天内香乃
/小町目線/
先輩は今や農家だが、その実力を特別治安維持局局長のヴァニラさんから高く買われている。
今もそのツテは残っていたりする。
どうやらテロリストがこの街に紛れ込んだらしいのだ。
世界最高の治安を誇り、犯罪率を極限までゼロにした奇跡の街。
それが今日のヒノモト:トウキョウだ。
最近も先輩曰く『気配を消す凄腕の剣士』が現れたと言っていた。
今回も治安維持の為に先輩は駆り出され、『小遣い稼ぎをしてくる』と啖呵を切り戻って来ると、どうやら失敗したらしいのだ。
「で? 結局逃がしちゃったんですか?」
「まぁ……ね」
先輩は頭を掻いて苦笑いしていた。
「珍しい。で、帰国はまた延長ですか?」
「そうだね。この街に多くの不穏分子が紛れ込んでるみたいだ。
もう少しここに居るとしよう。
全員処さないとね。わりぃんだけど。お母さんにもそう言っておいて」
「お母さんはまぁいいんだけど。お父さんの機嫌がまた悪くなるなぁ……」
「あー」
先輩は愛想笑いを浮かべていた。
「にしても、物騒になってますねぇ。こんなにも平和に見えるのに」
カフェのガラス越しには多くの笑顔で歩く雑踏。
犯罪なんてものとは無縁の世界。
「そうだなぁ。『気配を消す凄腕剣士』とか、今回現れた『剣神』。特に今回の奴は相当ヤバいね」
「そうなんです?」
先輩ほどの人物がそんな評価を下すとは。
「ああ。あれは俺よりも強いかも」
「またまたぁ~冗談ばっかり」
先輩より強いテロリストとか流石に国家案件だし。
「本当だって」
「先輩より強かったら、ヴァニラさんが出てこないといけないじゃないですかー」
それは大丈夫なのか?
先輩にここまで言わせるなんて。
「とはいえタイマンならの話。風音とかマリア、千秋が居れば余裕だよ」
「なんですか、ちょっと心配しちゃったじゃないですか で? その『剣神』でしたっけ? どんな人だったんです?」
「もの凄くダサかった」
「え?」
「意味不明な黒コート着てたよ。身体中にチェーンとベルト巻いてるし。物凄いダサい上に、口の悪い男だった。なんだろうね?」
「へ、へぇ~」
うん? どっかにそんな馬鹿居なかったけ?
「そういや! 先輩も昔はダサかったじゃないですか」
「そうかぁ?」
「そうですよ! 人の事言えないですって!」
確かそうだ。
先輩は目も当てられないほど、ダサかった。
悲しいセンスの持ち主だったはず。
いつも服選びをするのが私の仕事だった。
「昔から今みたいな恰好だったじゃん。何言ってんだ?」
「え?」
先輩は年相応のファッション。
どこもおかしな所はない。
小奇麗な丈の合ったジャケット。
派手ではないが折り目の付いたパンツ。
メンズカジュアルって感じ。
「ッ!?」
突然頭痛がした。
ほんの一瞬痛みが走ったかと思うと、すぐに痛みは和らいだ。
「そうでした……よね」
確かそうだったはず?
