決戦③ 瞳の中に宿る悪魔
「作戦会議を開始する!」
「どうしたのその眼鏡?」
「ようやくか」
「で、どのように?」
千秋、香乃、マリアの三人を前に俺はオホンと咳払いした後。
「皆さん。静粛に! 一斉に喋らないように。質問は後で順次受け付けます。社会人まなぁ~を守るように!」
「なんか語り出したぞ」
「いつもの事ですね。流石です」
「流石? なにが?」
ホワイトボードの前に立つと俺は眼鏡を光らせた。
「まず、我々は」
と、俺は語り出した。
騎士道精神にあるまじき……
否。
超天才的な盤外戦術の数々をホワイトボードに書き込んでいく。
「以上だ。作戦名は、【ザ・デス ~†相手は死ぬ†~】」
千秋は顔を歪め。
「だっさ!」
呆れたように香乃は。
「……命名センスはまぁないな」
なんでも同意してくれるのはマリアだけ。
「天内さんのセンスを疑われるのですか!?」
「まぁね」
「うむうむ。賛否は受け付けよう」
千秋は恐る恐る手を挙げ。
「傑くん。一ついいかい? 流石に人質を取るのは止めないか? 偽りの世界とはいえ少し気が引けるんだが」
「ダメだ。女子供は絶対に人質にする。通称:肉壁作戦。精神攻撃は有効な手段だ。この世界の影法師封殺は必須。感情があればの話だがな。やってみる価値はある」
「えぇ……ヤバいよ」
「天内さん。一つ質問が」
「なんでしょうマリアさん」
「その……病院発破作業というのは必須なのでしょうか?」
「ええ。必須です。今回も陽動役は必要。通称:義侠心雁字搦め作戦。敵の戦力を分散させる為にも弱きを守ろうとする相手方の持つであろう善良な使命感ないし存在意義を存分に利用します」
「は、はぁ」
「もう一ついいかい?」
千秋は続けて質問してくる。
「どうぞぉ~」
「インフラ破壊、病院爆破、人質作戦、睡眠妨害、襲撃に奇襲、暗殺ばっかりなんだけど」
「やってる事が全部卑劣漢のそれだな」
香乃が否を唱えようとしていた。
「今さら何がいけない? 治安維持局を爆破したじゃないか?」
「民間人にも手をだな」
「偽者だけどな」
「ホンモノも居るぞ」
香乃は食って掛かってくる。
「よく聞け。本物と偽物の差は既に見分けがついている」
「なに?」
「この世界は、被術者を必ず幸せにするように設計されている」
「どういう意味だ?」
「幸せの形は人それぞれ、という事だ」
「当たり前だな」
「では。結論から言おうか。世の中には嗜虐心を持つ者が一定数居る。そしてこの世界にも居る」
「……残虐な事を好む者が居ると?」
「ああ。居る。そして、その者のストレスのはけ口になる為に生み出された存在も確かに居る。
ただ嬲り殺される為に。
ただ犯される為に。
欲望のはけ口になる為に。
人の欲望を満たす為だけに生み出された欲望の奴隷とも言うべき影法師達が居る」
香乃は眉根を上げると。
「悍ましい事を言うではないか」
「ああ。この世界は悍ましい世界なのさ。
そもそもこの世界は破綻してるんだよ。
全員が幸せを手に入れる世界など在りはしない。
病人は居ないはずなのに病院はある。それが証左だ。
悪いがそういった連中を利用させて貰う。これは遊びではない」
「そうか……」
香乃は肩を落とすと口を閉ざした。
雰囲気が悪くなるのを察した千秋が口を開いた。
「ケイくんと、そのぉ。小町ちゃんの姿が見えないがいいのか?」
「問題ない。小町に関しては俺から後々伝える。ケイは既に仕込み作業に入っている」
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/3人称視点/
月が高かった。
現実世界は既に真夜中。
空中庭園であるマホロは空気が澄み渡る。
命からがら生還を果たした九藤は現在も夢魔界に潜っている、未だ眠るヴァニラの下へ急いでいた。
ほぼ全てを封じられた男は悪態を吐く。
「危うく脳死する所であった。卑怯者め」
幻想の中で切断された両の手は繋がってはいるが、依然麻痺が残っていた。
星々の煌めく空の下、闇の中から突然声を掛けられた。
「おや。穏やかではないご様子。いかがなされましたかな。枢機卿」
振り向くと、眼帯をした初老の貴人。
決して派手ではないが、気品漂う雰囲気と服装をした男。
九藤は警戒した。
「金融屋。なぜここに居る?」
「はて。不思議な事を。貸し付けたものを返して頂きたく伺ったまでですよ」
「答えになっていないが」
背筋を伸ばし、一切無駄のない所作を見せる男は、九藤の周囲をゆっくりと回り始める。まるで小馬鹿にしたように。
「一度お掛けになった方がよろしいのでは。記憶が混乱されているようです」
