幻想に目を瞑って、幻想は目を奪って
視界の景色が超高速で流れていく。
「全力でぶっ飛ばす」
片手には千秋、片手には刀剣。
知覚スピードを極限まで引き上げる。
筋肉が引き千切れるかのような錯覚。
「魔力残量が微妙か」
現在フルチャージ状態の10分の3程度しか残量がない。
そもそも風音やマリアの魔力量の10分の1程度しか俺にはMPがない。絶対量が少ないのだ。
それにだ。常時治癒を掛けてるせいで随分前から消費が激しい。
今も徐々に目減りしている。
ヒビの入った容器のように徐々に魔力の水が流れ落ちていく感覚。
背後には付かず離れず禍々しい死霊の渦。
何度排除しても追って来ている。
「このスピードに連いてきてる訳じゃないか……」
この速さに連いて来れるモンスターなど数えるほどだ。
という事は。
「スピードではなく」
憑りついている。
「状態異常:霊障か」
傍らに抱く千秋に視線を落とした。
千秋に憑りついている。
「現実世界ではこういう状態異常になるのか」
死霊術はレア過ぎる魔術。
ダメージ判定時に時折処理される状態異常:ゴースト。
「発動は初だな」
この世界での発動を初めて観測した。
ゲームでは徐々に体力を減らす呪い付与に近い処理判定だったが、リアルでは追尾型の死霊共が標的を攻撃しようとしているようだ。
視認出来るならば、この死霊を処せば状態異常が消えると考えていい。
「面白くなってきたぜ」
全敵排除でいいんだよな?
守りながらの戦いは不得手。
「とはいえ。縛りプレイは慣れている」
舌なめずりした。
術者の久藤とは距離を離せている。
ならば、今目の前に居るコイツらをぶちのめせばいい。
魔術の素養がない代わりに俺は多くの汎用魔術と汎用アーツが使える。
「いいだろう。ハンデがあってこそ。貴様らにはとくと実力の差を見せてやろう」
特化しないからこそ出来る戦術とプレイヤー思考を駆使したタクティクス。
魔力消費の少ない新技の練習台になって貰おう。
死霊の渦に対抗するのは凶器の渦。
持ち得る刃の付いた数十の武具を空中に展開すると。
それらを高速回転させ始める。
追尾する弾幕を改良した新技。
エグめの新技。
ミキサーの刃を眺めて思い浮かんだ技。
名前はまだない。
「さぁ。やるか」
喉を鳴らしながら目の前に浮かぶ数多くの悪鬼羅刹を直視した。
・
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/小町視点/
先程、治安維持局から流れてきた情報と擦り合わせる。
「間違いない。アレが秩序を乱す者」
多くの魑魅魍魎を引き連れる空舞う叛逆者へ一刀の照準を合わせる。
「狙い撃つ!」
眼球が発熱するのを感じる。
引き延ばされた永遠は瞬きに収束する。
無空にして無効。
ただあるがままに放つ絶対の破棄。
しなやかに、華麗に、距離はなく、しかして疾く、一切の無駄を省いた。
それは。
――唯識抜刀――
剣閃が瞬いた。
残光が暗闇の中で輝くと青白い焔と紫電が帯電した。
究極のイチ。
先輩ですら太刀打ち出来なかった必殺。
金の魔術で超高高度までに研ぎ澄ました一閃に切り裂けぬモノはない。
「これで終わりです」
音を置き去りにした。
視線の先を滑空していた対象は沈黙している。
視認できる範囲に斬撃を放つ究極の頂きの前では全てが無力になる。
悪鬼の類は霧のように霧散していた。
刀身は既に鞘に納め終わっている。
時間にしてコンマ1秒にも満たない。
私は一呼吸吐くと。
「さて。首を拝みに行きますか」
魑魅魍魎の術者と思しき黒い影が墜落し始めていた。
暗闇の中、廃墟のフェンスを乗り越える。
人目を避ける場所に落ちた飛翔体の下に恐る恐る駆け寄ると。
驚愕した。
胎動している。
目を疑った。
飛翔体が落下した地点には2人の人影。
呼吸音が聴こえる。
「今ので切り裂けない……だと」
咄嗟にそんな言葉が口を吐いて出てしまった。
一体どれほどの強者がテロリストとして、このトウキョウに入り込んでいる?
