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外伝 運命の旅路①


/3人称視点/


 運命に選ばれし者達。


 人はそれを勇者と呼ぶ。

 世界の命運を託され、多くの人々の希望の光。

 彼らは覚悟を決めていた。 

 手をこまねいている時間の猶予はなかった。

 最期のマニアクスは、ネイガーの助力もあり、ようやく打倒する事が出来た。

 指揮は高まったが、多くの代償も支払った。

 戦場では多くの者が散った。

 敵対するのは、魔物だけではない。

 人間同士争わなければならない場面も数多くあった。

 だが、立ち止まる訳にいかなかった。

 彼ら彼女らは戦いの終わりを見据え、前に進むしかなかった。

 運命に抗うと決めた者達は、徐々に数を減らした。

 死んだ者も居る。逃げた者も居る。

 勇敢に戦った者、故郷に帰った者、裏切った者、金に目が眩んだ者、堕落した者。

 師団は、旅団になり、連隊になり、中隊程度の人数となった。

 万から千、遂に百を切ったのだ。

 

 大量の荷物を積んだ馬車が行路を行き交った。

 交易の主品目である絹織物を運搬する為に整備された道は多くの国家を跨ぐ。

 名もなき道。

 過酷な旅路の先にあるのは根絶者の支配する地獄だ。 

 終末の騎士、根絶者との最終決戦も間近であった。

 

 

「おい! 新入りの荷物運び! おせぇぞ! 峠はまだ続くんだへばってんじゃねーぞ」


「へいへい」

 天内は荷車を引きながら不貞腐れた顔をする。

 

 小声で聞こえぬように悪態を吐く。

「こき使いすぎだろ。無償労働とはどうなってんだよ。ぶちのめすぞ。この時代のコンプライアンス」


「おい! 何か言ったか!?」


「親方の口髭は素晴らしいつったんっすよ! よッ! 男前!」


「わかってるじゃねーか! ス・グール」


「ハハハ。くそチョロいな」


「なんか言ったか!?」


 そんな問答が行軍の後方で繰り広げられてる一方、先頭には全身甲冑姿の極光の騎士。

 勇者カノンの姿とカノンの仲間の5人が威風堂々と馬に跨っていた

 

 ・

 ・

 ・


 点在する火の光。

 仲間が野営する姿。

 

 カノンは極光の騎士が酒宴の席の真ん中で仲間達と語らっているのを眺めていた。

 彼女と彼女の仲間である賢者や聖女は一騎当千の戦士。

 彼ら彼女らは分散し全てを見渡せる高台や木上にて野営する事にしている。

 勇者達にとってリスキーであるが、か弱い仲間を守る手段として有効であると考えた為だ。 

 

 一つは、軍を分散させ全滅を避ける為。

 二つは、敵襲の察知をいち早く知らせる為。

 三つは、裏切り者による被害を最小にする為。

 最後に、いつでも彼らの下に駆け付けられる為にだ。


「こんなとこに呼び出して、カノンの旦那。今日はなんですかな?」

 

 胡散臭い商人のような演技をする男が手をマゴマゴさせた。

 天内である。天内傑であった。

 

 カノンは『はぁ~』と大きなため息を吐くと。

「おい。いつまで荷物運びのフリをしているつもりだ。ネイガー」


「なんの事でやんすか?」


「胡散臭い喋り方をやめろ。馬鹿馬鹿しい」


「さて、なんのことやら」


 カノンは一言『ゼック』と、そう一言告げると、周囲一帯に感知の魔法結界を多重に張った。

「安心しろ。ここには僕……いや、私以外居ない。保障しよう」


 しばしの沈黙の後。


「時空間魔法の一種か」

 天内はボソリと呟くと瞼を閉じた。

 音魔法を発動させ周囲をくまなく索敵していく。


「これは獣……水の音……虫の羽ばたき……確かに。一番近い奴で百メートル先か」


 天内は目を開けると、パチパチと手を叩いた。

「多彩だねぇ勇者ってのは。

 広範囲の空間に干渉する魔法はユニークだから。

 マッピングに使えるんだよね。それ」


 天内は焚火の傍に腰掛けると、木の棒で火を弄ぶ。


「ネイガー。君の正体は私しか知らない。君は間違いなく救世主。もっと称賛されるべきだ。前に出て私達を導いて欲しい。君にしかできない事だ」


「おい。やめろって。買い被りだよ。お前らには俺の切り札を託してるじゃないか。俺の切り札を貸すのやめるぞ」


「ぬっ。それは困る。ネイガーのゴーレムは強すぎる……」


「ゴーレムね……まぁ違うんだけど。それはいいや」


 苦い顔をするカノンは目の下に隈を作っていた。

 

