聖剣とは
/聖剣視点/
――時は少し遡る――
グリーンウッド王国王都。
ひどく空気は澄み渡り、誰もが固唾を飲んで彼の一挙手一投足を観察していた。
腕の中には1人の少女を抱えている。
人々は朝日を背に、一筋の剣を掲げた騎士を見上げている。
朝靄の中に浮かぶそれは幻想的な光景。
穂先に昇る太陽は伝説に謳われた光景に見えただろう。
「良く知っている。何度も見た光景だ。全くキザな奴」
私の眼に映るのは、今も昔も変わらない甲冑姿の騎士。
見間違えるはずがない。
我々の大事な仲間の1人。
「ネイガー、君はこの時代の人間だった。そうなんだね?」
虚空に語り掛けた。
嬉しかった。かつての仲間である彼に再会出来た喜びがあった。
それと同時に少し悲しくなった。
きっと、カノンは羨むだろうと。
きっと、ネイガーはどの時代でも世界を背負わなくてはいけない宿命にあるのだろうと。
そう悟ってしまった。
休まる暇のない、余りにも過酷な運命。
力ある者の責務を背負わされた人の子。
「この巡り合わせはきっと偶然ではない。ああ。きっとな」
偶然ではない。偶然で片付けられない。
彼はきっと世界が終わるその前に天に遣わされた使者なのだろう。
そうに違いない。
「とても長い時間が経った。それはもう、本当に気の遠くなるような時が経ったんだ。みんな死んだよ。いつの間にか私は独りぼっちになってしまった」
千年。永劫に感じられる歳月の中で私は来るべき日に備え続けた。
「なぁ? 聞こえるか? カノンよ。彼はこの時代の人間だったぞ。羨ましいか?」
今は亡き者に小言を吐いた。
極光の騎士は空高く飛翔する。
流星のような煌めきを残し。
その姿が見えなくなるまで彼の背中を見届けた。
「ああ。ネイガー。君がこの時代に居るのなら……」
間違いなく終末は訪れる。
終末の騎士は既に顕現しているのかもしれない。
そういう事なんだろう。
「悲しい顔をしてるね」
隣に立つ主は、様子を伺ってきた。
「いや。少し懐かしくなっただけさ。風音。君には、いや君達には苦しくも、過酷で、それでいて鮮烈な輝かしい冒険の話をしよう」
私はこの時代の仲間にかつての仲間が歩んだ歴史を告げようと思ったのだ。
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「極光の騎士の話だったよね?」
風音は、私の言って欲しい言葉を紡いでくれた。
「ああ。そうだ。そして先代の勇者と私達の仲間の話」
「やっぱりプルガシオンは、英雄の1人だったんだね?」
「やっぱり?」
いや、聡明な彼の事だ。
気付かれていてもおかしくはないかもしれない。
「いやはや。参ったね」
「そんな気はしていたよ」
「聖剣さんの正体が英雄の1人? でも、それじゃあ。今の身体は」
システリッサ何かに気づいたようだ。
全く。君達は聡くて困る。
「そう。私はね。かつてルミナという勇者の仲間の1人だった。無論。人としてね」
「そ……そ、そんなのはありえません!」
「どうしたの? シス」
南朋は激昂にも似たシステリッサを垣間見て驚いた顔をした。
「南朋さん。不老不死なんてものはありえないんです」
「う、うん。そりゃあ。不老不死? なんでそんな話に飛躍したのさ?」
「いいですか? 南朋さん。例えば寿命が幾ばくもない人が居るとしましょう。間もなく天寿を全うされる方です」
「うん」
「その方は、その後はどうなりますか?」
「えっと。遅かれ早かれ亡くなるんじゃないの?」
「その通りです。あらゆる生命には寿命というモノがあります。生きているならいずれ必ず死ぬ。これは絶対です。必ず終着点があります。どんな生命も有限な時の中でしか生きられません。永遠の命などありえません」
「当たり前じゃん」
「いいえ。南朋さんはわかっていません。
人の寿命は精々100年ちょっと。エルフでも150歳程度です。
それが生命の限界です。肉体は老いていくんです。
ここに嘘はつけません。それが自然の摂理だからです」
「そんなの当たり前だけど」
「そう。当たり前なんです……例えばですよ。
例えば、間もなく亡くなる……死んでしまう人が、他の人、動植物、物質に意識や記憶を移したとしましょう」
「ううん? どゆこと?」
「亡くなるはずだった人が姿形を変えて生きれたとしましょう。
輪廻転生を自在に行えるのだとすれば、それは……一種の不老不死になってしまうんです」
「まぁ……そうだけどさ。そんな魔法があるんじゃ」
「ありえません! 私は聖剣さんが聖剣そのものに意志がある物だと認識していました。でも、聖剣さんが、かつて人だった、というなら話は変わってきます。
肉体を剣にする? それはありえない。魂の継承なんてものは出来ない。
それは神の領域です。そんな魔法はありえません。
それは人智を超えています。そんな事が出来たら人は不老不死を実現してしまう。
そんな生命は星に生まれえないんです。
それは星の摂理を逆行する事。そのような事は絶対に出来ません!」
システリッサの力強い眼がそこにあった。
「その通りだよ。人はいずれ死ぬ。当たり前だ。不老不死なんてものはありえない」
とはいえ、人ならざる者ならあるいは……出来るのかもしれないが。
「じゃあ。貴方は一体!?」
「私はね。ルミナという1人の魔術師。彼女の記憶の残滓を宿した一振りの刃」
「き……記憶の残滓……それこそ」
「彼女の記憶の一部を継承。いいや違うな。
移植された。これも違うな。
覚えさせられた人形。
うん。これがしっくりくる。
単なる装置の一種。
ルミナの記憶を持ち、ルミナの意志を引き継いだ紛い物の人形。
戦いの中で死に、かつてカノンの仲間であった少女の残留思念を宿す。
神剣:大魔道師ルミナ。それが私の正体だ」
「人の記憶を覚えさせられた? いいえ。貴方には意志がある。感情があるではないですか!? それこそありえない! ありえない事です」
「ありえたんだ。カノンが振るった神剣。この星の楔には"想い"を"希望"を託す事が出来る」
「な、何を言ってるんですか?」
「まぁ聞きなよシス。聖剣にはね。"人の想い"を込める事が出来るんだ。聖剣。それはね。その真実は……」
私は皆に語り始めた。
かつて神剣と呼ばれ、人々から聖剣と謳われた剣の話を。
聖剣は勇者にのみ振るう事が出来る。
勇者とは星の意志により選ばれた者。
奇跡を手繰り寄せられる者。
この星の長い演算によって選出された存在。
星の自死が引き起こると同時に惑星の自殺を覆せると世界によって判断された適格者。
対終末兵器。それが勇者と呼ばれる存在。
だが、聖剣は性質が異なる。
聖剣とは、この星に住まう生きとし生ける生命の願い。
愛の具現。
希望の結晶。
生きたいという願いの形そのもの。
星によって編まれたものでなく。
この刃は"生命の願い"によって編まれたものだから。