最高峰と最高峰
幸福な世界があったとしよう。
そこは誰も悲しまない世界。
決して涙の流れぬ世界。
故人は生き続け、決して悲惨な運命を辿らない。
絶望……
苦痛……
不平等……
不条理……
苦難のない世界。
望んだ未来があり、手に出来ぬ野望は叶う。
誰も彼もが己の幸せを甘受できる。
慎ましやだが、人が人足りうる幸せを実現できる世界。
そんな理想郷があったとしよう。
いやあった。あるのだ。
そんな幸福な世界を壊す者。
それはまごう事無き『悪』であろう。
「『俺』はそれを叩き切るだけだ」
目の前の不審者に向かって投擲を放った。
・
・
・
夢魔界都市トウキョウ。
とあるビルの屋上であった。
そこで俺は奇襲に遭った。
その流れで細剣で鍔迫り合いになっているのだ。
刃を離し、距離を取りながらお互い走り出した。
鋼鉄の音色が不規則に奏でられた。
「ッ!」
舌打ちした。
恐るべき剣術の使い手。
息もつかせぬとはこの事か。
今まで戦ってきたどの剣士よりも強い。
何者だ!?
少々本気を出さねば。
「偽神速……斬!」
知覚スピードを極限まで引き延ばし、より速く高速の連撃を放つ。
必殺のイチ。
これで終わりだ。
―――神速の剣閃が煌めいた。
しかし。
「連いてきやが……る!?」
俺の剣戟に連いてきた……。
は?
今ので仕留めれないだと!?
滅茶苦茶強いぞコイツ!?
呆気に取られていると。
嫌なタイミングで適切な急所、痛恨の一打を打ち込んできた。
それも神速と見紛うほどのスピードと威力で。
「やっべ」
頬に切っ先が掠ったのを感じた。
ギリギリの攻防。
俺も負けじとやり返す。
打ち合いながら。
間合いに入られぬように。
コンクリートジャングルを駆け抜けた。
「「コイツは強い」」
お互い同じ発言。
高速に加速した知覚スピードから放つ剣閃が全ていなされ、躱される
どれだけ打ち込んでも本体にダメージが通らなかった。
魔術も多彩。
炎熱で焼き切ろうと思う前に、水の魔法を展開され鎮火させられる。
俺も同じように相手の魔術を封じていく。
結果、お互いの魔術が全て相克され、発動を許されない状況。
故に、単純な武器術での戦闘にもつれ込む。
荒い呼吸音。
撃鉄の音。
火花を散らせながら、命懸けの殺死合いを繰り広げる。
雑魚ならば、数手で仕留めているはず。
廃墟の街のゾンビより遥かに強い。
単純な剣技では千日手。
何度打ち込んだかわからない。
暗闇を抜けると繁華街の屋上に着地する。
眼下には雑踏の数々。
液晶に映るネオン光が発光色に切り替わると。
目の前の男の顔が良く見えるようになった。
俺は目を疑った。
「お前は俺……なの……か?」
「何言ってんだこいつ。てか、お前の見た目……」
「なんだよ。つーか……お前のその格好」
お互い距離を取り、上から下までじっくりと観察する。
ふてぶてしい俺にそっくりな奴。
少しだけ成長している。
5歳……いや、10歳は上かもしれない。
そんな俺みたいな奴。
シンプルなコーディネートをした男。
そこら辺を闊歩してそうな奴。
絶対に俺じゃチョイスしない単色コーデの男。
俺っぽい俺。
「「ダッサッ!?」」
お互いハモッたのであった。
そんなどうでもいい束の間。
神速の突きが飛んできた。
「ぶねっ!?」
咄嗟に屈んで避けると、再び刃がかち合った。
剣戟を交えながら俺っぽい奴。
ここでは天内’としよう。
そいつが。
「お前ダサすぎだろ。今時、地面に着きそうな黒コート身に付けてるとかヤバいだろ。
中二病か? それになんだよ。その面は。
不審者ですって自分から言ってるようなもんだぞ?
