アヤメの騎士 と 路傍の石 と 殺戮者
/3人称視点/
薄紫色の髪をなびかせる少女が渦中にて息を整えた。
頭上からは崩落する瓦礫。大地は至る所に削り痕。
スプリンクラーから水飛沫が飛び散り、飛散する雫は火の粉を反射させ赤く染まる。戦禍の中であった。
辺り一帯は紅蓮の炎に包まれる究極の死地。
香乃は、後衛に鎮座する爆炎の魔女から放たれる火炎の渦を紙一重で避けた所なのだ。
「へぇ……」
焔が通過した後は融解している。
焦げるのではなく溶けているのだ。
「彼の仲間の幻影とは言え、ここまでやる逸材なのか?」
香乃は驚きと同時に末恐ろしくなった。
威力もあるが、ただの火炎ではないのだ。
術者が解除しない限り半永久的に燃え続ける消えぬ炎。
掠るだけでも致命傷になりかねない致死の焔。
「闇の魔術が施されている……か」
彼女は分析しながら火炎の渦を駆け抜けた。
(棒立ちか。魔術以外はからっきしと見た。ならば先にあの魔術師を封じるのが先か)
香乃はマリアの影法師に標的を定めるが、行く手を2人の勇士が立ち塞がった。
呼吸すらも許さぬ斬撃が四方から飛ぶ。
火花など生まれない。
あまりにも高速に飛ぶそれらは摩擦により紫電に切り替わっているのだ。
「ッ!?」
香乃のアイリス色に輝く瞳が苦悶に歪んだ。
常人では眼で追えぬ死線。
彼女でなければ、この死地を生き残れない。
そう言わんとするほどの状況が生み出されていた。
特にアマチの放つ斬撃は残像が幾重の刃に見紛うほど速い。
「やるな! お前」
「お前こそな……」
香乃は悪態を吐く。
(初見ならばまずかったな。この状況。鍔迫り合いに持ち込めばそこで終わりといった所か……)
強敵である彼らはジリジリと香乃を追い詰め始める。
1対3。
前衛は恐るべき剣士2人。
風音とアマチ。
後衛は爆炎を操る稀代の魔女マリア。
香乃の方が実力は彼ら個よりも上だ。
それでもこの三人を相手取るのは骨が折れた。
何より、現在彼女は特別な武装を持たぬのだ。
「逃がすなよ。風音」
「たりまえだろ!」
風音とアマチのコンビネーションは見事の一言であった。
風音の持つ刀身が糸のように細くなると。
一ミリにも満たない繊維に変形した刀身は香乃の持つ剣先を絡め取る。
「まずいなッ!」
(想像以上にやるぞ。長くは持たないかも! 演劇をするスキが全くない……何よりこの時代の選ばれし者の影は私の技を盗んでいる!?)
見せた技が瞬時にコピーされるのだ。
香乃は技巧を繰り出せば出すほど自分の手札が1枚ずつ減っていく妙な感覚に陥った。
そうこうしていると。
アマチの放つ絶死の一刀が彼女の首元に狙いを定めていた。
「抜刀。上弦!」
神速の抜刀が鞘から抜かれようとしていた。
「まだ速くなるのか!?」
香乃は鯉口周辺の空間が歪むような錯覚に陥る。
音を置き去りにするかのように。
「スクレイピング」
そんな小さな残響が虚空に消えていた。
不発する抜刀術。
「な!?」
アマチは一瞬怯むと、再度抜刀の姿勢に中座するが、標的の香乃は風音を蹴り飛ばすと距離を大きくとった後であった。
(この領域のマナを乱したのか!?)
「やはり只者ではない……か」
いつの間にか止んだ炎の渦は明後日の方向へ軌道を変えていた。
香乃は気配を消した天内の右腕に感心した。
(カッコウと呼ばれる青年。
彼の仲間は恐るべき刃を隠し持つ猛者ばかりなのかもしれない。
侮れない者ばかり。その中でも彼は特別異質だ)
呟きの主は死神の鎌を振るう認識外の死神。
本来、前衛にも後衛にも配置される事のない存在。
選ばれなかった者。
カッコウは気配を殺し精霊魔法でアマチとマリアの魔力を削り取ったのだ。
発動に必要な魔力を食い殺す技法。
天内によって伝授された吸収を派生させた技巧の一つ。
破却。
彼は既に自身の持つ強みを自分のモノにしていた。
妨害1枚。
高速で動くアマチにとっては1秒程度の妨害にしかならない。
炎熱を操作するマリアにとっては、攻撃の軌道を変える事しか出来ない。
圧倒的実力差の前では無力な一手。
攻撃手段でも防衛手段でもない。
ほんの少しだけ魔力を奪い去る魔術。
内的魔力と外的魔力を操作する魔法。
精霊魔法。
それはメガシュバ最弱の魔法と謳われた魔法。
最弱であり最強を貫通させる一手。
「これで十分なんだ」
声の主、カッコウは静かに自身に言い聞かせるように告げると認識の外へと掻き消えた。
(僕は特別な存在じゃない。
それでいいんだ。
魔術の才など元よりない。
知っているさ。
僕の代わりなんてのはいくらでも居る。
そうだ。知っているぞ。
僕はちっぽけな存在。
