後奏① 運命は複雑に絡み合い、出会いは唐突に、時には理不尽な仕打ちを味わいます。それでも、貴方に出会えた事は私にとって最大の幸運でした。
---マリアイベント---
祭壇。
その上に置いてある瓶の中で蠢く淫蟲に目を落とした。
俺はあえてこいつを狙わなかった。
つーか、マリアがボーっと隣で立ってて邪魔で狙えなかった。
チラチラ目配せしたんだが、全然気づいてくれなかった。
アイコンタクトってムズイよね。
・
・
・
再び瓶の中のこいつに目線を合わせる。
うわキモッ。男性器が一本あった。
淫蟲。通称、ティムポ虫。
公式運営が悪ノリしてこいつを一時期マスコットキャラにした時はマジでイカレてると思った。
フュギュアになったり、ぬいぐるみになったりした時は正気を疑った。
ゲームの1周年記念の公式サイトにこいつがサイトの隅に居た事を俺は生涯忘れない。
ペニスの造形をしたそいつは一部変態ユーザーから熱烈な支持を受けた。
薄い本もこいつを題材にしたものが数多く出版されたほどだ。
コミケブースにこいつ題材の冊子が山積みされているのを見たとき頭を抱えた。
チビペ二君とかデカまらちゃんとか弟分、妹分が派生して出てきたときはクスリでもやっているのかとさえ疑った。
「燃えろ黒歴史」
火属性初級の魔術を発動。
ナイフに炎を付与してそれを投げつけた。
俺は何の躊躇いもなく瓶の中に蠢く淫蟲を焼却した。
ギィエエエエエエエエエという断末魔を上げその虫は一瞬で消し炭になった。
マリアルートのラスボスになるハエ型魔人の幼体である。
これで事実上マリアルートのボスは討伐できたといっていいだろう。
つーかマリアルートをクリアしたと言っても過言ではない。
このハエ型魔人の成体、名を【カイゼルマグス】というのだが、こいつマジでクソ強いんだよな。
驚異的な再生能力でほぼ不死身。
その上に一度見た魔術やスキル、アーツを学習しそれを1.2倍の威力で反射してくる。
スキルの反転のデバフ技も持ってるし、最終的に竜種を食って第二段階に進化した時は絶望した。
まぁそんなこいつも今や単なる消し炭であるが。
あばよ。
チビペニ野郎ティムポ虫。
お前が日の目を見る事一生ないだろう。
精々草葉の陰で同人誌の題材にでもなってろ運営のバーカ。
そんな余韻に浸っていると声を掛けられた。
「あの……」
目を潤ませながらこちらを見上げる美少女。マリア・ヨーゼフォン・レオノーラ・ギーゼラ・アラゴン。
通称マリー。
スーパー美少女が真っ裸である。
なんてはしたないんだ。
「これを……」
俺はハロウィンの仮装用マントをマリーの肩にそっと掛けた。
「ありがとう……ございます」
マントも仮面も全部空港の売店で買った。
一体なにがモチーフだったのかさっぱりわからないがまぁいいだろう。
お値段9980円なり。
いやね。流石に俺は顔を見られる訳にはいかない。
なぜなら設定通りなら天内はマリーと同じ教室のクラスメイトになるから。
バレるわけにはいかない。
バレたらややこしいことになる。
いや、流石にインチキ技"エクストラバレット"を学園で使えばバレるかもしれないが、主人公にも同じ技を俺が伝授すれば問題ないと思う。
問題ないよな? いや、あいつ武器種も属性魔法も何でもできるが初期は1個しか選択できねぇじゃねーか。
どうしよう。
と、と、とりあえずマリーの前でエクストラバレットを使わなければいいのだ。
うん。そうしよう。
だってしょうがないじゃん、なんかあのモンクの男が大声上げて何やら本気ぽかったからちょっとかっこつけたくなった。
殺そうかと思ったが、スーパー手加減した。
殺生をする胆力は今の俺にはない。
だって元一般人のリーマンだよ?
それにだ。この横で伸びてる男。
エレなんとかとかいうネームドキャラはこの世界の大企業。製薬会社のCEOなのだがこいつが死んだらまずいと思った。
こいつの悪事を暴き逮捕させる必要がある。
ポリスメンには既に連絡済みだ。そこは抜かりないし、映像も録音もしてある。悪事の資料を探すのに手間取ったが。
勿論マリーの母親も救出済み。
呪術付与された指輪をぶっ壊しといた。
俺はなんて仕事ができる男なのだろう。
全く末恐ろしくなるぜ。
「さて」
俺はエレなんとかに目を落とした。
俺にはエレなんとかが金塊に見えた。
もう一度言おう。俺はこいつを逮捕させ会社の信用を落とす必要があるのだ。
なぜなら俺は今こいつの会社の株を全力で空売りしてるからだ。
この後、こいつの会社の株はストップ安間違いなし。
俺は億万長者。
ただのミリオネアじゃないスーパーミリオネア、ビリオネアになる予定だ。
にやけが止まらないぜ。
億万長者になるの楽勝すぎワロタ。
小賢しいマッチポンプ戦法だが、金こそパワーだ。
マネーイズライフだ。
俺はこれから時代の寵児として経済紙に紹介されるだろう。
天才トレーダーとしてな!
インタビューではなんと答えようか。
かっこつけて「まぁたまたま運がよかっただけですよ。飲みます? 一杯100万の紅茶?」と、足を組みながら、すかした顔でインタビュアーに言おう。
これは練習する必要があるな。
地面に這いつくばる虫の息のモンクとは気が合いそうだったが非常に残念だ。
精々悪事を改めお勤めして頭を冷やしてほしい。
戦う理由が「金、権力、女」と宣言した時は、あまりにも豪気だと思った。
俺は感動すら覚えた。男なら一度は言ってみたいセリフを豪快溌剌に宣言したからだ。
俺にもそんな信念が昔あったなと。
だが現実はそんな事は不可能だと。俺は社会の荒波に飲み込まれ悟ってしまっていたのだと。
だが、今の俺は一体なんなのだろうと少し悲しくなったのだ。
一体何のために戦っているのだろうと少し考えてしまった。
とても悲しかった。
だが信念は変わらない。
俺はただ最高のエンディングを見たいだけなのだ。
それは譲れない。譲るわけにはいかない! 一体どんな一枚絵が待っているのか! 非常に気になる。運営を一泡吹かせてやりたい。
見たい。ヒロインみんなの笑顔のエンディングを!
それは極みだろう。最も困難な道のりかもしれない。そんな事はわかっている。だが絶対にやるぞ。
前世で恐らく死んだ俺の為にもな。
俺はヒロイン全員のハッピーエンドの笑顔の一枚絵を見に行くのだ。
「どうか……されましたか?」
マリーが不安そうな顔でこちらを見上げていた。