「まるで狙ったような時分ではないか。それに貸し付けたモノ? 妙な事を」
九藤は術式を密かに展開し始める。
(得体の知れぬ金融屋だ。所詮、我らの財布風情の癖に。随分減らず口を叩く)
世界最大の銀行を運営し、この世界の貨幣経済の中枢に入り込む男。
九藤が枢機卿を務め、マニアクス:メサイアが創設した宗教結社カテドラルに資金・武装援助を行い続ける銀行。
「カテドラルは神の導きを世界に広めてきた。
多くの信心深い信仰を生み。
ささやかな希望、幸福を生み出した。
現世に蔓延る悲しみを断ってきた。
遂には邪教徒であったマグノリアの信徒を滅ぼすという偉業すら成しえた。
涙せずにはいられない」
「下がれ。金融屋。お前の話は後日聞こう。与太話に付き合うほど暇ではない。私は急用があるのだ」
「そうはいきませんな。深い深い感銘を受けた私であろうとも、鮮度が落ち始めた器を見逃すほど私の眼は衰えてはいません」
「妙な事を。どういう意味だ?」
「枢機卿殿。借りたモノは返す。それは当然ではありませんかな?」
「先程から話が読めんな。下がれと言っているだろうが」
「おや。契約内容を覚えてらっしゃらない?」
「契約なぞした覚えはない」
「ふむ。困りましたな。魔鏡の供給と引き換えに、貴方は神が如き権能を得る手筈でした」
「……何を言いたい? 財布風情」
「神の如き力を得た貴方は救われぬ民の為。永劫の幸福を地上の無知なる民にお与えになるはずだった」
「はずだった? だと」
「実に素晴らしいお考えです。
現世に住まう罪業深き人の子。
獣に身を堕とした人の子を神の楽園に導くという大義。
なんと英雄染みた試みでしょう。
貴方は地上の王として君臨するはずだった」
「ふん。まるで私が失敗したかのような口ぶりだな。随分減らず口を叩く」
男は九藤の言葉を無視し続ける。
「我らは王となった貴方様の下。
誠心誠意お仕えし、地上に於いてささやかな幸せを享受する。
それが契約内容。私は投資をさせて頂いたんです。
ですが、どうやら貴方様の目論見は失敗に終わったご様子。
で。あるからして、私はただ債権の回収を催促しに伺った。
という訳です。
これまでのお付き合いの事もあります。
利子は取りませんとも。どうもご利用頂きありがとうございました」
男は敬意を払うように不適な笑みを浮かべていた。
「そうそう。混じり物である我らの乳飲み子たるヴァニラの下には、邪教徒たる悪女様方が居ります故、その点では時分が悪い。手を出さない方が良ろしいでしょう」
「なに?」
「とはいえ。その必要も無くなりますが」
この世で最も貧しい者であり、最も財を持つ男の眼が光った。
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警戒深い貧者は嗤っていた。同時に危惧していた。
貧者はいち早く箱舟に入場したにも関わらず、慎重になっていた。
いつの間にか勢力が五分になりつつあったからだ。
それも1年も経たずに。
終末を阻止する何者か。
この存在が大きい。
巷では魔人エネもしくはファントムと呼称される怪人。
恐ろしく聡く。
恐ろしく強い。
最も脅威度が高い何者か。
今やマニアクス最優先排除対象。
相手取る際は、全ての情報を集めた段階で全魔人で襲撃を掛ける手筈。
例え人間であろうとも決して侮る事などしない。
そう約定を交わした。
「聖剣使い……ではない。一体何者だ?」
この世界を陰から支える対終末部隊。
自身の片目を奪った何者か。
「どちらかなのか? いや。結論付けるのは禁物だ。わからない」
既に多くの同胞が落とされていた。
多くの計画は白紙に戻った。
序列の高いマニアクスしか残っていない。
今回の夢魔界による浸食も失敗している。
「思惑を超える存在が確かに居る。その者は今、夢魔界に居る?」
貧者は人の世を陰から支配してきた。
その自負が確かにあった。
故に理解の外にある脅威が少なくとも2つある事に脅威を感じ慎重にならざるをなかった。油断も慢心も感情の暴発も引き起こさない魔人故に自縄自縛に陥る。
下手に動けば、目に視えぬ矛が向けられると理解しているからだ。
死神が確かに居る。
「我らすらも盤上の駒でしかないか……そんなまさかな」
人智を超え、魔人の叡智を超えた、神々の対局が行われているのではないかと予感させられる。終末の騎士、この世を破滅に導く兵器すらもカードの1枚でしかないと言わんばかりに。
抜け殻になった九藤の身体を引き起こし。
「記憶を読み取り、次の手に備えるしかあるまい」
瞳の中に宿る本体は九藤の記憶を辿り始める。
脅威であろう存在を探る為に。




