モブ
【最優秀生】
胸章にはそう書かれていた。
俺は係員から記章を受け取ると雑に胸に取り付ける。
隣の席にはあんまり会いたくない後ろ姿。
素知らぬフリを貫き通した俺は講堂の端に備え付けられた最優秀生のみが座れる数席の席に着座した。
隣からは胡乱な眼が、俺の横顔をまじまじと見つめる。
嫌な汗が流れ始める。
生徒達がゾロゾロと講堂に入り始めていた。
俺は耐えかねて。
「なんだよ。こっち視るなよ。俺があまりにも神々しいからって、そこまで見つめられると困るんだが。そろそろ拝観料貰うぞ。1秒500円な。はい、とりあえず1万ね」
手の平を差し出すと。
「マネープリーズ。ほらマネーを寄越せ。今すぐ寄越せ」
「誰があんたみたいな下種の顔を好き好んで見るものですか!? それに高い! 高すぎるわ! この守銭奴! 下種!」
食って掛かるフィリスの大声は、前期の終業式を準備する講師の顔を歪めさせた。
「そんな大声出すなよ。田舎者みたいだぞ……あ、フィリスは田舎者だったわ」
「バカにしてるのか!? 馬鹿にしてるよなぁ! お前は!」
俺の胸倉を掴むフィリスを窘める。
「まぁまぁ。落ち着きなよ。ちょっとしたジョークじゃないか。あんまり醜態を晒すと乙女の品性に関わるぞ。ほら見なよ。先生諸君の困った顔を」
フィリスは俺の指摘を無視すると。
「誰のせいだ! 誰の!」
ブンブンと俺の胸倉を揺さぶり頭がガクンガクンと揺れる。
なんだか。気分が悪くなってきたぞ。
「うっぷ」
胃液がせり上がる。
「フィリス、その手を……離してくれ。朝食った三郎ラーメン吐きそうになってきたわ、うっぷッ!」
吐きそうな顔をして嘔吐しそうになると。
「ヒィ!?」
その言葉を聞きフィリスは突然手を離す。
遠心力で俺は後ろに仰け反るように倒れると後頭部を思い切り地べたに叩きつけた。
「うっ!? おっ!?」
三郎ラーメンの麺が一瞬喉を掠めたの感じ取った。
なんとか吐かないように食道の運動をフル稼働させる。
「だ、大丈夫か!? は、吐くなよ。ゆっくりだ。ゆっくり、そのまま。悪かった、いや。私が悪いのか?」
フィリスは自身に被害が出ないようにジリジリと後ずさっていた。
「天内さんご機嫌麗しゅう……くない……お加減が優れないようですが」
「ま、マリアさん」
いつの間にか、ヘッジメイズに留学してきていたマリアじゃないか。
いいところに。
「ご機嫌はよろしくないです……ね。ところでエチケット袋あります?」
「へ?」
呆けた顔をしたマリア。
ないようだ。
「あ……ダメだ」
俺は、自分の制服のポケットに嘔吐した。
「「ヒィ!?」」
フィリスとマリアがドン引きしている声が聞こえたような気がした。
・
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最優秀生として登壇していた。
「では、天内くん。皆さんに一言頂けますか?」
終業式の進行を担当する教員が俺に問いかけてきた。
「あー。はい」
制服を脱ぎ捨てた俺はジャージ姿。
俺だけジャージである。ふざけている訳ではない。
男子生徒が少なすぎて予備を急遽用意できなかったのだ。
ヘッジメイズの男子生徒は俺の事を良く思ってない事もあり、誰も制服を貸してくれなかった。
なのでジャージ姿なのである。
本年度前期の最優秀生としての簡単な言葉を紡がなくてはいけないのだ。
「天内さんのお出ましよ」
「素晴らしい勇姿ですわ!」
「眩しい。眩しいわ。あんなダサダサなジャージ姿なのにカッコいい。どうして!?」
一部の女生徒から黄色い歓声が上がっていた。
気分が悪くなってきた。黄色い歓声を聞く度に、マズイなと思い始めるのだ。
違う! そうじゃない!
もっと「死ね! 消えろ!」とかフーリガン並みの言葉を投げかけてくれ。
「ゲロの優秀生のお出ましだ」
「品性の欠片もない癖に」
「よそ者が。消えればいいのに」
俺の事を気に食わない連中がヒソヒソと陰口を叩いていた。
そう! これこれ! 気持ちいいぜ!
