世を憂いたはずだ。
かつて心に激情を抱いた。
恵まれたモノを憎悪し復讐したいと。
世界に真価を問い、下らぬ世界をひっくり返したいと。
この世界は語るに値しないモノだと。
神に問いただしたいと。
そう思っているのだろう?
そう思っていただろう?
お前は不要なモノと切り捨てられた我ら闇に光を指し示す明星なのだ」
「俺が明星か。面白い事を言うな。
良い事を教えてやろうか。
夜明け前の金星は太陽が現れたら消え去る運命にあるんだぜ」
「……影である俺への当てつけか? 屁理屈だけは頭が回るじゃないか。オリジナル」
「当てつけでも、ダブルミーニングでもないさ。
俺はニセモノで、主人公ではないって話。
グダグダ言ってないでやろうぜ。
それにお前に飛車をやる気はない。
生前達成されなかった一枚絵。
ヒロイン全員生還エンディングはまだ諦めていない。
じゃあ俺のターンだ。全部捲らせて貰うぞ」




