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ただ平凡な日常を愛してるだけなんです。


/マリア視点/


 日が暮れ、街灯に明かりが灯り出した。

 家族連れや、恋人と共に歩く人々がやけに多い。

 

 私は本当に仮想世界の中に居るのか不安になった。

 いや、緊張感がなくなりつつあったのだ。


 現実と寸分変わらぬ世界。

 街並み、人の雑踏。

 気温、肌に感じる風当たり。

 匂いや味、満腹感や空腹感まで、まるで現実。

 五感に関しては、どこが現実と違うのか訊かれると、中々答えるのが難しい。


「ほら、マリア。もたもたしない」


「え? あ。はい」

 

 私は今、千秋さんと共に天内さんが名付けた夢魔界都市の街を練り歩いていた。

 彼に頼まれて穂村さんとモリドールさんを探しているのだ。

 天内さんはケイさんを探している。

 作業分担を行い、明日の正午に待ち合わせの場所で落ち会う予定。 


「傑くんは、この中にオリジナルが居るはずと言ってたけど……住所すらもわからない。役所は意味なかったし」


 そう。手がかりがないのだ。

 細部は忠実であるが、要所要所は不確定で不明瞭。

 役所の機能が麻痺しているのは雑とも言える。

 登記から探すといった現実に則った手続きは意味をなさないのだろう。

 

 さらにこの夢の世界はトウキョウのみで完結している。

 この都市の向こう側。

 この地の先は全て霧に包まれている。

 霧に包まれた廃墟か荒野しかない。


「ですわね。難航しそうです」


 日が暮れてもなお、私達は散々歩き回った。

 何か手掛かりになるものがないのかを探す。


「あー。ダメだ。どこに居るのかさっぱりだよ」


「少し休憩しましょう」


「……そうだね。もうこんな時間だし」


 電光掲示板に映し出される時間は既に23時を指していた。

 適当な飲食店に入店すると。

 二人で一息吐く。

 

「娯楽もある。経済活動をしている風に見えるけども……」


「所詮はまやかし」


 ここは夢の国。

 お代を要求される事はない。

 どれほどの飲食を伴おうとも……

 そもそも貨幣経済という意味での経済活動があるのかすら不明。


 千秋さんは雑誌をパラパラと捲りながら、ボーっとストローに口を付けていた。 


「不思議な感覚だ。まるで本当の世界みたい」


「ですね。ここが本当に夢の世界なのか、それがわからなくなってきている自分が居ます」


 厨房からは香ばしい匂いが流れてくる。

 隣の席に座る夫婦は、雑談をしている。

 そんな風景が妙にリアルで現実であると本能が誤認しそうになる。

 

「ところで」

 

「どうしたの?」


 有耶無耶になっているが、千秋さんには訊いておきたい事があった。

 天内さんとの婚約者の話もあるが。

 こんな話に何も言わずに連いてきたという事実。 

 彼女は彼の正体を知っているからなのか?

 他にも理由があるのか?

 それはなぜなのか?

 と、まごついていると。


「マリアはさ。傑くんの事をどう思っている?」

 と、私の意図を察したかのように彼女は口を開いた。


「へ?」


「ボクは彼の事を異性としても見ているけど」


「勿論。わ、(わたくし)もです」


「それは知ってる。これは、ライバルとしてでなく友人としての忠告なんだけどさ」


「は、はい」


「真面目な話。彼は君が手に負える人間ではない。だから早めに手を引いた方がいい。こんなとこも忠実なのか……凄いなぁ」


 千秋さんはボーっとした顔で雑誌を捲っている。


 私は棘のある言い方に自身の片眉がピクリと上がるのを感じた。

「と、言いますと?」


「彼は多彩だ。いや、多芸? まぁかなり凄い。彼は君が、ここには小町ちゃんやモリドールさんも含めてもいいけど。君達が考えるよりも遥かに優秀。そして危険だ。彼は君が考えるよりも危険だし、暗い裏がある」


 どういう意味ですの?

 彼に裏の顔がある?

 勿論あります。天内さんは天下のファントム様ですもの。

 多くの難事件を解決されている。

 それにこの事件も天内さんしか解けないかもしれない難問。

 それは秘密の話。私の胸の内に留めねばならない事。

 それに多彩で多芸?

