イマジナリーフレンドに話しかける痛い人
/カッコウ視点/
「しくじったな」
悪態を吐く事しかできなかった。
辺り一面、霧に覆われた荒廃した街並みが広がっていた。
人は1人も居ないように思わせる。
実際には居ないのかもしれないし、居るかもしれない。
空は曇天。銀でも白でも灰でもない。
どす黒い灰色という表現が近い。
目の前に映る雑居ビル群は窓ガラスが割れ、亀裂が大きく走り崩壊し始めている。
足元の大地はひび割れ陥没している。
窪みからは間欠泉のように紅い血飛沫が大地から噴き出していた。
構造物の至る所には、植物の蔓のように脈打つ血管が絡みついている。
それだけでも異様な光景なのに小刻みに蠢く赤黒い肉塊が至る所に付着しているのだ。
肉塊をよく見ると人間の露出した眼球や歯がデタラメに肉塊の至る所にツギハギに接合させれている。
「趣味が悪いな」
かび臭い風向きが変わると、鼻を覆いたくなるような硫黄のような、タンパク質が腐ったような、何とも表現し難い臭いが鼻をついた。
僕は……
「悪夢の世界に誘われた」
という事だろう。
そこに引きずり込まれた。
僕は気が付いたら荒廃した交差点の中心に1人立ちすくんでいたのだ。
天内くんはマークしていなかった。
「あいつの事を」
恐らくこれは奴が元凶の鏡合わせの夢魔界。
望んだ心の真実を映し出す快楽の世界。
夢の牢獄に閉じ込められた者達を調査する為に僕はこの世界に足を踏み入れた。
「ここが快楽の世界ではないよ……な」
眼前に広がる世界は真逆である。
恐らくここは、人間の秘めたる狂気を集積し具象化したあの女の狂気の精神世界。
それが僕が調査の過程で掴んだ推測。
どこからか雄叫びに似た、断末魔にも似た咆哮が轟いた。
徐々に霧は濃くなり、視界の先はホワイトアウトしていく。
「まるでホラーゲームの世界だぞ。天内くん。早く来てくれよ。僕はこの世界に長くは居れそうにない」
彼ならば遅かれ早かれここに来るはずだ。
「そしていつものように」
なんとかしてくれる。
「それまで……何としても生き残って見せる」
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/3人称視点/
夜明けと共に語られたのは伝説の再臨であった。
夜明けと共に現れた白銀の騎士は王都の中心。
天空にて快哉を叫んだ。
右腕の剣を天に掲げ、左腕の中にはフィリスを抱き。
『フィリスこそが天災を治めた立役者だ』と、そう告げると颯爽と飛翔したのであった。
それがついさっきの話。
ここは王都三ツ星レストラン。
貴人か富豪しか訪れる事が出来ない場所。
ある男は気掛かりがあった。
そのせいで飯が喉を通らなかった。
否、飯は食うのだが、食えないフリをするのだ。
食えないと思い込み、喉が通らないと嘯くのだ。
奴は自身の精神と戦っていた。
仕事をこなし、なんとか気を紛らわす。
そう天内である。
「俺は2択を間違ったんじゃないのか? 落ち着け俺。まだ焦るような……いや、焦るべきか」
この男は自身のやってしまった事を脳内で反芻し始める。
(フィリスの奴に姿を見せたのはまずかったかもな。
早計だった気もする。考えなしに動いてしまったかもしれない。
俺は馬鹿だ。大バカを通り越してうんこである。
吐しゃ物混じりのゲボうんこだ。
早朝の新宿2丁目のポリバケツの中身ぐらいの存在でしかない。
そもそも俺の人生偏差値は30しかない。
これまでの人生で全ての二択を誤ってきた男。
さながら運転免許の試験で0点を叩き出すぐらいに俺の人生偏差値は低いのだ。
そもそも俺は奴に『俺は学園をジャングルに変えた張本人ではない』と告げに行った。
張本人だけど。それはこの際どうでもいい。
いやどうでも良くはないが、どうでもいいと思い込もう。
俺の精神が持たないので。
成功したのか? 被害届は確認されていない。
あの様子じゃ、理解していなかったぽいので大丈夫だ。
だが、証拠がないのだ。
『俺は犯人じゃない』と念入りに刷り込みをかけておいた。
大丈夫なはずだ。なぜなら俺は今、シャバでのうのうとしている。
司法の裁きと正義の鉄槌を受けていない。
という事は俺は無罪のはず……
いいや、それもあるが。
懸念が別にもあるのだ。俺は祭壇の貴金属を盗んでいる。
盗人だ。いやいや。しょうがないじゃないか。
君は最強文学、羅生門を読んだ事があるだろうか?