所詮は路傍の石。
足元に転がる小石。
ほんの一瞬つまずかせればいい。
僕は漆黒の騎士。影よりも濃い漆黒。
表舞台には上がらぬ黒子。
矮小な悪足搔きで仲間の補佐をする事。
それが幻のシックスマンに与えられた唯一の力)
・
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・
以前よりも筋骨隆々になったニクブ。
以前よりも不健康になったガリノ。
くだらねぇコンビが刺客となって現れたのだ。
そしてさっさと勝負を決めた。
ニクブの野郎が。
「我が生涯に一片の悔い」
「うるせぇ」
俺はニクブが辞世の句を述べる前に輪切りにした。
「ひょげぇぇぇぇぇぇ!!」
偽者のニクブの断末魔。
俺はニクブとガリノのコンビを切り刻んだところであった。
「汚い花火だぜ。マリアさん!」
大丈夫か、と声を掛けようと思ったが寸でで止めた。
アクロバットに壁を蹴ってはバク宙し、渦中を走り抜けるマリア。メイスを変幻自在に振り回し、火炎の蜷局を巻きながら演武のように華麗に宙を舞う姿。マリアの振るうロケットのように火の粉を噴射するメイスが職員を次々と狩って行く。
「もはや後衛ではない……な」
身体能力が後衛の魔術師の身のこなしではない。
本来後衛で近接戦が出来ないはずのマリアは、近接戦しか出来ない俺の影響をモロに受けておかしな事になっているのだ。
本来カカシになりがちな後衛の魔術師は近接戦が苦手。
詠唱に時間が掛かるのもあるが、この世界の魔法専門はそもそも肉弾戦を舐め腐っている連中が多い。そこが弱点でもあるんだが、マリアはこの部分を克服しているのだ。
「魔術専門でも身体を鍛えろと教えたが、恐ろしい成長率だ。やはり天才は居るのか」
俺は腕組をしながら唸った。
俺とマリアは雑魚共を一掃した。
少々強かったカッコウっぽい奴と、翡翠っぽい奴の幻影を叩き切ると影のように霧散した。この夢の世界で生み出された幻影達は倒すと泥のような影となり消えるようのだ。
逆にこの世界に取り込まれたオリジナルはどこかに転送されているようなのだ。爆破処理をする過程で戦った、恐らくこの世界の調査か何かで派遣された後に、夢の世界に魅了されたであろうヒノモト政府直轄の騎士団。イケオジのおっさんキャラの残骸は泥になるのではなく、瞬間移動したかのように消えるのだ。
「まぁこんなとこでしょ」
そろそろ撤退を開始し、敗北する……フリをするのだ。
「なんだかワクワクします」
目出し帽を被ったマリアは瞳を輝かせていた。
最初は目出し帽を被る事に怪訝な顔で拒絶されたが。
説得したら渋々被ってくれた。
そして、なんだかんだ生き生きとしているのだ。
「じゃあ。マリアさんお願いします」
「かしこまりました。では発破!」
意気揚々と魔術を行使した。
彼女の闇の魔法で遅延させていた火の魔術を解除していく。
俺は遠距離で複雑な魔術を行使出来ないので、爆破処理は彼女に一任しているのだ。ちなみに柱に穴を開けて脆くする作業は俺がやった。
轟雷にも似た残響が遠くの方で聞こえ始める。
ズシンと音が鳴ると天井がひび割れ埃が舞い始めると警報音が響き渡った。
通路の曲がり角から。
「排除シロ。排除シロ」
と、行く手を阻む雑魚職員がワラワラと湧き始めた。
「はぁ~。ありがちなでくの坊。もう少し語彙力高めで頼む」
「私にお任せを」
「あ、ハイ」
「では、消えて下さいませ」
彼女は爛々とした狂気にも似た瞳を輝かせながら華麗な身のこなしで次々と雑魚職員を排除していく。虚ろな眼の亡者共は目の前に現れては消えていった。
しかも近距離射程の魔法を組み合わせた肉弾戦で。
彼女は車輪のようにクルクルと宙を回転しながら火の魔法が付与されたロケット噴射するメイスの先端で職員の頭を割りながら着地した。
加速する鈍器で頭を砕かれるその光景は、まぁまぁ悲惨。
脳天が血飛沫を上げながら爆散するのだ。
「へ、へぇ~」
殺戮者マリアが爆誕していた。
「凄いわぁ。クフフフフフ」
「ちょっと距離を取った方がいいかもな……」
マリアは何か変な性癖にでも目覚めたのか恍惚とした笑みを浮かべている……ような気がした。顔が見えんのでわからんが。
俺の出る幕はあんまりなさそう。
若干引きながら。
「で……では、そろそろ香乃とケイへ作戦終了を伝えに行きましょう」
「クッフ。そうですわね」
目出し帽を被った俺とマリアはお互い駆け出しながら柱を一本ずつ爆破していく。
「カッコウを索敵しました」
「なんと、お早い」
「では! オペレーション敗北を開始する!」
俺は敗北を宣言した。