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ミーンワイル2:夢魔界都市トウキョウ 『Candy Land』


/小町目線/



 どこまでも広がる青い空。

 マホロを卒業し、何度目かの冬を迎えた。

 本日は大晦日。


 先輩は学園卒業後農家になり、私は彼に連いて行く事になった。

 優秀な成績を残した私はあらゆる道が開かれていたが、彼に連いて行く以外の選択肢はなかった。


 それが最善であり、最も幸福であると確信したからだ。

 周囲からは勿体ないと言われたが、正直どうでも良かった。

 私は地位とか名誉とか富とか、そういったものにあまり興味がないようなのだ。

 

「ほら、先輩。ようやくですね。いつも逃げてましたからね。遂に年貢の納め時です」


「お、おう」

 その顔は緊張して強張っていた。

 

「いつものニヒルで飄々とした感じでいいんですよ。かしこまらなくても」


「そ、そうかぁ? てかニヒルで飄々ってなんだよ」


「意地悪で底意地悪いって事です」


「舐めてるなコイツ」


 髪の毛をぐしゃぐしゃにしようと手の平が迫った瞬間。

 ヒョイっと避けると、先輩は驚いた顔をしていた。


 得意げな顔をして。

「ふん。どうです? もはや私は先輩より実力者ですからね」


「な!?」

 

 そうなのだ。

 私は既に先輩を凌ぐ世界一の剣士である。

 先輩の遅すぎる嫌がらせなど、止まって見えるのだ。


「私は、いい意味で意地悪って言いたいんです。それにですよ。猫被った所で、今さらって感じです」


「なんだよ。なんだか(けな)されている気がするんだが」


「貶してません。いい意味で馬鹿って事です」


「バカにしてるじゃねーか」


 いつものやり取りであった。

 いつもこんな事感じであり、私は心底可笑しくなる。


「ほら、襟曲がってますよ」

 先輩が珍しく正装してきたのだ。

 いつもダサい格好ではなくスーツ姿であった。

 私はスーツの襟を正すと、肩をパンパンと音がなるように強く叩いた。


「痛いなぁ」


「ほら、早く歩く」


「緊張してんだよ。こっちは」


「いいからいいから」

 

 先輩は恐る恐る私の実家の玄関の扉に手をかけた。


 先輩は私の両親に挨拶しに来たのだ。

 無口になり奇行を繰り広げない男は終始低姿勢であった。

 母と共に手料理を作り、父に睨まれる先輩。

 緊張した猫かぶりの先輩は父に怪訝な顔をされながら、何度も目で『助けてくれ』とアイコンタクトを送ってきた。

 ちょっと面白いので見て見ぬふりをしてみる。


「いい性格ねアンタ」

 母は少し呆れていた。


「これもいい勉強になるでしょ。変人の先輩にも偏屈な父さんにも。それに面白い化学反応が見れそうだし」


 すると、父さんの怒号が突然飛んだ。


「どこの馬の骨とは知らねぇがとっとと出て行け。小町はやらんぞ!」


「低姿勢で接してやってんのに、図に乗りやがって! この禿げチャビン!」


「てめぇ! 遂に言ってはいけないタブーを! 何様だ!」


「俺様なんだよ!」


「てめぇ! 天内! やんのか!」


「おう。やってやるよ。ご隠居のハゲ!」

 

「ほら始まった」


 私はシメシメと意地悪な顔をした。

 先輩と父さんが上手く行くとは一切思ってない。

 いい意味で似たモノ同士。

 ()りが合わないと思っていた。


「やっぱりか……」 

 

 私は呆れたのだ。

 先輩と父がプロレスを始めていたのだから。

 

「おい! 頭皮を狙うのは反則だぞ!」

 父にヘッドロックされている先輩が父の少なくなった髪の毛を掴んていた。

 というか毟り取ろうとしていた。


「うるせぇ。戦争に反則もクソもねぇんだよ! いてぇだろうがタコ!」


「おい! 小町。コイツはとんでもねぇ野郎だ。今わかったぞ! 遂に本性を現しやがった! 頭皮から手を離せ!」


「毟り取ってやる!」


「はいはい」


 そんな馬鹿馬鹿しい喧嘩を眺めながら。


「幸せだなぁ」

 私はポツリと言葉が漏れてしまった。

 久しく感じた事のない胸が温かくなるような感覚に囚われた。

 