しょうがないのだ。ドロップしているのなら回収する。
お前の物は俺の物。落ちている物は俺の物。
そんな教訓が羅生門には描かれていた。
ちなみに返す気はない。返せないのだ。だってもう溶かしたんだもの。
溶かして、ついさっき売っちゃったんだもの。
売った金で、今飯を食ってるんだもの。覆水盆に返らずなんだもの。
だが、フィリスの野郎が、『アイツは祭具を盗んだ大罪人だ』と宣告されたらどうなるのか?
)
「ジ・エンド」
フッと鼻で笑った。
天内はブツブツと呟きながら、少し遅めの朝食を小鳥が啄むように摂っていた。
越智はポツンと1人で食事を摂る奇妙な独り言を呟く男を凝視した。
「アイツは何を1人で話しているんだ?」
手鏡で自身の身なりを確認する森守が顔を上げると。
「キモいね流石に」
天内に呼び出された森守は率直な感想を述べた。
「というか、なぜここに居る? ヘッジメイズに居るはずでは?」
王国の救世主として三ツ星レストランのフリーパスを携えた越智は、天内が偶然居合わせるにしても偶然すぎないか、と疑問を浮かべていた。
「さぁ?」
(待ち合わせをした覚えはないけど……まっいっか!)
そんな質問は天内に呼び出された森守にとっては些事であった。
天内は脂汗を流しながら伏兵にコンタクトを取り、結果を伺う。
「少々俺も忙しくてな。結果を聴くのが遅れた。
……ふむふむ。そうか! よくやった。流石我が切り札。
お前がナンバーワンだ。
で? どうだ。どれほど衛星上の作業に支障をきたした?
ふむふむ。やはり時間を使い過ぎたか。
それと本題だ。フィリスの奴の件だが……」
天内は恐る恐ると言った表情。
しばしの沈黙の後、パッと笑顔になると。
「そうか。フフフ。全て貴様の仕業という事にしてくれたか!?
海面密林化と学園の深緑化はお前の所業にしてくれたか!?
よくやった! いやー! 飯が旨い! 助かった!
詳細? 詳細と理由は訊くな。
これは壮大な計画。
お前がやったという事にしてくれればいいのだ!
フハハハハハ!」
「突然笑い出したぞ。クスリでもやってるんじゃないだろうな」
越智は奇妙なモノに近づかないよう後ずさる。
「確かに独り言っぽいね。流石あまっち。変人ぶりはここでも健在だったとは……」
「ん? ハイタカとミミズクから連絡のようだ。
すまんな。お前は引き続き軌道上に戻り作業に取り掛かれ。
うむ。頼んだぞ。っと、次は」
天内はこめかみを少し叩くと机の上を握り拳で叩いた。
「お前達は何をやっていたんだ!? 今さら連絡を寄越してきやがって。
ふざけるな! 肝心な時に居ないじゃないか!?」
「今度は怒りだしたぞ。落ち込んでいたかと思うと、上機嫌になったり、癇癪を起したり……あの男大丈夫なのか?」
「あまっちは大丈夫……じゃないかも」
「なに? 人命救助? ボランティア? 野戦病院? 俺の意図を汲んだだと!? ……ふむふむ」
天内はしばし顔を青ざめさせると、胸を抑え動悸の発作を抑え込んでいるポーズを取った。
「お、おう。見事だ。そ、そうなのだ。よく気付いたな。
その為のケハエール……す、す、す、全ては俺の手の平の上よ……
ん? 戦力を増強したい? そ、そうか……カッコウに相談してくれ。
カッコウと連絡が取れない? アイツも忙しいんだろう。
一旦切る。ああ。少し気分が悪くなってきたのだ」
「忙しい奴だな。今度は顔色を悪くさせて突然ブルブルと震え始めたぞ」
「あまっちは喜怒哀楽の幅が激しいからね。もしかしたら自律神経が壊れてるのかもしれないけど」
「アイツはまだ気づいてないようだ。見なかった事にしよう。っておい!」
森守は越智の制止にお構いなく天内に声を掛けた。
「よっす~。あまっち! 随分と忙しいようだね。
公共の場であんまり変人ぶりを発揮するとお巡りさんに捕まっちゃうぞ!」
「あ。そういや。グリーン汁プロジェクト……」
天内は顔を上げ、マジックキノコの栽培で一儲けする企みを思い出したのであった。
「グリーン汁?」
「あ、いや。秒速で1万稼ぐビジネス……」
「ビジネス? なんの話?」
「ハハハ」
天内は渇いた笑みを浮かべ苦虫を嚙み潰した。