流石にヤバいだろ。頭に蛆でも湧いてるんじゃないのか?」
まぁまぁな事を言ってきやがる。
この俺の顔をしたダサ男は。
とんでもなくムカつく野郎だ。
だめだ。
集中しろ。
今繰り広げているのは超次元の剣閃。
気を抜いたら狩られる。
必死に涼しい顔を作りながら悪態を吐いた。
「はぁ? この漆黒コートに仮面コーデの良さがわからんとは。
まさかお前ニワカか?
ちなみにお前の服クソダサいぞ。
鏡見直してこいよ。まだ裸になった方がマシまである。
そんなコーデじゃストリートは生き残れないぜ」
卓越した剣技は、突如として槍技へと切り替わり。
俺は咄嗟に盾へと武具を変更した。
なんなんだコイツ!?
武器術のみなら俺より上かもしれない。
速い。
が、速さは恐らく同じ。
故に差が出ているのならば単純な技術。
技巧の問題か!?
「ストリートぉ? お前は何と戦ってるんだよ。気持ち悪い奴だな。勘弁してくれよ」
高速で眼球を動かしながら武器弾幕を掃射する準備をする。
が。
それを許さぬ高速の封じ手を放ってくる。
準備するスキが生まれない。
1秒にも満たない。
ほんのレイコンマの世界。
そこに一瞬でもスキが生まれれば負ける。
苦い顔を作った。
完全に俺の技をトレースし、それをより洗練させている。
押され始めていた。
徐々に後退する。
「やれやれ。オシャレに興味のない奴はこれだから……
ウラハラでブイブイ言わせる為だよ。
言わせんな恥ずかしい。
ファ板にお前の服装みたいな奴居たけど。
全員から『半年ROMれ』って言われてたぞ。『ダサすぎ乙』ってな」
俺は苦笑いしながら皮肉を述べた。
「はぁ~。お前に言われたくないが。
お前はウラハラどころか世間に認めれねぇよ。
漫画の読みすぎでとうとう現実と空想の区別がつかなくなった痛い奴じゃん。
あのさぁ。
もう卒業しようよ。そういうの。
荒れる成人式見てると悲しくなってくるだろ?
それなのよお前は。
現実でお前の妄想垂れ流さないでくれますか?
見ていて悲しくなってくるんだよ。現実見ようぜ」
相手も辛いはずだ。
だが、同じように皮肉で返してきた。
「はぁ~これだから。まずな。シンプルにしたいなら。
腕にチェーン巻くとかさぁ、カッコいい単語が書かれたシャツを中に着ろよ。
『Death』とか書いてあるやつをさぁ? 普通するよな? しないの? 脳内選択肢狭すぎねぇか? そんな知能がないか。脳内容量3ミリしかなさそうだもんな」
今までよりも威力の高い一打が撃ち込まれ、仰け反ると、力学を利用し、大きく後方に飛んだ。
「と、ここまで足止めできれば十分か」
視線の先のアマチダッシュは額に汗を掻きながら不敵な笑みを浮かべていた。
「なに?」
「お前の負けだよ」
ハッとした。
包囲されている。
いつの間に!?
四方八方。
大人びたマリアっぽい奴。
少しだけ成長した千秋っぽい奴。
カッコウっぽい奴も居るし、翡翠っぽい奴も居る。
大人びた風音に、南朋、イノリも居る。
俺の知っている面々。
それが殺意を込めた眼でこちらを睨んでいる。
気が遠くなりそうだった。
「想像を超えてきたな」
まさか……
こいつら全員相手にしないといけないのか?
「終わりだな。異分子」
いいや。
俺にあって。お前にないモノがある。
夏イベのチートが。
「俺にはまだ……切り札が……あれ?」
切り札が呼び出せなかった。
「応答不能……つーか俺寝てるから呼び出せないとかか!? 詰んでるじゃねーか!?」
総攻撃が開始されようと。
「ヤバい!? ヤバい! ヤバいって!?」
ログアウトが間に合わないぞ!?