ああ。そうだった。
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穂村小町の持つ眼は、魔術、スキル、アーツを任意で無効化する。
メタ的な話をしよう。
無効化能力。
『無効化』、もしくは『無力化』とは能力バトルにおける一種のチートである。
無効化は王道であるが同時に禁じ手に近い。
一言で言うと邪道なのだ。
能力バトルとは基本的に能力に頼る事が前提であり、能力の多種多様な使い方、使い手による戦闘が華である。無効化とは、それら華を全否定し、一方的に封じる能力である。
能力に頼る戦術を取る者は大抵無力化され戦闘という華場の醍醐味を消失させる。
無効化系能力は実際に賛否が分かれる能力でもある。
なぜなら下手を打てば作品そのものを否定しかねない能力でもあるからだ。
例えばだ。
『はい。お前の切り札、無効。お前のターン終了ね。じゃあ俺のターン』
と、なりかねない。
これには、対話拒否という側面を持ってしまっているのだ。
ただこれは必要悪的側面もある。
なぜなら害悪であると同時に活路を開く切り札にもなりうるからだ。
この能力。
主人公、ヒロイン、もしくはキーパーソンに当たる重要人物が所持している事が多い。
そもそも異能力バトルに於いて『無効化』そのものが上位メタである。
この上位メタ能力を活用して活路を開く事が期待されていたりするし、ジャイアントキリングを成功させていたりする。
実際、メガシュバにおいても穂村小町という手札の切り方は、妨害&妨害で相手の手数を減らす使い方が基本戦術。
さて、本題に移ろうか。
先にも述べた通り、無効化は非常に扱いが難しい。
能力所持者は大抵主人公かヒロインに限られてくる。
単に大物食いをするのに必要な説得力を増す道具ではなく、ストーリーにおいて必要悪的なギミックの一つなのだ。
そしてこの能力は基本的に敵サイドは持っていない。
話の都合的な側面もあるが、敵キャラは個として強い。
所持する必要がないのだ。
インチキに似た能力を保有している事が多い以上、『無効化』なんて厄介なモノまで持ち出されたら、プレイヤー視点では勝てなくなってしまう。
持つべきではないのだ。
では、結論を述べようか。
もし、インチキ性能を持ちながら、『無効化』などという上位メタを張って来る能力者が敵サイドに回ったら、果たしてプレイヤーの勝率はどれほど下がるのか。
もし、小町が敵サイドになっていたら。
……という事を考えていた。
「勝てねーじゃん!!」
活路はあるのか?
無効化を無効化する方法。
これを考えねばならん。
俺は、この世界で我が盟友の助力を得て何とか死地から帰還に成功していた。
薄暗い地下にて状況を整理していた。
「どうです? お加減は」
「大した事はない。そういや挨拶がまだだったな。カッコウ。元気か?」
「ほどほどに」
我が右腕にして親友であるカッコウは肩を竦めると。
「全く。待ちくたびれましたよ」
「待たせたな……そうそう。お前には俺がどれほど苦労したのか……愚痴を言いたかったのだ」
「え?」
「聴いてくれ。いいか? 俺はもうダメだ。色々とな。俺はどうすればいいのか? お前の叡智で難解な方程式の解を紐解く手伝いをしてくれ!」
「な、なんの話ですか?」
「俺はマリアの恋人で千秋の婚約者らしいのだ!」
「はい?」
「ど、どうすればいい? もう解散した方がいいよな? お前もそう思うような?」
「あの、え? ちょっと意味が」
「あ。ちなみに根絶者は倒した。俺はネイガーだ」
俺は唾を飛ばしながら脈絡なく情報をぶつけまくった。
久しぶりに会えて、こんな謎イベントに巻き込まれて不満と混乱で言いたい事を矢継早に喋りまくった。さながら、学校卒業後、就職して、しばらく疎遠になっていた気の置けない友人に再会したかのように。
「最強の力も得た。ベイバロンも倒したんだ。あ、あれは風音とブラックナイトか……弁護士小町を探している。グリーン汁王子計画は微妙だし、梁山泊も開設された!」
「なにを言ってるのか意味不明なんですが!」
「俺も何を言ってるのか訳がわからん!」
人間混乱すると訳がわからなくなるのだ。
「随分賑やかだなぁ~」
いつの間にかドアにもたれ掛かる知った顔があった。
「お前。お前!? なんでここに居るんだよ!?」
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・
・
遠目で二人の後ろ姿を確認した。
待ち合わせ場所にはマリアと千秋の姿がある。
俺は気付かれぬように、一旦身を潜めた。
「おい。口裏を合わせろよ」
「はいはい」
隣を歩く呑気な少女が口笛を吹いていた。
「お前もだぞ。カッコウ」
「は、はぁ」
不承不承な返事だ。
わかってるんだろうな?
