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神の現し身 と 切り札の切り方


「……私は神になるのだから」

 

 よく知っている男が講釈を垂れた所であった。


「へぇ……随分壮大な夢だな」


 俺は術士の頭上を飛び越えると視線を感じ取った。


「いつの間に……」


「ここに居たか」


「貴様何者だ? 異分子は排除されたはずだ……未だこの領域にて、平然としている不確定要素」


 その問いを無視して瀕死の仲間の下に駆け付けた所である。

 

「大丈夫……ではなさそうだな。悪いな。つまらん事に巻き込んだ」

 

 (おびただ)しい血の量だ。

 まだ、息はある。死んではいない。

 瞳孔が開いていて、目はもう見えないかもしれない。

 四肢は破損している。

 引き千切られて見るも無惨だ。

 あまり時間はない。迷っている暇はないだろう。

 既にこの領域は俺の知る真実の鏡の世界を超えている。

 知らないストーリー。未知の領域だ。

 この異界では実際に死なないかもしれない。

 恐らく死なないだろう。

 しかしそれは希望的観測の域を出ない。

 確度はあってないようなもの。

 ぶっちゃけ、そんな事は正直どうでもいいのだ。

 

 俺は馬鹿なので。


 難しい事を考えるのは面倒だ。

 そもそも性に合わない。


「前言なんてあってないようなものだしな」

 

 俺は早々に切り札を切る事にした。

 とっておきを切るタイミングはここだと判断したからだ。


 フッと笑うと。


「まぁ。安いもんさ」

 

 マニアクスを斬り伏せ、根絶者にトドメを刺したチート武器:光剣を迷わず破壊した。解き放たれる光の粒子(チェレンコフ)は担い手である俺に吸収される。光剣の持つ全てのエネルギーはたった一つの魔術行使の為に霧散した。


 ―――全ステータスの3段階向上―――


 手の平に全てのリソースが集約していくのが肌感でわかる。


「何をした?」


 問いは聞こえているが、再度無視をする。

 正直その問答に付き合っている暇はない。


「切り札の切り方ぐらい知っているさ」


 武装は辛うじて持ち込めたが、回復薬はこの世界には持ち込めなかった。

 所持するスキルは武器しか格納できないから。

 俺は瀕死の病人を助けられるほどの治癒魔法は使えない。

 

 俺は根本的に弱い。


 遠距離高火力攻撃手段。

 潤沢な魔力リソース。

 全ステータス向上の武具。

 それが光剣としての力。

 凡人である俺が持ちうる最強と渡り合う為に手にする3枚ある切り札の一つ。


 その一枚が完全に消失したのを確認すると。

 

「回復! 回復! 回復!」


 治癒を行った。迷わず全てのリソースを注ぎ込んだ。

 千秋の完全回復を果たす。

 死の一歩手前からの完全回復。

 代償は俺の切り札1枚。安い代償だ。

 時が遡るかのように肉体の修繕が開始される。


「攻撃してこないとは、随分優しいな自称神になりたい人」

 

 俺は相対した。

 千秋をボコボコにしたこの世界の恐らく黒幕に向け不適に微笑みながら。

 

「情報源をむざむざ殺すほど私も馬鹿ではない」


「へぇ」


 強者ムーヴは命取りになるぜ。

 俺なら速攻で殺しに掛かるがな。

 

「それで、私の質問に答える気になったかな? 貴様は何者で、そこの少女……彩羽千秋の仲間なんだろう?」


「……名乗るほどの者じゃないさ。質問には答えないそれが答えだ。お前に与える情報はないから」


「ほう。口が堅い強情なそこの者。それと同種だと暗に語っているようなものだがな」


 嫌な言い方だな。

 千秋とは接点のない奴を演じたかったが。

 正直この男に見え透いた嘘は通用しない。

 

 話題を変えるしかない。

 

「……ところで。お前の目的は神になるだったな」


 男はニヤリと口角を吊り上げると。


「なるほど。確信に変わった。

 論理の飛躍を感じるのが何よりの証拠。

 質疑の一つは解答を得た。

 ならば、面を割るのも容易い。

 いいだろう。無意味な問答に付き合ってやろう」


 はぁ……面倒な奴だな。

「頭の回転が速くて困るね。全く」


 慇懃無礼な笑みを浮かべた後。

「先程の貴様の返答にはこう答えよう。聞き耳を立てていたのかな、と」


「じゃあ。こっちもこう答えよう。たまたま耳に入っただけさ、っとね」

 

 話に付き合ってくれるようだ。

 会話で誤魔化した所で、俺の正体を掴むのは時間の問題だろうな。

 一言、二言で凡その推測を付け始めている。

 設定通りなかなかに頭がキレる。

 正直、千秋が瀕死過ぎて考えなしで渦中に入って来てしまった。

 話の半分も聞いていないが。


「それで、なんだったかな?

 私の話だったかな?