徐々に目が暗闇に慣れてくると。
「やはりお前か……よう。久しぶりだな弁護士」
やつれているが見間違えるはずはない。
「貴方は」
額から血を流す見知った青年が目の前で手を上げてニヤついていた。
手元には大事そうに少女を抱えている。
年の頃はあの頃と変わらない。
随分と若い。
あの時から、かれこれ10年は経ったはずにも関わらず……年を取っていない。
「手痛い不意打ちどうもありがとう。流石に今のは効いたが、大した事はない些事だ……タンスに小指ぶつけたぐらいの一撃だったわ」
一言多い皮肉交じりの戯言。
小悪党のような目つきの悪い眼差し。
人を小馬鹿にした嫌味ったらしい笑み。
知っているぞ。
その顔を何度も見上げたから。
「……先輩」
じゃない。
そんなはずはない。
アレは亡霊だ。
過去の先輩の姿形をした偽者!
私は咄嗟に鞘から刀を抜いた。
反射。
肉体が思考よりも早く動いてしまった。
動揺しているのだ。
亡霊は満身創痍の肢体を無理矢理動かしながら、口を開く。
「……そう言う事か。いいぜ。久しぶりにやるか? 見極めてやるよ。自称弟子」
「自称弟子……か」
彼は少女を傍らに置くと震える脚で、ゆっくりと立ち上がった。
「ッ」
息を呑んだ。
「いつでもいいぞ。お前の全力なんて鼻くそほじりながらでも、いなせるからな」
彼は既に死に体だ。
震える脚に、震える手。
額からは止めどなく流血している。
だが彼の眼差しは死んではいない。
既に必殺のイチを受け致命傷にも関わらず。
瞳の奥には闘志がみなぎっている。
火傷だらけの手。
その手に持つは細剣。
切っ先が向けられていた。
「減らず口を」
「それはどうかな?」
怪しい瞳が輝いた。
私は無意識に後ずさる。
恐怖した。
姿形が似ている事もあるが本能で勝てないかもしれないと、そう直感めいたものが一瞬心の隙間に生まれたからだ。
気迫。圧とでも言うべきプレッシャー。
それを感じ取ると鳥肌が立った。
彼の瞳には今まで感じた事のない殺意に似た圧が込められている。
禍々しい覇気が蔓延り始めていた。
目に視えぬ衰えぬ闘志。
放つ闘気とは裏腹に既に瀕死。
まるでこの状況を楽しむかのように嗤っている道化。
眼球に魔力を込めて、目の前に立つ怪物を視認した。
先輩の偽者。
このテロリストの背後には。
「嘘でしょ」
この世に2人とは居ないはずの特別な形。
―――深淵―――
黒ではない。漆黒でもない。
そもそも色ではない。
この男の背後にあるのは巨大な穴。
あれは先輩特有のカタチ。
巨大な黒い門。
そんなイメージが脳内に浮かんだ。
あれ? 今の先輩には、そんなものあったけ?
頭を振るう。
「観察しろ」
自分に言い聞かせる。
穴の奥にはナニカが蠢いている。
何だ?
ハッと息を呑んだ。
無数のどす黒い人の手。
「幻覚か? ……随分と面白い芸当をするじゃないか。テロリスト」
私の知る先輩の姿形を似せて動揺を誘っているに違いない。
焦るな。この男の魔力は枯渇している。
観察すればわかる。
この男は得体の知れない魑魅魍魎を操るのかもしれないが、既に瀕死。
恐るるに足らない。
私の勝機は揺るがない。
男は不適な笑みを浮かべながら、よろける。
「俺も後がない。一息で……わからせてやるよ」
「わからせてやる? 妙な事を。既に満身創痍ではないか」
そう既に立つのがやっと。
先程の唯識抜刀には確実に手ごたえがあった。
あの一撃を持ち堪えた事は驚愕に値するが、彼の生命の灯を極限まで削り取っている。
「ハンデは必要だろ? これで丁度いい」
私はせめてもの慈悲を込め。
「強がりを。既にお前は死に体。一撃で今の苦痛から解放してやる」
懐かしい奇妙な緊張感がお互いの間に張り詰めた。




