C
/3人称視点/
天内傑は死亡した。彼の長い長い旅路はここで終わりである。
人は案外呆気なく亡くなったりする。
幸福絶頂の人間が突然逝去する事がある。
悪逆非道の限りを尽くした人間が天寿を全うする事がある。
善人が不幸な人生を歩む事がある。
悪人が幸福な人生を歩む事がある。
死の概念の前に、人は平等に裁かれる。
そこに生前の陰徳も貧富の差も善も悪もない。
それが選ばれた者でなければより強い運命の拘束力となろう。
それが人生である。
それがこの世界の摂理である。
不条理だ、不平等だと叫ぶ者も居るだろう。
だが、摂理の前に一介の人如き矮小な存在が異論を唱えた所で無意味であり無価値である。
惑星の摂理の前では一つの命の終わりなど取るに足らない些事でしかないからだ。
この世界には突然が満ち溢れている。
この世界には死が満ち溢れている。
この世界には様々な別離が満ち溢れているのだ。
だが、例外がある。
それは選ばれた者。
主人公と呼ばれる存在は唯一の例外なのかもしれない。
主人公とは、決して物語の途中で死ぬ事はない。読者やプレイヤーのカメラマン役である主人公が死ぬ事、それは物語の終焉を意味する。
でなければ、物語が成立しないから。
主人公は摩訶不思議な存在でなくてはいけない。
起死回生の一手を効果的なタイミングで閃いたりする。
なぜか絶体絶命のピンチは回避されるし死ぬような出来事はコメディとして解決されたりする。
どれほどの不運に陥ろうとも結局は最後まで生き延びるのだ。
言い方を換えるならば、ある種固定観念めいたモノが観測者視点で植え付けられている。主人公はどれほどの苦境に立たされようとも死ぬ事はないと。
―――物語のエンディングまで生き残ると―――
観測者は『お決まりの安心』という固定観念を思考の片隅に置きながら主人公の奮闘を見守る事が出来る。
―――主人公は死ぬ事はないと―――
主人公が物語の途中で退場する事はその物語の否定だからと。
無論主人公が交代する作品もあるが、明確に新章を緻密に描く必要があるだろう。
もし、唐突に終焉を告げるのであれば。
その者は決して主人公足りえぬ者であったと、ただそれだけの話。
結論から述べよう。
主人公でない者は話の都合上あっさり退場させられる事があるのだ。
ヒロインであろうと、モブであろうと、主人公でないものはあっさり死ぬ。
ただそれだけの話だ。
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マホロに到着した客船。
そこで一つの事件が発生した。
貨物倉庫にて焼死体が発見されたのだ。
ベテラン刑事は顔を顰めた。
「酷いなこりゃあ」
ファイティングポーズを取るボクサー型姿勢焼死体。
「仏の性別すらわからねぇ」
黒焦げになったその死体は余りにも損傷が激しく四肢は熱融解を始めていた。
それだけでなく、肉体の至る所には串刺しにされている。
「どんな事をすりゃあ、こんな事になるんだ? 可哀そうに……」
男女の判別が出来ない身元不明の遺体。
遂にこの焼死体の身元は掴む事ができなかった。
それほどまでに損傷が激しかったのだ。
その死体こそ天内傑であった。
彼は人知れず無縁仏として生涯を閉じる事になった。
天内傑は死んだ。
故人である。
まごう事無き死。
運命に選ばれなかった者である彼はここでゲームオーバー。
せっかく蘇生したにも関わらず退場である。
呆気なく死亡した天内。
彼は攻略に失敗したのだ。
死者を蘇らせる事はできない。
その事実を覆らせる事は出来ない。
誰に看取られ事もなく、人知れず彼の長い旅路はここで幕を閉じる事になった。
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秋の祭典であったマホロの武闘祭は終幕した。
世界各地から集まった強者共は各々帰路についていく。
秋の武闘祭は世界各地に点在する魔法学園4校を集めた魔術の一大イベント。
しかし例年より人は少なかった。
