閉ざされた大地
/小町視点/
昔、誰かとこんな会話をした気がする。
顔は思い出せないけど、男性だったようなそんな気がした。
学校帰りだったのか、多分そんな感じの時。
いつだっただろうか?
「俺は閉鎖された世界ってのがどうしても性に合わなくて好きになれない。実は学校とかもあんまり好きじゃないんだよね」
「どうしたんです?」
彼は『頭ではわかってたんだけどな』と枕詞に。
「俺の知り合いがさ。どうやら世界は広いらしいって最近実感したらしいんだ。本当に最近な。そしたら少しだけ楽になったらしいんだよね」
「突然ですね。で? その知り合いの人、なにか心境の変化でもあったんです?」
「まぁね。そいつはさ。
元々碌に中学も行かず、高校も中退した。
高認取ってせっかく入った大学もサボってた。
生き方は自由だ。そんな型に嵌った世界はクソくらえだ!
つってな。その反面、矛盾してるんだけどさ。
そんな生き方を内心恥じていたんだ」
「は、はぁ。なかなかですね。経歴だけ聞くと」
「まぁ、なかなかな奴なんだよ。
そいつは目に映る物全部、退屈に息苦しく思っていた。
協調性の欠片もない奴。
そんなそいつと俺は同じ意見を持っていてな。
閉ざされた世界が嫌いっていう意見。
学校とか職場とかって固定化された閉鎖された世界だろ?」
まもなく彼がこの学園を去る事に関して言ってるのだろうか?
彼は数日で転校する。
「そうですね。しかし、そういうある種、型に嵌められた世界で、先輩の言う協調性とか共感力みたいな、集団規則を学んでいくんじゃないですか? 型破りなのも結構ですけど、型に嵌った上でそれをしないとただの破天荒な常識知らずになるんじゃないです?」
「手厳しいね。その通りなんだよ。でも……ある時気付いたらしいんだ。そういう閉鎖された世界で学べる事もあるんだけどさ、そうじゃない生き方も沢山あっていいって。そう思えたら少し楽になったらしい」
「そんなもんかもしれませんね。色んな生き方はあっていいと思います」
「だな。でさ。そいつは今まで褒めれた人生を送ってこなかったんだよ」
少しだけ切なそうな顔をしていた。
「人生って、早すぎませんか? いくつなんですかその人?」
「あー。おっさん?」
「おっさんって。知り合いなんですよね?」
「ああ。よく知ってる奴なんだけどな。年齢訊くの忘れてたわ」
「なんか曖昧ですね。具体像が見えてこないんですけど。一体どんな人なんです?」
「そいつはまぁ、本当にどうしようもない奴なんだよ」
彼は苦々しい顔をしながら。
「金もないし、仕事も出来ないし、友人も居ない。
彼女も居ない。両親だって居ない奴だった。
あるのは借金ぐらい。親孝行の一つもしてない。
まぁどうしようもない奴」
「あー。結構悲惨ですね」
ちょっと困った。
結構アレな人なのかもしれない。
彼はフッと笑うと。
「しかもそいつは昔から気に食わない事があるとキレては暴力沙汰を起こしてきた。頭の悪い奴だった。タチの悪い事に逃げ癖もついてる。嫌な事から逃げて、逃げて、逃げ回って。逃げれなくなったら暴れて」
「本当にどうしようもない人ですね。呆れちゃいます」
彼は頭を掻いて苦笑していた。
「いやぁ。ホントにな」
「しかも、まるでそのどうしようもない人の事を見てきたみたいに言いますね」
「まぁな。よく知ってる奴なんだ。話を続けていいか?」
「あー、はい。どうぞ」
彼がこんなにも他人について喋るのは稀だった。
「そいつはいつしか逃げるのに疲れてしまったんだよ。
逃げた先には何もないってようやく最後の最後にわかったらしいんだ。
かつての同級生が持っているものを全部持ってなくて。
妬んで、怒って、絶望してしまった。その格差に。
当たり前なんだけどな。努力を怠ったんだから。
愚かな事に本当に最後の最後に理解したらしいんだ。
でも……
そんな生き方しか出来なかった自分を最近認めてやる事が出来たらしい。
世界は広いんだ。
本当に視野が狭かったのは自分の曇った眼だった。
こんなどうしようもない自分でもいいんだって、ね」
「まるで死んだみたいな言い方ですね。ご存命なんですよね?」
「うむ。まぁ生きてるには生きてる」
少しだけ含みのある言い方であった。
「じゃあ、やり直しは効くんじゃないですか?」
「やり直し?」
「生きてるなら大丈夫です。仮にその人が今までの人生を後悔して。
ようやく自分を見つめ直せたなら。
自分の事を認めてあげる事が出来たなら。
その人はまた違った生き方が出来ますよ。
今よりきっとハッピーになれます。今まで散々だったなら、きっと」
「……ああ。そうかもな」
彼は『やはり世界は広いか』と呟くと意を決した顔をしていた。
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/カッコウ視点/
作戦はシンプルであった。
彩羽さんがトウキョウ各所で暴れ回る陽動役。
注意を引きつけた上で、僕と香乃さんで治安維持局に潜入し、情報収集を行いつつ幹部と思われる者と接触し戦闘を行い、敗北をする演技をする。
天内くんとマリアさんで治安維持局の発破処理を行いながら退路を確保するというモノであった。
作戦会議を終えると天内くんが僕に語り掛けてきた。
「カッコウ。俺はこの世界が嫌いだ」
「……誰もが笑顔な世界。ある種、理想郷とも言えますがね」
雑多に行き交う人々の顔は皆一様に微笑みに包まれている。
この世界には争いも貧困も差別もない。
誰もが理想の自分になれる。
誰もが平等に幸福を甘受できる。
そんな世界を壊そうとしているのが我々だ。
まるで我々が悪党であると思わされるような錯覚に陥る。
「理想郷? この笑顔は尊いかもしれないが、やはり地獄だよ」
「地獄とはまた大層ですね」
「この閉ざされた大地にあるのは停滞だ。辛苦を取り除いた閉鎖した世界にあるのは緩やかな死だ」
「そう……かもしれませんね」
この夢の世界には乗り越えるべき障害がない。
望めば理想は叶ってしまう。
停滞とは言い得て妙だ。
「人は弱くて脆いから、この世界に取り込まれる事は理解できる。ただ飴を与え続けるだけで成立する世界。人の心の弱い部分を突く卑怯なやり口だ」
彼は目を細めると人々の笑顔を見ながら眉間に皺を寄せた。
「嫌な事から逃げているだけじゃ人は成長しない……と思う」
彼は『俺が言えた義理ではないが』と付け加えた。
「狭い世界。土地としても狭いだけじゃない。
この世界の理念が狭い固定観念で包まれている。
それはただ個人に幸せな夢を見させておけばいいという狭量な考え方。まるでそれを押し付けているかのような気がしてくる。とても安直で嫌な世界だ。この世界は個人の幸福以外考える事が出来なくなっている」
「そういう意味ではユートピアではなくディストピアではありますね」
「ああ。この世界は狭すぎる。だから……俺が、俺達が夢の終わりをみせてやる」