最強の能力
/フィリス視点/
「英雄とは、遍く世に光を齎す者……か」
協会にて祈りを捧げていた。
天蓋の端。
この国ではそこまで信仰されていない極光の騎士。
この世界の厄災を鎮めし極光の騎士の姿が小さくステンドグラスに描かれていた。
七色の光明を背に一筋の剣を掲げる白き甲冑を身に纏う英雄。
「極光の騎士」
遥か昔。
この世界の危機に現れた伝説とされている。
その存在は嘘か誠か。
所詮は寓話でしかなかった存在。
だが、現れた。
それは模倣犯か、それとも本物なのか。
「わからない」
私はその者の手によって救済された……と思う。
荒廃した王国を緑豊かな大地に変えた存在。
この国を掌握していた王侯貴族、その中枢たる聖騎士長を退けた国家の反逆者。
そして命懸けで災厄の雨を抑え込んだ英雄……とされている。
民衆支持は厚く、反対に、権力にしがみつく保守派には忌み嫌われる存在。
「たった一晩で、この国の態勢を塗り替え、国家の危機を未然に防いだ何者か……」
そして私は、そんな何者かにまんまと担ぎ上げられた。
「英雄と。……違う! 私じゃない! 私は何もしてない!」
単に寝ていただけだ。
何が起こったのか、何が引き起こっているのか私は何も知らない。
私は事後を伝え聞いただけにすぎない。
祭壇の門を開けた所までは覚えている。
その後の記憶が、さっぱりないのだ。
そこで誰かに会ったような気がするが、そこの記憶だけすっぽり抜けている。
まるで、記憶改竄を行う精神魔法を掛けられたような気持ち悪さがあったのだ。
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「む、無念」
本日7人目の挑戦者を蹴散らした所だ。
そいつの顎を揺らしてやると目を回してその場に倒れ込んだのだ。
「「「おおー!!」」」
周囲からパチパチと拍手が送られた。
本日7度目の事である。
もう一度言おう。7度目であると。
俺はうんざりして、それを無視するとスタスタ歩き出した。
この後、呼び出したまつりと部室にて待ち合わせをしているのだ。
まず、この学園の除草作業と整地作業の相談。
それは表向きの作業。おまけだ。
本題はビジネスの相談をしようと思う。
それと、部長様の小言を聞く必要があるかもな。
あんまり会話をしたくない。
有耶無耶にしているが、俺がコソ泥をやった事を問い詰められる可能性があるのだ。
一度も問答は引き起こっていないが、素知らぬフリを貫き通している。
ここまで来たら嘘を貫き通すしかない。
ゾロゾロと俺の後を連けるように人混みが動き出す。
少しだけ昔の思い出を思い出した。
卒業文集には将来の夢を扇動者と書いた。
アジテーターと書いたそれを見て先生は頭を抱えていたのを覚えている。
今の状況からそんな事を思い浮かべていた。
フッと微笑むと。
「よく考えれば、俺ってもしかして少しだけ個性的なのかもな」
「え?」
マリアは呆気に取られた顔をした。
「なに? どうしたんです?」
「天内さんは……まぁ、その……ユニークですよね」
随分歯切れが悪いな。
「そ、そんな事よりも! 本日のスケジュールは、まず森守先輩との会食ですね。その後はフィリスさんと部活動でよろしいですか?」
スケジュール帳を開くマリアの奴は半歩後ろから尋ねてくる。
「え? あ、うん? そうだね?」
こうなのだ。
コイツは突如留学してくると、まるでマネージャーのように俺に付かず離れずなのだ。
なんで?
「天内さん。マホロに早速お戻りになる準備もされていると、風の噂で伺っています。ここまで素早くお約束を守られるとは流石の一言に尽きます……」
「あ~。まぁ約束だからね……」
そういや、そんな約束をパーティーメンバーとしてたっけか?
