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後奏(終) それはまるで流星のように

---マリアイベント---



「どうか……されましたか?」

 マリーが不安そうな顔でこちらを見上げていた。


 いかんいかん。

 一人で脳内打ち上げをしようとしていた。

 まったく悪い癖だ。


「母上は無事だ。既に保護してある。ヴァルキア公国の公安もすぐに来るだろう。貴殿は事の詳細を話すのだ。そして私の事は忘れろ」


「そんな!? 訊きたい事は山ほどあります。それにお礼だって……」


 お礼!? 大貴族のお礼……きっと金銀財宝だろう。

 ダメだ。嫌な予感がする。

 かぶりを振るう。

「不要だ。私にはまだやらねばならん事がある」

 俺は不愛想にそう宣言する。

 あばよ。マリア。


「……ッ」

 悔しそうに唇を噛みしめるマリー。


 そう。俺には見なければならん画面がある。


 株のチャートだ。


 早くパソコンの前にスタンバイしないと流れに乗り遅れる。このビックウェーブに!

 こんなとこでモタモタしてられない。

「わかってくれたか」

 俺はフッと笑い颯爽と歩きだそうとした瞬間。


「わかりませんわ!」

 スッと俺の前に立ちはだかるマリー。


 なんで!? 今俺は一分一秒を争っているんだけど。


「命の……いいえ。私の恩人の、王……じゃない。なんでここに…ない。……じゃない。ファントム様に……いや違う……」

 マリーは何やらブツブツ考えながら思考しているようだ。


「それでは。さらばだ!」

 何やら考え事が忙しそうだし、帰るとしよう。

 踵を返しその場を去ろうとするが。


「待ってください!?」


「ゲェ!?」

 グイッと服の裾を物凄い力で引っ張られた。

 マリーは筋力Eのはずだが!?

 まじで何すんの。もう鬱シナリオ終わってるんすけど。頼むから解放してくれ。

 

