外伝 運命の旅路②
/カノン視点/
―――旅路は続いた。そんな中の一時―――
私の誇る仲間達が各々兵士達に稽古や勉強会を開いている光景が広がっていた。
「ネイガーの兄貴になら存分に本気を出せるよなぁ!」
アレックスが吠えた。
「……理解した。対象を完全に制圧する……」
極光は小さく首を縦に振る。
「……状況を……開始する!」
木剣の乾いた音が響いた。
ネイガー仕込みの極光がアレックスと木剣で稽古をしている。
出逢った頃、青二才であったアレックスも今や剣聖と謳われるほどの剣技の持ち主。
そんな彼が訓練とは思えぬ本気を極光に打ち込んでいた。
大魔道師ルミナや召喚士クロウリー、賢者マルファは、私の仲間の中でも魔術や錬金術の造詣が深く博識だ。そんな彼らはこの旅に連いてきてくれた義勇軍への指導を時間が許す限り行う。
聖女ユラは、特に治療術や手術手技に精通している。
ユラは衛生兵に国家の垣根を超え知りうる知識と技術を継承していた。
騎兵術ならアラゴン卿の右に出る者は居ない。
彼の騎術による戦術講座を受ける者は皆熱心に頷いていた。
その誰もが英雄と呼ばれた逸材。
それでもネイガーの知る知識には一歩及ばない。
ネイガーはあまりにも博識すぎる。同時に武にも精通する。
故に私の仲間に馴染むのも時間は掛からなかったのかもしれない。
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晩になり酒宴の席で仲間達と食事を摂っていた。
「いただきます……ご馳走様」
甲冑を外した極光のネイガーはまるで手品のように食事を素早く済ませた。
「ネイガーの兄貴には敵わないなぁ~」
頬を腫らせたアレックスはネイガーに懐いている。
「ネイガー、君は本当に愉快な奴だよ」
「全く驚かせられるばかりです」
私は極光のネイガーを中心に私の仲間と談笑する姿の中に囲まれていた。
気心の知れた過酷な旅を共に生き抜いた仲間達との話は盛り上がった。
宴も酣になると、ふと視線の先に本物のネイガーが雑用を任されている姿があった。
集団の外れで1人ゴミ掃除をせっせとしている。
ゴミをまとめて両手に担ぐ姿。
頬や額には煤がこびりつき黒く汚れていた。
お前は本当にそれでいいのか?
栄誉や財も勲章すらも与えられない。
誰にも称賛もされず、誰にも振り向きもされない。
お前のやってきた事は偉大だ。
誇っていい事だ。
その煤けた後ろ姿を見ると『本当はあそこに居る男が私の召喚した最後の仲間だ』と告げたい想いに駆られる。
だが、彼は頑なにそれを拒む。
『認識されると困る奴が居る……歴史の辻褄が合わなくなる』と。
「今日は居るようだな」
「ん? どうしたのカノン?」
ルミナは無口になった私の異変に気づいたようだ。
「いや、なんでもない」
彼は目を離すといつもどこかに消えている事がある。
補給要員である彼は物資調達の為、一時戦線から離脱する事がある。
その点に関して、居なくなるのは自然だ。
問題は、奴が戻って来ると摩訶不思議な事が引き起こる。
いや……起こった後なのである。
まず私や私の仲間が見に覚えのない称賛を誰かしらから受ける。
いつの間にか汚染され死んだ湖が一晩で浄化されていたり。
草木も生えぬ不毛な大地は深緑に包まれていたり。
疫病の都市国家と揶揄された国は機能不全から復興していたりする。
数え上げればキリがない。
消える前の予兆はわかりやすい。
『びじねす』が云々と意味不明な単語を吐くのだ。
消息不明になったかと思ったらひょっこり現れ、『びじねすは失敗した。俺は悪くない……』と、顔を青ざめさせている事がある。
体調不良になっている彼とは対照的に諸問題が片付けられ、極光が『全ては私が独断で動いた。すまない』と頭を下げるのだ。
なんなら、私や仲間がやった事になっている事も多い。
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そんな彼をいつものように呼び出すといつもの日課を始めた。
毎晩彼と語らう時間はとても有意義な時間だ。
彼と語らった後は、ほんの少しだが寝る事が出来た。
彼と馬鹿話をすると緊張の糸がいつの間にか切れていた。
だから、これは冗談のつもりだった。
ほんの冗談。ふと、口をついてしまった。
底の見えぬ実力に対して好奇心から口を滑らせてしまった。
「ネイガー、君と僕。一騎打ちでやり合ったらどっちが勝つと思う? 無論、お前のゴーレムである極光の参戦はなしとする」
ネイガーは手帳に何かを書き込む筆を止めた。
「ふむ。面白い質問だな」
「実力は知っているが……」
極光の黒子に徹しながら、厄介なマニアクスを私と2人で追い詰めた絶技。
その妙技を忘れるはずもない。
実力は知っている。
「俺はユニークを持たないからなぁ。夏イベのインチキであるブラックナイトなしの縛りをつけるなら……」
「……」
『ゆにーく』だとか『なついべ』だとか、ネイガーはよくわからない単語を使うせいで、解釈に困る事がよくある。未来の言葉をあまり使うな。理解できないだろう!