してた気がするわ。
俺は、なぜここにマリアが来たのか訊きたいのだが、訊かない事にしている。
怖いからね。
あと、ちょっと役に立つのだ。
例えば、俺の話し相手になってくれるのだ。
キャバクラマリアはなんでも笑顔で頷く接客システム。
笑顔で頷き、なんでも褒めてくれるシステムが構築されている。
疲弊した自尊心を取り戻してくれる心の相談サービス。
なのでとても役に立つのだ。
ポリ公に追われている事をふとした拍子に思い出した時に俺の自律神経はおかしくなる。そんな壊れた自律神経を整える為にキャバクラマリアは非常に役に立つのだ。
「そうですわね。ええ。全く。流石は天内さん。私は信じておりますとも。
(にしても少々早すぎる! 事態が早く動きすぎている! なぜなの!? これでは私の計画。天内さん独り占め計画がご破綻になってしまうじゃないの。お邪魔な小町さんも千秋さんも居ないこの状況を利用し、田舎娘の露払いをしつつ、天内さんを甘やかして気に入られるという私の完璧な方程式が!? こうもあっさりご破綻になるなんて!)」
怪訝な表情でブツブツと呟くマリアの横顔。
やっぱ怖いわ。俺はこの女がやはり苦手なのだ。
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フィリス不在の部室にて俺はバインダーから資料を取り出した。
すると弟子17号がお茶を汲んできた。
「お師匠様。アチアチの粗茶になります」
「う、うむ。ありがとうね」
俺は最優秀生の一言を告げる、あの壇上での挑発から弟子が増えた。
自称弟子が増えすぎた。多分小町が知ったら卒倒すると思う。
流石に小町が可哀そうなので、弟子1号は永久欠番にしている。
弟子32号が肩を揉んでいた。
「お師匠様。どうです? お加減は?」
「サイコー」
もはや王である。
俺には王の資質があるのかもしれない。
「いいですか? 天内さんがあれがしたい、これが欲しいと仰ってからでは遅いのです。そんなものは事前に準備しておくことが肝要なのです。例えば今日は少し甘い物が召し上がりたいとするでしょう? その時何をしますか?」
「えっと。甘味の用意を、」
マリアは弟子9号の言葉を遮るように。
「違います!」
「へ?」
「全く。貴方は天内さんを何もわかっていませんね。お弟子さんを辞められた方がよろしくてよ」
マリアは小姑のようにチクチクと小言を言い始める。
「甘い物を召し上がりたい。では甘味を用意するのは当たり前の事。いいえ。既に用意出来てなくてはおかしいのです。甘い物が欲しいと思考される。その時に既に準備は終わってなくてはいけないのです。わかりますか?」
「そんな事」
と、弟子9号は言い淀んだ。
いやいや、それは無理があるだろうマリアさんよ。
マリアの奴は俺以外には滅茶苦茶当たりが強いのだ。
その二面性が怖い所でもある。
「甘い物を摂られたら、喉が渇くかもしれない。口の中をさっぱりしたいと思うかもしれない。逆に甘味を引き立たせる為に塩味のある物が欲しいかもしれない。まず思考をその領域まで持って行きなさい。先手先手を読むのです。わかりますか?」
さっぱりわからない。
そこまでする必要はないんだよ。
弟子9号はマリアの下で指示を受けるとコクコクと頷いていた。
すると、まつりが越智を同伴させて部室に入って来た。
「よっす。あまっち……後ろの子達は何?」
「さ、さぁ? なんでしょうね」
すっとぼけてみた。
「まるで、いかがわしい店のようだな。なぁ天内?」
キッと俺を睨む越智。
「そうっす……ね。みんな解散! 今日は解散だ! さぁ行った行った!」
俺は自称弟子共を無理矢理撤収させた。
「あらあら、森守先輩と越智先輩ではありませんか。ご機嫌よう」
挨拶をこなすと、頭を下げた。
「う、うん? マリアっち? なんで居るの? てか、この状況なんなん?」
疑問ばかりぶつけないでくれ。
俺が訊きたいのだ。
「あーそれはですね」
簡単に説明してみた。
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/千秋視点/
「いい気になってるな。アイツ」
女生徒を侍らせ、肩を揉まれていたアイツを眺め苦虫を嚙み潰した。
「スケベ野郎が。マリアの奴も悪い顔をしているし……おっといけない。ぶっ飛ばすのは後にしよう」
知人に気づかれぬように私は、彼の姿を遠目から眺めていた。
観察する為だ。
彼は他者に虚仮にされるような人物ではない。
マホロで隠し続けた力をなぜかここでは惜しげもなく披露している。
その理由はわからないが。
だからこそ、本来の実力が評価されるこの場において、誇らしくもあり、同時に末恐ろしさを覚え始めていた。
彼は多彩だ。ボクの推し量れぬ力を秘めている。
測定できぬ可塑性を含めれば、その力量は間違いなく世界随一に迫っている。
十指に入るかもしれない魔術師。剣術だけで言えば世界最高峰だ。
だが、隠し持つ力がある。
ボクが考えるこの世で最も恐るべき能力を彼は持っているのかもしれない。
それは時空を操る力でもなく、超抜級のエネルギーを放出する力でも、魔獣を操る力でもない。
――― 人を感化させる力 ―――
「彼は精神魔法は使えないと思う……」
でも……正直自信がない。そう決めつけるには確証が足りない。
本当は使えるんじゃないのかとすら錯覚してしまう。
人の心を掌握する力が突出しすぎている。
あまりにも都合よく人を動かしている気がする。
それはもはや洗脳の領域。
彼は自在に他者を動かしているように見える。
思い通りに人の動きを、精神を、支配している節がある。
意図しているのかもしれないし、してないかもしれない。
まるで、"ボードゲームの駒"のように人海操作を駆使している……
そんな錯覚に陥る。
越智に睨まれ、姿勢を正すアイツの姿があった。
「いや、考え過ぎか」