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弁護士を呼んでくれ


 小便が真っ赤だった。

 血みどろだった。


「ドクター。俺をもう一度助けて下さい」


 ナットクラッカー症候群という病名を知ってるだろうか。

 ストレスで血尿が止まらなくなる現象。

 マジで俺はそれに悩まされている。

 マホロに帰還したら速攻泌尿器科に行こう。

 というかドクター西園寺氏に相談しよう。

 ついでに精神安定剤の処方も頼もう。


 なぜ俺が血尿を垂れ流しているのか。

 王手が至る所に指されているからだ。

 詰まされた気分だ。

 俺はあまりにも身に覚えのない出来事が起きすぎて頭がおかしくなりそうだった。

 

 用を足し終わった俺は、トイレの前で2人の女が言い合いをしている光景に胃を痛めた。

 物陰から2人の会話を盗み聴く。

 千秋の奴がマリアに詰め寄っているようだ。


「傑くんはボクの婚約者なんだけど。勝手に勘違いしないでくれるかな」


 その話はなくなったはず。コイツは一体何の話をしてるんだ。


「千秋さん。とうとう頭がおかしくなったんじゃないですか? いや、以前からおかしかったでしたね」


「……下手な挑発には乗らないよ。ボクもガキじゃないからね……」


 十分ムキになっているような声音だがな。

 

「あのさ。もう彼の事はボクの両親に紹介してるから。親公認の関係なんだよね」


「またその話ですか」


「彼はイロハネアの優勝者。代々イロハネア優勝者は彩羽家に婿に来る事が約束されるからね」


 すげぇ奇妙な風習だな。奇習すぎだろ。あの変人家族ヤバくねぇか?


「貴方の勝手な妄想を垂れ流さないでくれますか? 先程仰っていたイロハネアでしたっけ? 馬鹿馬鹿しい与太話の事ですよね」


「本当の話! 大マジだから!」


「本当ですぅ? 妄想じゃなくてぇ?」

 マリアは怪訝な声音である。


「本当だもん! 彼も乗り気だったから! イロハネア優勝して、ボクと結婚できる事に喜んでいたから!」


 してねぇよ! 妄想の語り合いをしてるんじゃないよ!

 それに乗り気ではなかったよね。何を見てたんだアイツ。


「傑くんは馬鹿だけど、あの状況と雰囲気を理解ぐらいできるもん。出来なかったらアホじゃん。頭お子様ランチじゃん!」


 一切理解出来なかった俺は馬鹿で、アホで、頭お子様ランチらしい。


「貴方の勘違いでは?」


 そうなんだよ。勘違いどころか嘘じゃん。

 もはや嘘しか語ってないじゃん。

 ヒートアップしすぎてデタラメ言ってるんだよ。


「勘違いじゃないもん!」

 千秋が地団駄を踏んでいる光景が見えるような気がした。

 

 それ、勘違いなんだよ。

 勘弁してくれよ。

 こうやって痴漢の冤罪事件が生まれていくんじゃないだろうな?


「マリアさぁ。さっきの話の流れで、どうしてそんな話になるのかなぁ!? 文脈から読み取ってそうならないよね? 国語能力低すぎない? 頭クルクルパーなんじゃないの!?」


 お前も大概だけどな。お前もクルクルパーだよ。

 ブーメラン投げて、おもっくそ戻って来てるぞ。


「先程も詳細にお伝えしましたが。天内さんは(わたくし)の想いに応えてくれました。

 『はい』と。何度もそうお伝えしましたよね? 

 実際聴いてらっしゃったんでしょう? 貴方の方が国語能力が低いんではなくて?」


「だからなんでそんな話になるんだよ! 『私にしときませんか』から『え? あ、はい?』はどう考えてもそんな話にならないじゃん! 疑問形じゃん! アイツ困惑してたじゃん! 感情を汲み取ろうよ。だから皆から空気読めないって言われるんだよ!」


「私は天内さんの心の内をしかと聞きましたよ。あと、空気を読めないと言った皆さんとはどなたですか? 少し折檻が必要かもしれませんね」


 お前は怖いんだよ。声のトーンが3段階くらい落ちてるじゃん。


「そんな事はどうでもいいよ! よく思い出しなよ!」


 マリアは『はぁ~』と、ため息を吐くと。

「貴方の耳の錯覚の話をさも事実のように押し付けないでくれますか? 

 真実とは時に残酷なモノです。でも受け入れなくてはいけません。

 天内さんは(わたくし)の……彼氏。先程そうなった事実に。キャッ!?」


「『キャッ!?』じゃないんだよ! 何を頬を赤らめてるんだよ!」


「羨ましいのはわかります。でも貴方の負けなんです。お疲れ様でした。その事実を受け入れたくない為に、記憶を書き換えるのをやめて頂きます? 私も天内さんも困ってしまいます」


 違うけど。もう、全然違うんだけど!

 俺が一番困ってるんだよ。

 

 徐々にヒートアップしながらお互い嫌味を飛ばしていた。

 

「矛先が俺に向く前にこの場から距離を取らねば……」


 俺は2人に気づかれぬようにそっと男子便所の中に戻り天井のパネルを外した。

 配管ダクトの中を匍匐(ほふく)前進して撤退を開始する。


「いや、うん。わかったわ。俺はなぜかわからないが。

 この2人に好かれているわ。名探偵すぎるな俺。

 だが、どうしよう。どうすればいいんだ? 

 どうやって逃げればいいんだ。助けてくれ。

 俺は人生の岐路に立たされている。

 そうだ。いつもだったら、小町の奴がツッコミとして2人の中に割って入っていたはず。

 正論で()じ伏せてくれたはず」


 俺は小町の電話番号を叩き、電話を掛け続ける。

 無情なコール音しか鳴り響かなかった。

 全然電話に出ないのだ。


「何やってんだよアイツ!」

 

 俺は通話ボタンを切ると、ダクトの中をひたすらに歩み続けた。

 

「早く合流せねば。アイツに俺の言って欲しい事を全部言って貰わねば」


 アイツの助け船が無ければ、俺はずっと修羅場に巻き込まれてしまう。

 この世界の攻略を完了する前に、メンタルがぶっ壊れてしまう。

 薄氷(はくひょう)の上で成り立った俺のパーティーメンバー。

 ひび割れまくって、下手に踏み込めば一瞬で瓦解しそう。

 いやもう崩壊してるかもしれない。


「小町待ってろよ。お前には俺の弁護人になって貰わねばならないからな!」

 


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