 勿論これも知っています。

 天内さんは超が付く天稟の天才。

 少なくとも5属性の魔法に愛された存在であり、さらに恐ろしく頭の回転が速い。


「知っていますが」


「いやいや。君は何もわかってないよ」


「そんな事はありません。そもそも千秋さんより私の方が詳しいですよ」


「いや。君は知らない! だからボクにしか合わないんだ。ボクしか彼を制御出来ない」


「そんな事はありません。それに、制御する? とは、またおかしなことを言いますね」


「君は気付いてないかもしれないが、彼は正常に狂った人間でもあるんだ。非常に危険な因子でもある。間違いを起こさないように制御できる存在でないと、彼の傍に立つべきではない」


「狂った人間? いいえ違いますよ。それは違います。お話をすればわかります。彼は至って正常です。少しだけユニークですが、彼は普通です」


「危険なんだよ。どうしてわからないんだ!?」


「いいえ。そんな事はありません。天内さんはお優しいですよ。危険? 狂っている? いいえ。違います。それは大いに間違っています。天内さんは…………ただ、理解されないだけなんです」


「理解されないだと?」


「そうですよ。なんだ。わかってないじゃないですか。

 千秋さんが理解できないから狂っているように見えるだけです。

 天内さんはね。彼の弱点でもあり、悪い所でもあるんですが。

 ほんの少し、自分の事より他人の方が価値が大きいんです。

 それは直すべきところでもありますが」


 彼は他人の為に自己犠牲をしてしまう。

 短所でもあり、長所でもある。

 拙い表現になるが、騎士が持つべき気高い信念を持っている。

 弱気を守り、強気を挫く正道。

 それを地で行ってしまっている。

 故に神に愛されたのか。

 それとも逆に。

 神に寵愛されたとしか思えない力を授かってしまった故に。

 高潔にならざるをえなかったのか。


「……」


「千秋さんこそ。知ってるんですか?

 多くの戦いを、修羅場を駆けてきたであろうその姿を。

 私は想像する事しか出来ませんが。

 天内さんは多くの才能を持ちながらひけらかさない。

 血の滲むような修練を経て辿り着いた武の極地を体現されています。

 なのに、自分の為に使わない。

 それに中間考査の時の筆記試験の点数を知っていますか?」


「……ああ」 


「彼は頭もキレる。

 本気を出せば文武に於いて、誰も太刀打ちできないほどに。

 ええ。知っていますもの。

 そんな努力する天才が天内さんです。

 そんな才を自身の為に使わない。

 望めば、どんな未来も開いているのにです。

 それはなぜなのか。

 想像できないんですか?」


「いや、だからそれが一番意味不明で不気味な……」

 

「不気味ですか……。

 私は考えたんです。

 天内さんは平凡でありたいんですよ。

 平凡であろうとする。

 その意味の尊さを知っているんです」


 彼は『平凡な日常』を愛しているのだ。


「天内さんは途方もないほどの高みに到達してしまっている。

 きっと私には想像も出来ない高みに。

 そして何より、困っている人を放って置けない。

 根はとても素晴らしい方です。

 でも、その実……彼は孤独なんです」


 そう、彼は1人なのだ。

 理解者を作らず生きてきてしまった。

 並び立つ者が居ないほどに孤高。

 一緒に歩んでくれる人が居なかったのかもしれない。

 きっと生きてきた時間の中で孤独であった時間が長かったのだろう。

 以前の私もそうだったからわかる。

 1人であったから、1人に慣れてしまったから。

 誰かに頼るという選択肢を無意識に排除してしまっている。

 誰かの為に自分の事を後回しにしてしまう。

 理解できないように見えてしまう。

 狂っていると思われてしまう。

 

「器用貧乏なんです」


「器用貧乏かなぁ」


「いや、言い方が悪かったですね。器用富豪なんですかね」


 少し言い回してみた。

 彼は何でも1人でそつなくこなしてきたのだろう。


「でも。それじゃあ立ち行かなくなる時はあります。今回はきっとそうなのでしょう。私は、いいえ。私達は困っていると声を上げるのが苦手な天内さんの力になりたいんですよ。だから……何が言いたいかと言うと、私は引きませんよ。このレースに。私は彼の横に並び立つと約束しましたから」


 傍で支えると。

 そう決めたのだから。


「な!? でも、彼はボクの婚約者だし……」

 ごにょごにょと口篭る。


「それにですよ! 千秋さんも天内さんが困っていたから、何も言わずにここに来たんでは?」


「まぁ……そうだけどさ」


「なんだ。そこはわかってるんじゃないですか」


「……まぁね。ボクの仲間だし」


「じゃあ。そんな仲間の事をもっと信用すべきです。そうじゃなくて?」


「……そうかもね」



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