「カノンの方が圧倒的に上だな。俺は所詮凡人だし」
「へ?」
あっさりとした解答であった。
「ネイガーが凡人はないだろ」
「いやいや、それが本当なんだよ」
嘘つけ。流石に過小評価が過ぎる。
こんな凡人がゴロゴロ居てたまるか。
「でもまぁ。ちょっとやってみるか? カノンの育成も俺の攻略の一つだしな」
「育成か……へりくだる割に大きな口を叩くじゃないか」
「本気のお前には勝てはしない。だが、伝えられる事はある。だからこういうのはどうだ?」
魔術の使用は禁止。
木剣で相手の急所に一撃を入れたら終了の一本勝負。
それが、ネイガーの出した条件。
私はその条件を飲んだ。
しばしの準備。
お互い木剣の用意をし身体を温める為、準備運動をした。
ネイガーは木剣を何度か振り下ろし、足場の具合を事細かに確かめていた。
お互い準備が整うと剣を構え、ネイガーと相対した。
「いつも通り変わった構えだな」
身を屈め、剣を後ろ手に隠し刀身の輪郭を身体の影に隠す構え。
胸の前で構える攻防一体の姿勢でなく、防御など不要と言わんばかりに前進する寸前のような姿勢。
「まぁね。俺は剣技の"いろは"なんて知らないからね。それに俺は剣士じゃない。そうだなぁ。奇術師に近いんじゃないかな?」
「奇術。手品の事だよな」
「そうだね。手品……奇術の基本は、相手にこれから起こる事を悟られないようにする事らしいよ。俺と戦う時は剣士と戦う戦い方では、1歩……劣る!」
ネイガーはニヤリと笑うと身体の影に隠した木剣を僅かに揺らし、刀身が見え隠れした。
ほんのそれだけ。
僅かに刀身に目線を送った瞬間であった。
ネイガーが懐に入っていた。
速い!?
「集中力と洞察力を逆手に取れば、こんな事も出来る」
ネイガーの放つ木剣の剣閃が真一文字を描く。
速すぎるその高速の一太刀を生まれ持った反応速度で躱す。
ネイガーから距離を取る事に成功。
「少々驚いたが、大した事は」
ネイガーの両手にはいつの間にか木剣の姿はなく。
「次!」
ネイガーはいつの間にか手に隠し持っていた小石を投げてきた。
「な!? ズルいぞ」
飛来する石礫が頬を掠めた。
「最初から言ってるだろ! 俺は剣士ではないって」
「な! この野郎!」
今度は逆にネイガーの懐まで詰め寄り、得物を持たぬネイガーに一太刀を浴びせようとした瞬間であった。
「あ、そこ。落とし穴あるぞ」
「な!?」
足首ほどが埋まる浅い穴。
踏み込んだつま先が地面に突き刺さると。
態勢が大きく前かがみになり、こけそうになった。
「地理地形を利用するのは基本中の基本」
「小賢しいマネを!」
この穴に誘い込まれたという訳か。
身体をねじり、素早く態勢を整え姿勢を立て直す。
ネイガーに連撃を放つ。
その内の一撃は彼の防御姿勢の両腕で防がれつつもようやく一打を与えた。
「いってぇ。流石勇者。速いな。身のこなしが」
ネイガーの顔が苦悶に歪んだ。
今だ。ここで押し切れば。
私は勝機を確信すると。
「剣で語って貰おうじゃないか」
ネイガー。君が剣士ではないだと!?
いつの間にか木剣を手放してふざけたマネを!
……手放している?
なぜ? そもそも、どこに得物はある?
「体術剣技縛りなら。こうするよな」
木剣を持たぬネイガーの指には目を凝らさねば見えぬほど細い糸が括り付けられていた。
ネイガーは思い切り糸をまくり上げると。
「実践なら死だぞ」
ネイガーがそう口走った。
「どういう……」
意味だ。
と語り掛けようとした瞬間。
後頭部に激痛が走った。
「な!?」
痛みで仰け反り悶絶する。
地面に両手をつき涙目になりながら、ネイガーを見上げると糸を括りつけた木剣が手元に収まっていた。
「卑怯……だぞ」
「カノン。正攻法とは真っ向勝負をする事じゃない。
それは最終手段だ。ただ勝つという結果にこだわり。
だまし討ちで仕留められるなら、それが正攻法になるんだぜ。
まだまだだね」
一枚上手か。
策を弄されたとはいえ……
やはり君は強い。