天内、死す
風音が向かい側の席に座るマリアに問いかけた。
「あの~。天内くんが忽然と消えたんだけど。どこに行ったのか知りませんか?」
「わからないんです。天内さんはシャイな所がありますからね。全く困った方です。でも、そんな所も素敵なとこなんです」
「虚言癖の馬鹿に付き合いきれなくなっただけだよ」
マリアから随分席を離れた場所から千秋が一言付け加えた。
「ん? どういう事?」
「千秋さんの妄言は聴かないであげて下さい。きっと辛い事があったんでしょう」
「そ、そうなんだね」
「違うよ。呆れてるんだよ」
そんな千秋の言葉を無視して。
「あ、そうそう南朋さん。ちなみに私と天内さんは昨夜、男女の仲になりました。ありがとうございます」
「そ、そうなの!?」
「ええ。そうなんです。南朋さんの後押しがあってこそです。ようやくです」
「す、凄い! 凄いじゃん!」
「違うけどね」
「千秋さんは少し黙っていて下さい」
「嘘ばっかりつきやがって! 嘘つき!」
「え? ウソなの?」
「事実です!」
「事実じゃない!」
「……いいでしょう。表に出なさい。千秋さん」
「まぁ、まぁ」
風音がマリアと千秋を窘めていた。
俺は厨房から拝借した食パンを齧り、そんな光景を忍者のように天井から観察しているのだ。
ダクトの中からこんにちわ。
どうも。天内です。天内傑です。
俺は今ダクトの中に居ます。
船内を匍匐前進で冒険して一晩経ちました。
俺はこの一晩考えたんだ。
まず、弁護人を仲間に加えた上で、あの2人には『ノー』を突き付けてやらねばならない。『俺はお前らの彼氏でも婚約者でもない!』とな。
俺一人では不可能だ。情けない話、勇気がない。
それに俺が一言発したら、更なる支離滅裂な展開になりかねない。
俺はこの展開を制御できない。運命に翻弄されてるのだ。
そんな事を考えていると腹の虫が鳴った。少し空腹なのだ。
「やっぱこれだけじゃ足りないか」
満たされぬ満腹感を満たす為、再度厨房に向かって匍匐前進を始めた。
「今度は汁物を拝借するか……てか、あいつ食い過ぎだろ。いや設定通りだけどさ……」
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/3人称視点/
風音は険悪なマリアと千秋がこれ以上一触即発にならぬように話題を切り替える。
「まぁまぁ。落ち着いてよ二人とも。ところでさ……どうやら、船内にネズミが居るらしいんだ」
南朋は興味なさそうに。
「ホントに突然ね。シス。そこにある醤油取って」
「これですかぁ?」
「ん。ありがと」
南朋はシステリッサの前に置かれた山盛りの食事を見ると。
「あんた……朝からちょっと食べ過ぎじゃない?」
「ほうですかぁ?」
口一杯に食事を詰め込んだシステリッサはハムスターのように両頬を膨らませていた。
彼女、ご飯は沢山食べる派なのである。
「ねえ聴いてよ。そのネズミ。凄いドでかいやつらしいんだ。人ぐらいデカいってさ。通気口にデカいネズミが食事を盗んで入っていくのを見たって、さっきクルーの人が話してたよ」
「気持ち悪いなぁ。風音ってデリカシーないよね。普通、食事の時、そんな話する?」
「まぁ聞いてよ。ダンジョンならいざ知らず、そんなネズミがこの世に居ると思う?」
「魔物」
イノリは無機質な眼で一言呟いた。
「ご名答。この船の中には魔の物が潜んでいる。僕はそう考えるんだ」
「えぇ~? ホントにぃ?」
「もしそれが本当なら少々問題ですね」
いつの間にか山盛りの食事を平らげたシスはお腹を膨らませながら真剣な顔になった。
「そうなんだよ。これも僕らの影響かもしれない。この状況は看過できないよ!」
「そうですね。光ある所には同時に影も生まれます。我々を連けてきた追手かもしれません」
「刺客」
イノリは無機質な眼で一言呟き同調した。
「ホントにぃ?」
「ホントだって。だから僕たちで秘密裡に処理しない?」
「名案ですね風音。なにより、ご飯を勝手に食べる悪しきモノは成敗せねばなりません。そんなモノは排除です! 排除! 私の食事を勝手に食べるコソ泥には正義の鉄槌です」
システリッサはそう一言告げ立ち上がると、フラフラとした足取りで再びバイキングコーナーに吸い寄せられた。
「……まだ食べるのね」
やれやれ、と言った表情で南朋は風音に向き直ると。
「で? どうするの?」
「作戦はこうだ」
風音は語り出した。ダクトの中に潜んでいると思われる魔物を倒す計画。
それは至ってシンプルだ。
システリッサの結界をダクト内全域に展開。
結界により逃げ場を封じ、同時に船内への被害をなくした所で、魔法攻撃を打ち込みまくる。
文字通り袋小路にした上で、南朋の風魔法で八つ裂きにする。
それが風音の考えた作戦。