前年度の10分の1以下の賑わい。
理由は複数あった。
第1に、ヒノモト国内からの観客が極めて減少した点。
第2に、大規模な金融不安により国外からのインバウンドが減少した点。
最後に、ヒノモト国外で戦の狼煙が上がりつつあり一部不参加の学園が出た為だ。
間もなく冬が訪れる。
学園には殆どの人が居なくなっていた。
賑わいのない学園。
学校生活を呑気に謳歌出来ぬ状況が世界に波及し始めていた。
今年は情勢を考慮してマホロでの年越しイベントは行わないとの噂も囁かれていた。
「一体どこに行ったんですの?」
マリアは小町の眠る病室にて物憂げに夜空を見上げた。
天内のパーティーメンバーは崩壊していた。
この世界が崩壊し始めていた。
学園の半数の生徒は実家に戻り、世界の情勢を固唾を飲んで見守っていた。
終焉のカウントダウンが刻一刻と刻まれていく。
穂村小町とモリドールはある日を境に深い眠りについた。
ヒノモトから始まった集団昏睡事件。
いつからか引き起こった奇妙な事件は世界中に飛び火した。
多くの国民が深い眠りに落ちたのだ。
原因は追究出来ず、未知の奇病であるとされた。
中には昏睡状態から戻ってこれず衰弱死していく者が数多く報告された。
彩羽千秋は国外に出たきり戻ってこない。
軍靴の足音が諸外国で聞こえ始めているのだ。
ガリアとアトランティスが手を組み、彼女の故郷であるアメリクスに侵攻し始めたのだ。
現在、国境付近で小競り合いを起こしている。
本格的に民間人に死傷者が出れば大規模な戦争になる様相であった。
間もなく宣戦布告をするとの噂も囁かれ始めている。
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アメリクスの片田舎であった。
既にガリアの行軍が終わり、周辺住民は鏖殺されていた。
村は焼かれ、燃え盛る火の粉は人々を焼いた。
女子供は攫われ、犯されていた。
故郷を守った氷雪の魔術師。
彼女の顔面に向かって巨大なカギ爪を生やした足が踏み下ろされる。
頭蓋は砕け、肉片が飛び散った。
「少々厄介なガキでしたね」
炎熱を身体中に纏う最強の魔人が一個のパーティーを蹂躙し終えた所であった。
その姿は既に人の姿ではなく、竜が二足歩行になったような姿。
黒と赤の禍々しい見た目の龍人。
鋭い牙が見え隠れしていた。
体長5メートルは越す巨躯。
筋骨隆々であり鋼のように固い肉体。
全身を覆うのは魔法を無効化する鱗。
それだけでない。この魔人は変態能力を持っている。
物理攻撃を無効化する粘体へとトランスフォームもする。
物理、魔法に対して耐性を持つ完全なる個。
この世で最も固く柔軟な生命。
固く、柔らかく、しなやか。
あらゆる過酷な環境で生存する事が出来る最強の生命の体現者。
マニアクス最強。
下手な小細工を駆使するマニアクスとは一線を画する化け物。
特別な魔法や技術を持たぬ魔人。
召喚術や死霊術、時の支配などといった反則めいた魔人の技を駆使しない、使用できない。
このマニアクスは単なる暴力の塊。
恐るべき耐久力、防御力、攻撃力を備えている。ただそれだけ。
それ故に最強なのだ。
マニアクス:龍人ボルカー。
かつて彗星機構なしの天内が3分程度なら時間稼ぎが出来ると語った怪物。
その後は確実に死ぬと言わしめるほどの暴君であった。
「お見事です。私のこの形態を引きずり出した事。それは称賛に値します。ただ……それだけですが」
慇懃無礼に手を叩くと、足元に転がる虫の息のシステリッサの脚を摘まむ。
ボルカーはクツクツと微笑みながら。
「これで終わりですね。お疲れ様でした。聖剣使いと聖女。運命に導かれたお仲間達」
ボルカーの握力は人が耐えられぬ剛力であった。
聖女の脚がぐちゃぐちゃと異音を立てた。
摘まんだ脚は赤から青黒くなり、皮膚のみで繋がっているかのように力なく繋がっていた。
ゼリーのような赤黒い液体が足先か滴る。
風音は自己回復を始めているが、両脚を引き千切られた事もあり、意識が朦朧としていた。