「どうしたの? 小町」


 母が私の顔を覗き込んでいた。

 

「うん。こんな日常がずっと続けばいいのになって」


 母は一瞬、驚いた顔をした。


 喧噪に包まれる我が家。

 本日は新しい家族を迎え入れた記念すべき日。

 母は私の言わんしている事を感じとったのか。

「そうねぇ」

 と一言呟いた。

 

 幸福な夢。

 なんて甘い世界(キャンディーランド)なのだろう。

 それが遂に実現して私は世界一幸せだと心の底から感じていた。


 ・

 ・

 ・


--時は少し遡る--


 先輩は居なくなったけど、アイツの言いつけ通り修行は毎日欠かさず行っていた。

 そんな朝の日課を終えたところであった。

 これから私はカフェに行くのだ。

 息抜きの為に友人とのお茶に行く約束をしていた。

 

 寮を出て校舎が見渡せる遊歩道を歩きながら学園を眺めていた。


「先輩以上にアホが居たとはねぇ~。いやはや世界は広い」


 詳細は知らないが、マホロ学園はここ数週間の間に大きな事件があったようなのだ。

 学園は封鎖されており、生徒会も再編されるとの噂も囁かれていた。

 校舎が半壊しているのを傍目に馬鹿が実験の失敗でもしたのかと思いながら歩を早める。

 

 商業区に出るといつも通り人の渦であった。

 それにしても…… 


「なんだか静かだ」


 人でごった返しているが、皆無口だ。

 賑わっている群衆、グループも居るには居るが。

 普段よりも喧騒らしい喧騒はない。

 うるさくないのだ。

 無口になっている人々は皆一様に恍惚とした表情で手鏡を覗いていた。


 待ち合わせのカフェに辿り着くと友人の湊は鏡を凝視してまつ毛を弄っていた。

 

「なにそれ?」


 私は湊の手元にある随分と凝った意匠の鏡を指差した。

 街でみんなが見ていた手鏡であった。


「よっす~。まぁ座りなよ」


「う、うん」

 

 適当に注文を済ませると。


「なんか。今日は静かだね」

 辺りを見渡すも、やはりいつもより幾分静かに感じる。


「そう?」


「うん。なんか。湊の持ってるのと同じのをずっと眺めてるんだけど。流行ってるの?」


「あんた知らないの? これはね。真実を映し出す鏡」


 鏡から視線を外さず頬を緩ませる彼女は一切私に目を合わさなかった。

 知ってて当然のような反応なのだ。

 少しムッとすると。


「私はね。貴方のようにお暇ではないので」


 湊は目線を上げ、私の全身を見た後ため息を吐いた。

「小町さぁ。そろそろ化粧とか覚えた方がいいよ。なんて言うか。ダサい?」


「ダ!?」

 ダサいと面と向かって言われた。

 アイツにいつも言ってる言葉を、この私が言われただと!?

 いや、化粧とかした事無いし、コスメとか言われてもピンとこないけど。

「この私が!?」

 

「うん」


「即答!?」


「少しはミーハーになった方がいいよ。

 小町は素材は悪くないんだし。

 それにメイクも覚えないと、なんかねぇ。

 いつも修行とか言って棒切れを振り回すのもいいけど。

 なんて言うか。それより大事な事があると思うんだ私」


「な……」


「そろそろオシャレに気を遣わないと……枯れちゃうよ?」

 やれやれと、肩を竦めると、湊は再び鏡に目を落とした。


 ば、馬鹿にされている。

 確かに少し浮世離れしてしまっている自負があった。

 アイツの事で思考のほとんどを持って行かれていた。

 なんたる屈辱。


「どこに売ってるのそれ!」


 私は湊に詰め寄った。


 ・

 ・

 ・

 

 湊から教えて貰った流行の鏡を購入した私。

 梱包を解いてみる。


「なんでもない鏡じゃん」

 

 手鏡を手元で遊ばせながら、磨き上げられた鏡面を覗き込む。

 マジックアイテム『真実の鏡』。

 そこに映る自分と眼が合った瞬間であった。

 ガラスの割れるような音が脳内に木霊した。


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[良い点] 待ってた。 これが真実の鏡の世界だって?
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