「随分面白そうなお話をされてますね。私も助力させて頂いてよろしくて?」
マリアは食事を終え、紅茶を飲みながら提案した。
「え? なんでよ?」
「これもソウルフレンド南朋の為ですわ」
「は、はぁ」
千秋は伸びをしながら。
「ボクもやろうかな。気分転換に動きたい気分だしねぇ。というか、ボクが先にネズミを氷漬けにしようかな。どうせ。マリアみたいな嘘つきのへっぽこ魔術師じゃあ無理無理の無理だしね。ボクに任せてよ」
「私の焼却力をあまり舐めて貰っては困りますわ。システリッサさんの結界で排気口の先に被害が出ないようにして頂ける、という話ならばネズミどころか羽虫の一匹も残さず焼却してみますわ」
「へぇ。そんな事できるの? ボクとマリア。悪いんだけどさ。ボクの方が圧倒的に実力は格上なんだよねぇ」
「では、こういうのはどうでしょう。先にネズミを灰燼に変えた方が勝ちという事で。もしこの勝負に私が勝ったら、私と天内さんがお付き合いをしてる事に関して余計な口を挟まないで頂けます?」
「あ~。じゃあ。ボクが勝ったらマリアの話は嘘って事でいい?」
「……嘘ではありませんが、存分に意見を述べる権利を与えましょう」
「いいよ。それで」
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風音の部屋に全員で集まり、天井のダクト口を外した。
システリッサは薄暗い通気口を確認すると。
「確かに、何か大きなモノが這った形跡がありますね。しかもつい最近。いや……ほんのさっきかも」
「間違いない魔物だね」
風根は険しい顔を作った。
「貧者の刺客かもしれない」
イノリは率直な意見を述べる。
「早急に駆除しないとマズイか……」
南朋は風魔法を展開し始め、肉片すら残さない"かまいたちの刃"を顕現させていく。
システリッサは呪文を唱え終わると。
「結界は張り終えました。存分に魔術を行使して頂いて構いません…」
間髪入れず。
「氷瀑式!」
通気口に向かって千秋お得意の氷の魔法が発動したのだ。
剣山のような氷柱による串刺し攻撃。
「中のネズミは蜂の巣さ。ボクの勝ちだね」
「な! ズルいです!」
「いやぁ~。じゃあそういう事なんで。マリアの話は嘘ぉ~♪」
風音は訝しい顔を作ると。
「いや、まだだ。よく聞きなよ。まだ呻き声が聞こえる。魔物が奇妙な奇声を上げている。死んでないぞ!? どれだけしぶといんだ!?」
「ほ~ら。倒せてないじゃないですか。次は私の番ですね。では! 憤怒の炎で焼き尽くします!」
鉄すらも熔解する炎熱がダクト内を駆け巡る。
マリアは凍ったダクトに向かって焼却式を展開し燃やし尽くした。
断末魔の叫び。
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!?」
汚い断末魔が轟いた。
雄叫びに似た咆哮。
風音は驚きの表情を浮かべ。
「ち、近いぞ! こっちに近づいている!? まだ倒せないのか!?」
「じゃあ次はボクの番だ! 氷瀑式!」
「いいえ。私が仕留めます! 憤怒の炎!」
「氷瀑式!」
「憤怒の炎!」
「氷瀑式!」
「憤怒の炎!」
千秋の氷漬けによる串刺しとマリアの炎熱による焼却ループ。
何度も打ち込まれる超高火力攻撃。
それは殺戮という言葉では生ぬるかった。
「じゃあ。ウチも風刃打っとこうかな。てかウチら要らんくね?」
南朋は申し訳程度に、木々すらも切断する風の刃をダクト内に打ち込む。
「カゼェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!?」
またもや断末魔が咆哮する。
風音は解説員のように「まだ!? 倒せてないだと!? なんて耐久力なんだ!?」と驚きを隠せなかった。ダクトに潜むネズミが相当しぶといのだ。
「この火力で倒せないなんて、一体どんな化け物なんだよ!?」
風音は聖剣を起動させ、最悪の事態を想定する。
「粉微塵になれ! 死ね! ネズミ!」
千秋は何度も魔術を行使した。
「骨も残さず灰燼に帰しなさい!」
同じくマリアも魔術を行使し続けた。
何度も打ち込み続ける必殺の一撃。
それでもネズミは倒せない。
時間だけが過ぎていく。
時計の針が無情にも過ぎていくが、それは突然の事であった。
「ダメです!? 結界が持ちません!」
システリッサが慌て始める。
遂に結界が耐え切れなくなったのだ。
「「まだまだ!」」
ヒートアップする千秋とマリア。
「ちょ、ちょっとスト―ップ!!」
風音が割って入り、2人を止めに入る。
マリアと千秋はぜぇぜぇ息を切らせながら、ようやく魔術行使を打ち止めにする。
風音は断末魔がいつの間にか聞こえなくなったのを確認すると。
「し、死んだみたいだぞ!?」
勝利宣言をしたのであった。