心地いい歓声がちょっとだけ聞こえた。
悪口と陰口を聞く度に、『あー、モブやってんなぁ~』と嬉しくなるのだ。
あ、ちなみに俺はマゾではない。
決して。いや、ほんとに。多分……
マイクを手に取ると。
「あーこの度はどうもどうも。皆さん。ご機嫌麗しゅうです」
俺は最速でこの学園の記録を塗り替えた。
まだ3週間ほどしか経っていないにも関わらず、俺は全ての記録を塗り替えたレコーダーホルダーとなり、文句なしの成績で最優秀生の栄誉を賜った。
計画通りである。これで、俺はマホロに帰還できる。
これは確定だ。言質も取った。
故に、少々の無礼も許されるだろう。
俺には言わなきゃいけない事があるのだ。
「では、僕から皆さんにお伝えしたい事があります」
俺は今からこいつらを煽るのだ。
彼らはモブである。
メガシュバ本編には登場しなかった有象無象のモブだ。
物語では1行、一言で済ませられる"群衆"、"民衆"、そんなチープな単語でしかなかった者達だ。
メガシュバ上では俺よりもモブだろう。
なんせ名前すら知らんからな。
だが、彼らには個性があり、人格があり、感情がある。
"群衆"。
そんなマクロな言葉で一括りにするには勿体ないほどの者達だ。
1行も歴史に描かれない者達だとしても。
仮に世界に選ばれなかった者だとしても。
神に、世界に、不要だと認識されていようとも。
確かにこの世界に根付き、この世界で生を謳歌すべき尊い存在だと。
俺はそう思うんだ。
「皆さんはどうしようもないぐらい雑魚である」
静寂が講堂内を支配した。
「僕……この俺が強いのではない。優秀なのではない。
諸君らがあまりにも低次元すぎるのだ。
そうじゃないかな? 有象無象の雑魚の諸君」
「な……んだと」
フィリスが困惑しながら一言呟いた気がした。
「語るに値しないほど弱すぎる。無能と言って差し支えない。
武力も知能も諸君らが束になって掛かって来ても俺の足元にも及ばない。
俺は凡人だ。だが、君達はそれ以下だ。
それはあまりにも弱すぎるからだ。
いや、無能だったかな。なに、無能ほど残酷な事はない。
生きる価値がないとは言わんが、無能には生きづらい世界なのは間違いない。
随分と生きづらい人生を送ってきたのだろう。
そこはご苦労様でした。と、平凡な俺から労っておこう」
俺はニヤニヤしながら、全校生徒のみならず、教員諸君の顔を眺めた後。
「無能な諸君。
この世界は一部の、極々一部のとんでもない連中が支配している。
無能は気づかない。それはなぜか?
この世界の仕組みに迎合しているからだ。
慣習なのか、それとも伝統なのか、歴史が、親が、教育が、個人の欲望がそうさせているのか。
まぁどうでもいいが『そういうものだ』と暗に納得している。
『私には、俺には関係ないと、そんな事はできない、自分だけが満たされればいい』それでいいと。そんな風に思い込んでいるからだ。
無能故に仕方のない事だが、弱すぎて大局的視点を持ち合わせていない。
無能故に、自分の事しか考えられない。
いや、無能だからこそ、節穴なのか。
君らの眼は節穴だよ。
なるほど。ならば仕方ない。なぁ? そうは思わないか?」
「なんと失礼な! 無礼者め!」
「黙って聴いていればいい気になりやがって!」
「下種が!」
講堂のどこかしらから怒号が飛んだ。
講堂内は騒めくが、俺は手で制した。
「少々黙れ諸君。吠えるしか出来んとは。それが弱さだと今もなお理解出来ぬか」
俺はわざとらしく、やれやれと肩を竦める。
「怒りに任せて今すぐ、俺に挑む気概ぐらいみせられんのか? どっかの誰かさん」
舌打ちが木霊した。数秒待ってみたが、特に行動を起こす者は居なかった。
「全くつまらんな。では、話を続けよう。
弱い者は搾取される。弱い者は何も成しえない。
力なき正義が語る、力なき道徳や理想ほど滑稽なモノはない。
そんなものは下らないからだ。
現に今、下種だと嘲笑われるような俺に好きなように言われているのだからな。
これが正しさだ。強者は全てが許されてしまう。
仮に俺が間違いを起こす者だとして。
お前らが束になって掛かって来ても、諸君らは俺に傷一つ付けられない、
なんなら、俺が本気を出せば、君らの首など1分以内に壇上に並べる事すら可能だ。
強者の前では弱者は無能で無力だ。
故に好きなように言われる。好きなように振舞われる。
反論すら、ヒソヒソと陰口でしか返す事が出来ない。
それがこの世界だ。社会の縮図などではない。
これが世界なのだ」
ピリピリと張り詰めた空気が支配している。
教員諸君はポカンとした顔をしていた。
「お前達はそれでいいのか!?」
俺は壇上で吠える。
そろそろ疲れてきたな。
結びの句を紡ぐとするか。
「弱さは罪だ。腕力が劣るだとか、知識や知恵がない事がではない。
自分は弱いと、劣っていると、才能がないと諦観する事。
その心根の在り方が弱さであり罪だ。
理解できるか? ならば今すぐ足搔け。死ぬ気で足掻け。
この俺を嫌悪し、この俺が間違いだと否定するのであれば、この俺に挑み打倒してみせろ。
その為に強くなれ。その道筋はお前らが自分の手で切り拓け。
努力を怠るな。研鑽を怠るな。知恵を振り絞れ。
考えて、考えて、考えて、研ぎ澄ませろ。
心を、肉体を、知識を最大限まで研ぎ澄ませろ。
心の瞳を研ぎ澄ませろ。
大事なモノを見失わないように!
そしてこの俺に挑め。
いくらでも胸は貸してやろう。
さすれば、あるいは、この俺に土を付ける事ができるやもしれん。
……最後に。
世界の縮図を、因果を、宿業を断つ事が出来る者がこの中から現れる事を切に願う!
以上!」