俺は事態が急変しすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
ややこしくなりそうだ。
協力者を得られたのはデカい。
しかし、胃の調子が狂い始めていた。
「ちょっと。こっちに来い」
俺はカッコウを手招きし、小声で会話を始めた。
「お前。ラブコメとか読む?」
「突然ですね」
「ああ。突然だ。世の中は突然で溢れ返っている。で? どうなんだ?」
「それはまぁ読みますね。人並程度ですが」
「ちなみに俺は全く読まない。
ギャルゲーも恋愛ゲーもプレイはするが、基本戦闘メインの物しか嗜まない。
恋愛描写とかにあんまり興味がないしな」
「そうなんですね。とはいえ、恋愛モノだったものが、アプリでは派生作品という形でいつの間にかバトルモノに移行してますもんね。商業的にそっちの方がいいんでしょうか?」
「そうかもな。で、だ。話を戻すぞ。ラブコメってのは。
大体1人の冴えない野郎の周りに女子が万有引力の法則が如く引き寄せられるだろう? まぁ。これは天才物理学者アイザックに証明された命題でもあるんだが」
「物理学で証明されてるんですかそれ?」
「まぁな」
ウソだけど。
「へぇ。それで?」
「俺には一つ理解できない部分がある。ラブコメとかに対しての疑問がある」
「は、はぁ」
「まずだ。まず、冴えない男がモテる。
まぁこれはいい。現実でも冴えない男に美女の彼女が居たりするしな。
自己投影するには冴えない男の方が都合が良い。
問題はこの冴えない男の精神に共感ができんのだ」
「と、言いますと」
「まず、こいつ。女に囲まれているだろ?」
「羨ましいですよねぇ」
「俺は全くそうは思わんのだ」
「なんでです?」
「良く考えろ。現実の話をしようか」
「は、はぁ」
「まず。ここで犯罪学や犯罪心理を持ち出すのはどうかと思うが、犯罪が起こる原因・動機を知っているか?」
「また、突然ですね」
「ああ。すまんな。話を続けるぞ。いいか? 犯罪白書によると、憤懣や怨恨、痴情、利欲、性的など多くの類型があるが、殺しの三大動機というのがある。知っているか?」
「すみません。知識不足です」
「いや、いい。突然だからな。で、だ。俺が恐れているのは、三大動機の一つ。痴情のもつれなのだ!」
「は、はぁ」
「ラブコメとは痴情のもつれの話だ。
そういう観点からラブコメを俯瞰した場合、恐ろしいケースが想定されることになる。お前はナイスボート事件を知らんよな?」
「ナイスボート?」
あ。メタ発言出ちゃったわ。
「いや、何でもない。まぁとりあえずだ。
想像力を働かせろ。
複数の女に好意を持たれるというのは、綱渡り状態でもあるのだ。
命のな。命のコールセンターに何回も相談せねばならんぐらいにだ」
「天内くんは頭が良すぎて話についていけないんですが」
「あんまり褒めるな。いや! そうじゃない!
いいか。俺が言いたいのは好意は、ある時を境に強い怨恨や殺意に裏返る可能性がある。それは歴史が証明している」
「そんなもんかもしれませんね。それがどうラブコメ云々と繋がるんですか?」
「まぁ聞け。俺はな、複数の女に囲まれ好意を寄せられるというのは一種の命の危機であると考えている。寝首を搔かれる可能性がある」
「えー。考えすぎじゃないですか? 頭良すぎて思考がおかしな方向行ってますよ」
「お前は何もわかってないんだよ! いいか!
そんな状態で呑気に、のほほんとラブコメに興じる阿呆なラブコメ男の精神に共感できない。いつ、背後からグサリとやられるかわからん。
そんな状態でリラックスできる奴の精神に微塵も理解できない。
基本的に背後を取られるのはマズイ。
好意があるとわかった時点で提供される飲食物も気づかれぬように吐き出した方がいいだろう。毒が盛られているかもしれん。
制圧に備えて最大限の準備も必要になる。
四六時中だ。
俺はそんなラブコメという可愛い名前の皮を被った愛憎劇を恐れているのだ」
「ひねくれてるなぁ~」
「それはどうかな?」
と、そんなひそひそ話をしていると。
あ、気付かれた。
千秋とマリアの2人がこちらに駆け寄ってきていた。
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「あ、この人は……俺の親戚だから。
なんかこっちの世界に来てたっぽいわ。
なんか手伝ってくれるみたい。
この人、死ぬほど強いから何とかなったかもしれない。
そんだけ。以上」
「「はい?」」
マリアと千秋はポカンとした顔だ。
「んじゃそういう事なんで。この話は終わり。んじゃ行こう!」
俺は速攻で話を切り上げようとした。
少女はマリアと千秋の前に出ると。
「どうも、天内香乃です」
彼女は深々と頭を下げた。