 ・

 ・

 ・


/カノン視点/


 

 呼び出したネイガーは摩訶不思議な手鏡『すまほ』と呼ばれるモノを見つめていた。

 私はネイガーの隣に腰掛けると、火の粉を眺め、ふと物思いに耽った。


 (わたし)は疲れていた。

 もうとっくに限界を通り越していた。

 多くの者を斬った。多くの命を摘み取った。若者の未来を閉ざした。


 最期のマニアクスとの闘いは私の心に大きな消えぬ傷を作った。

 近頃、眠る事が出来なくなった。

 疲労は蓄積されていく。無尽蔵に思われた体力が徐々に疲弊していくのを感じた。

 戦場に居ても、戦場でなくても私は誰かに望まれた勇者を演じ続けなければならない。

 

 疲れていたんだ。


 演じる事に。

 期待に応える事に。

 託される事に。

 

 その戦いの中で唯一自身を飾らなくていい人物が1人出来た。

 私は彼の存在に救われていた。

 戦力として、だけでなく心の支えとして。


 最期の仲間であり、最強の仲間。


 私達英雄()と呼ばれる存在を優しく包み込み陰影(りんかく)

 

 本当のネイガーはきっと誰にも語られない。

 誰にも見向きもされないだろう。

 ネイガーのフリをしたゴーレムがネイガーとして脚光を浴びているように。

 

「ネイガーは額縁のような人間だな」


「ん? どういう意味だ?」


「凄い人って事さ」


 ネイガーはしばし目をグルグル回し考えた後。

「バカにしてないかソレ?」


「素直な称賛だって」

 

 ああ。ホントに。

 彼は額縁のような人間だな、といつも思う。

 絵画に描かれるのはいつも私達だ。

 でも、本当に価値のあるのはその外観を着飾る額縁なのかもしれない。

 そんな顛末。笑えるじゃないか。


「ネイガー。私はただの村娘だったんだよ」


「その話、前も聞いた。えっとなんだっけか? 木こりの父さんと農家の母さんの縁談の話だっけか? 両親の縁談中カノンは川から流れてきた桃の中に入ってたんだよな?」


「違う! いつそんな話になった?」


「違ったけ?」


 他愛のない話をした。

 気兼ねなく、気の置けない奴だからこそ話せる話。

 本当にどうでもいい話の連続。

 私の家族の話。

 この戦いが終わったら何をするのかの話。

 未来の話を沢山語らう。

 そして話題はネイガーの居る時代の話になった。

 

「『すまほ』というのは、連絡手段だったのか!?」


「まぁね。高度な魔法なんて不要になるんだ。みんないつでも誰かと繋がっていられる。それこそ世界の裏側からだって色んな奴と話せるんだ。凄いだろ?」


「あ、ああ。それは凄いな」

 ああ。本当に凄い。

  

「そういや見せてなかったか。これが俺達の居る世界だぜ」

 ネイガーは『すまほ』に映る動く絵を見せてきた。

 

 そこに描かれていたのは、どれほどの職人が時をかけても作れそうにない建造物の数々であった。

「王の居城かなにかか?」


「んな訳ねーじゃん。こればビルって言うんだよ。主に働く人が通う場所だったり、市民が飯食ったりする所」


「そ、そうなのか……じゃ、じゃあ! これはなんだ!?」

 私は食い入るようにネイガーの映し出す絵に心を奪われた。


「これは、」

 ネイガーは語った。

 未来の世界の話を。


 ああ。なんと凄いのだろう。

 道行く者の衣装は(みな)ハイカラだ。

 立ち並ぶ街並みは夢幻(ゆめまぼろし)の幻想郷かと思わせる。

 

 この殺風景な時代に生まれてしまった私には想像も尽かぬ世界が広がっていた。

 

「俺の居た時代でも、飢えも戦争もなくならないけど……

 笑顔の人々は増える。今よりずっと。ずっと増える。それがこれ。これが証拠」


 ネイガーは微笑むと多くの笑みを浮かべる人々の絵を見せてきた。


「色んな人が頑張って、昨日より今日を繰り返してきた。その結果なのかもな」

 

 ネイガーは懐かしそうに未来の風景を見つめていた。


「そう……なのか。いや、そうかもな」

 

 私は静かに頷いた。

 ああ。少しだけ折れかけていた心に活力がみなぎってきた。

 だから、ほんの少しだけ。

 まだちょっとだけ頑張ろう。








運命の旅路③まで続きます



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