 はあん。わかったぞ。

 さてはその首に付いた鎖と両手の錠を外して欲しいんだな。

 まったく仕事のデキる男だと自負していたが、そんな事にも気が付かないとはまだまだ未熟。

 "紳士俺"も修行が必要だな。

「そうか。私も少し、早計だった」


「それでは!?」

 満面の笑みになるマリー。

 ガチャリと音がした。


「え?」

 困惑顔のマリー。


 コロコロと表情の変わる彼女に俺は正直一体何が起こっているのかよくわからなかった。

「貴殿を縛る枷はなくなった。さぁ自由だ」


「え、ああ。忘れてましたわ」


「ええぇ……」

 まるで今、気づいたかのようなマリーの反応。


「それでは!? さらばだ!」

 さっきより一段トーンを高くして宣言した。


「だから!」


「グェェエ!?」

 今度は首根っこを思い切り掴まれた。


 ミシッという嫌な音が頭蓋に響く。絶対に筋力Eじゃないっすわこれ。

 人間の弱点を正確に突いたその握撃。

 脱帽した。


「せめて!」

 マリーは声を荒げた。


「???」

 だから何なんだよ!? 鬱イベ終了。貞操も守られた。お家も安泰。お母さんも元気。自由に生きられる。

 みんなハッピー。ちゃんちゃん。これにて一件落着。

 これ以上何を望むんだよ。


「せめて、せめて。そのお顔だけでも。一目……一目だけでも、見せては頂けないでしょうか?」

 懇願するような、瞳一杯に涙を潤ませながらマリーはトンチキな事を言い出した。


「無理だ!」


「ええ!?」

 びっくり顔のマリーを振りほどき俺は彼女の肩に手を乗せ語りかけた。


「マリア、私は、」


「マリア!?」

 マリーは名前を呼ばれた瞬間、心底驚いたように嬌声を上げた。


 まずい。しくじった。これでもマリーは大貴族の令嬢。

 公式設定でも気丈な性格の設定だった。王族の血も入っている設定だ。

 そんな彼女を名前で呼んで遂に憤慨したんだ。

 よく考えてみれば不法侵入して派手に大暴れした不審者じゃねーか俺。

 辺りを見渡すと地下の魔術工房はぐちゃぐちゃだ。

 よくわからん高そうな肖像画や高そうな瓶が粉砕している。何より壁が抉れてたり穴が空いてたりする。

 きっとブチ切れてるに違いない。

 いやブチ切れてるわこれ。

 マリーはきっとこう言いたいのだ。

 『助けてくれたのはありがたい。しかしお前はなんて事をしてくれたんだ。弁償しろ。全てとは言わん。それが私としての礼だ。それにだ。お前の顔を見せろ。この不審者! 請求書の束を送り付けてやる!』と。

 辻褄が合う。

 名探偵俺の名推理だ。

 額に青筋を浮かべた冷酷な顔が思い浮かぶ。

 そうだ。さっきの違和感はきっと怒りを隠す為の必死の演技だ。

 怒りで拘束の有無も忘れてたし、表情も何やらおかしかった。

 終わりだ。

 ここで見つかっては全てが終わる。

 頭の中の警報が『パターンレッド! パターンレッド! 撤退せよ! 撤退せよ!』と頭の中の司令部が警告している。

「すまない。馴れ馴れしかった」


「いえ……」

 顔を落とし唇をワナワナ震わせるマリーに恐怖を覚えた。


「ヒェ」

 自分の顔が引きつるのがわかった。

 やべぇ。滅茶苦茶キレてるよ。だ、ダメだ。もう終わりだ。

 言い訳を考えなくては。ダメだ。何も浮かばない。適当な事を言うしかない……


「マリア殿。私はこれから遥かな場所へ戦いに赴かなくては行かない。本当にすまないと思う。それが定めなのだ」


「……」

 マリーの表情は見えないままだ。


 ガタガタと外から『大丈夫ですか!? マリア様!』と公安らしき者の声が聞こえた。

 クッソ。時間がない!




 見せてやろう。

 最凶の禁術。

 エクストラバレットを超えるインチキ技。

 コマンド入力は人間のスピードで行えない為エミュレーターを使用しないといけなかったその技。

 運営に発覚後パッチ導入され二度と使用できなくなったマジの禁術の一つ。


「御免!」


 スタック・オーバーフローの一種であったそれは、トラフィックにも影響を与えた。

 一定時間に行われるデータ通信の間、想定以上のスタック領域を使用する事で引き起こる。

 特定の魔術やスキルを同時に発動する事でゲームに極端な過負荷を与える。

 それによって通常では発生しえない異常な動作を行うようになる。

 

 詰まるところデータ上のバグ技。

 

 グラフィックの描画に過負荷を与える事でキャラクターの行動をスキップしたかのように見せる。

 その技はまるで瞬間移動したかのような動作を引き起こすのだ。

 データの描画に影響を与える特定の、しかも複数の魔法とスキル・アーツを同時に正しい順序で起動する事でそれは行える。

 

 スタック・オーバフローを利用した幾つかある禁術の一つ。

 俺が現時点で発動可能なマジの禁術。 

 

 ユニークアーツやユニークスキルを凌駕しうるチートを超えたチート。

 これがこの世界でも出来てしまった。

 出来てしまったなら仕方がない。

 いつやるの? 今でしょ。今だよね? 違う?


 ランキング戦におけるある世界ランカーが開発したその技の名はあまりの早業とランカーの名から、

 【タキオン】 

 と呼ばれた。


 その場から全力で脱兎の如く逃げ出した。

 その間0.01秒。

 まるで消えたように見えるだろう。

 まさかこんなとこで禁術を使う事になるとは……



 そういやタキオンさんあの後グルチャに復帰しなかったんだよな。

 彼は運営に指名手配されBANされたから。

 そして彼は伝説となった。



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