立てないのだ。何より、脳の殆どを破壊されていた。
物を考えらぬほど、回復が追い付かない。
「では、せめて無残に美しく可憐に引導を渡してあげましょう」
巨大な竜人は聖女の脚を掴んだままそのまま地面に叩きつけた。
トドメを刺す為に。
顔面から地面に激突すると、トマトを潰したような異音が響く。
何度も。
何度も。
何度も。
何度もボルカーは腕を振り下ろした。
システリッサの美しかった顔は見る影もない。
顔の輪郭などもはやない。
死んでいるのだ。
それでも何度も執拗に、すり鉢で果実をすり潰すように執拗に地面に叩きつけた。
もはや、肩から上の造詣はなくなっていく。
慎重な性格であるボルカーは神経質なまでにシステリッサの亡骸を地面に擦り付け、すり潰す。もはや人の造詣を保っていない。肉と骨の塊に変わり果てようとも、亡骸の原型がわからないナニカになるまで、すり潰した。
ボルカーは風音の仲間を1人、また1人とシステリッサと同じようにすり潰していく。
勇者や聖女。
それに選ばれた仲間は埒外な存在であると誰よりも警戒するが故に。
南朋もイノリも人だったナニカに変わり果てるまで何度も執拗に踏みにじる。
叩きつけ。
すり潰し。
切り刻む。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
最後の1人である風音も同じように原型がなくなるまですり潰した、
それでも風音は死ぬ事が出来なかった。
ボルカーは風音だった肉塊が鼓動を打つのを訝し気に見ると。
「聖剣の加護……か。お前のような不死身は堪える。
全く。勇者とは魔人より魔人よな。
お前を殺すのは容易ではない……。
タイムオーバーだ。
殺せぬならば。いいさ。全てはもう終わったのだから。
お前達の負けだよ。人類の守り手。そして人類の諸君。
聖剣使い。精々、お前は獣の楽国となったこの惑星で1人孤独に生きるがいい」
勇者パーティーを皆殺しにしたボルカーは天を見上げた。
天には巨大などす黒い穴が開いている。
終末の4番目。
「まもなく現世と冥府が入れ替わる」
決戦術式"奈落"。
ダンジョンの穴が開通しようとしているのだ。
「これより深淵の獣が溢れ出る」
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深淵の魔物が際限なく異界より召喚され続ける。
深淵の獣共は殺戮の限りを尽くした。
惑星を食い殺す勢いで原住民を狩り続ける。
生きとし生ける者は生きながら焼かれ、食われ、解体されていく。
世界終焉の歯車は加速していく。
この世界は破滅した。
人類は抵抗を続けたが徒労に終わる。
奮闘の甲斐なく人という名の種族は、たった半年で絶滅した。
唯一。
終焉の因果を断ち切る事が出来たかもしれない天内傑というトリックスターの死亡。ストッパーであった、理外からの来訪者である1人の男の死亡は、本来この世界の辿るべき終局の未来を既定路線に乗せる事に成功する。
この世界は獣の楽園となった。
人類の敗北。
そんな結末で幕を閉じた。
終わり。
という本来起こりうる『Catastrophe』を書き換え始める。
星々が逆行を開始する。
自転と公転の運動が逆回転し始めていた。
惑星の運動が真逆の方向に加速していく。
空間が歪曲すると。
―――時が遡る―――
両腕に刻まれた刻印が1つ消失した。
13の刻印の内、7つ目を消費した所であった。
「やれやれ」
本編に登場する事のない1人の少女がため息を吐く。
「全く、こんな馬鹿みたいな事に使わせるなよ。正直付き合い切れないぞ……」
この時代で何度目かの行使。
ある男が揶揄して名付けた時空間魔法『 C 』。
本来、名も無き魔法。
「最強はCだとか言ってたなアイツ。どういう意味なんだ?」
頭を掻きながら少女はふとそんな事を考えながら天を仰いだ。
―――『 C 』―――
ゲームシステムにおける『Continue』。
その言葉から頭文字を取っていると時空間魔法の使い手は知る由もなかった。