 ああ。その通り。私はこの世界にて神になるつもりだ。

 贄はこの世界で生を謳歌する者の幾千幾万の命。

 彼らは幸福な夢に溺れながら死によって救済される。

 神となった私は『死』という救済を以って永劫を約束する最後の使者」


 死が救済。それはこいつの教義なのでわかる。

 しかし、この世界で神になる?

 贄がこの世界の命?

 こいつの死霊術は対象(サクリファイス)不在(エスケープ)を得意とするが、それと関係があるのか? なんだ。どういう意味だ?

 情報量が多い。

 動揺を悟られるな。


「一つ持論を言っても?」


「ああ。構わない」


 千秋が回復していくのを横目で確認しつつ会話で時間稼ぎをするよう専念する。

 生気が徐々に戻っている。

 間もなく、もげた四肢も完全に治癒するだろう。

 完全回復したら抱きかかえて逃げる算段。

 

 俺は大仰に大物ムーヴを取りながら両手を広げる。


「この世に神が居るのか居ないのかなんてのはさっぱりだ。

 そんな哲学染みた事は一生解決出来ないだろう。

 馬鹿な俺には一生解き明かせないし、理解も出来ない。

 する気もない。

 だが、一つだけ言える事があるなら。

 神ってのは人が造り出した『システム』でしかない。

 俺はそう考えている」


「システム?」


「そう。そもそも宗教とか神の概念ってのは人間が造り出した発明でしかないと思ってるんだよね。車輪とか時計とかと同じ発明品。それと大差がない」


「面白い事を言うな」


 グルグルと死霊たる悪鬼羅刹が俺の周囲を取り囲み始めていた。

 包囲が始まっている。

 まだだ。まだ時間稼ぎに付き合ってくれている。

 落ち着け俺。

 仮面で顔は判別できんだろうがポーカーフェイスを崩すな。

 声音だけでも平然を装え。

 まだ千秋の回復は済んではない。

 不完全な治癒で俺の高速移動に耐えられる保証がない。

 完全に回復するまで待て。


「信仰とは、宗教とは、神とは。

 何かに(すが)りたいと思う人の願いのようなモノだ……と思う。

 神っていう発明品は心の安定を保つ道具でしかない。

 理不尽な世を、不条理な人生を憂いながら生きるのではなく。

 絶対的な何かを信じる事で。

 目に視えない何かに(すが)る事で。

 自分の気持ちを鼓舞する。

 前を向いて明日を生きて行こうと。

 絶望に負けぬよう希望を胸に抱いて生きて行こうとする。

 そう信じる為の『言い訳』。

 それが神というシステムの正体。

 それが長年生きて得た俺の中の持論」


「面白い持論だ。トンチキな事を言っているようで。いいね。その考えは嫌いじゃない」


「枢機卿ともあろうものが、随分話がわかるじゃないか」


「無論だ。信仰は自由。考えは自由。故に認めよう。

 人の全ては絶対的な『死』の前で等しく(ゆる)されるのだから」

 

「……俺はね。実体のない偶像信仰、土着信仰、その他諸々。

 それらを否定はしない。否定する気もない。

 それに救われる人も居る。

 いい意味で人生を変えられた人も居るだろう。

 神というシステムは脆弱な人の心に必要な特効薬だから」


 男は拍手をしながら愉快そうに笑った。

「面白い問答だ。君との問答はつまらない時間稼ぎだと邪推したが。

 付き合う甲斐があった。実に面白い考えだ。

 ああ。私も多くを学んだ。現世を生き抜くには。

 実存する不条理に打ち勝つには、信仰は偉大だ。()は偉大だ」


「お前の信仰云々は否定はしない。

 偉大だと思ってるのも自由だ。

 だが、お前は()になれないよ」


「ほう。その心は? 私が貴様の言う『システム』になれない根拠は?」


「俺は、少なくとも神と呼ばれる強大な何かは、この内側の世界には居ないと思っている。面倒だな。俺は無神論者なんだ」


「ふむ」


「言い方を変えよう。本物の神が居るのか居ないのかはわからない。だが、この世界の内側に居る時点でそいつは神にはなりえない。神を僭称(せんしょう)する偽者でしかない」


「興味深い意見だ。そのような意見があるのも理解はしよう」


 千秋の完全回復が済んだようだ。 

 そろそろだな。

 こんな馬鹿話もうんざりだ。


「あとな。何より。死を絶対的な『神』と思い込むのも自由だがな。

 お前は死を振りまく神になりたいんだろ? 鼻で笑うぜ」


「随分大口を叩くな。否定はしないんじゃなかったか?」


「個人の意思や考えは否定しない。だが、相容れないなら拒絶はする。最後に一つだけ」


「最後だと?」


 ああ。最後だ。

 最後に一言告げて逃げるからな。


「死は唯一の救済ではない。

 救済は人の数だけごまんとある。

 くだらねぇイチ意見を他人に押し付けんな。

 んじゃ。帰るわ九藤。

 今日はお前に勝ちを譲ってやる」

 

 俺は肩甲骨を回し、目の前の敵に向けて不適な笑みを浮かべると、彼女を抱きかかえ撤退を開始した。




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