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友になれたかもしれない男


/ピクセル視点/


「■■■■! お前のやり方は……間違っている……と思う」

 カノンは私の胸ぐらを掴むと弱々しく呟いた。

 

「結果として多くの民を救えた。1人の犠牲でその何万倍の人々が救われるんだぞ! 仕方ないだろう! これしかなかったんだから!」

 

 私は視たのだ。

 この未来を視る力で奈落より這い出る雨の巨人が多くの者を虐殺する未来を。


 これの顕現を防ぐ為に気象を操る特別なグレイの血を捧げる事による解決を編み出した。

 私はこの国を救う方法がこれしかないと確信していた。

 結果、1人の少女の血……

 肉体が熱融解するほどの魔力を込めた大魔術によりエルフと獣人の国に蒼穹を(もたら)した。

 この国を危機から守った。 


 カノンはか細く。

「それでもネイガーなら、きっと……なんとかした」


 またネイガーだ。

 極光の騎士は世界の命運を懸けた大戦の後、この時代から退去した。

 残務処理や大きな課題の残ったこの世界を投げ出して奴は消えた。


「ネイガーなら犠牲を出さずになんとかしたはずだ。

 ネイガーなら飄々と笑いながら無理難題をやってのけていた」


 頭に血が上るのを感じた。

 ずっと邪魔だった男の名を呼び続けている。

 カノンはいつも『ネイガーなら、ネイガーなら』と。

 場の空気を読まぬ道化の事を懐かしそうに(うめ)くのだ。

 

 それが何よりも気に食わなかった。

 あれはこの時代の人間ではない。

 それはカノンもわかっているはずだ。

 なにより、私とカノンの間に居るべき存在ではなかった。

 

「ネイガーはもう居ない! 現実を見ろよ! じゃあお前が!」

 

 『なんとかしろよ!』と言おうとして後悔した。


 カノンは手の平の力を緩めると胸を抑えると。


「ッ……そうだな」

 悔しそうに唇を噛む。


「少し頭を冷やしてくる。お前も頭を冷やせ。これだけは言っておく。平和に犠牲は付き物だ。全てを救おうなんて傲慢な事を考えるな」


「私はお前がわからないよ。なぜ相談してくれなかったんだ」

 

 カノンの声が背中越しに聞こえた気がした。


 随分と昔の事を思い出していた。

 過去の鏡を見ていた。


 ――――

 ―――

 ――

 ―

 

 思考を現在に戻すと。

 目に視えぬ盤上に一手が指された。

 そんなイメージを思い浮かべ瞼を開くと、ほんの少し息を吐いた。


 私の持つ未来を見通す力。

 この世界が辿る(きた)るべき()()を修正する力。 

 それが何度目かの妨害を受けた。

 

「恐るべき速さで未来が書き換わっている……この結末は予想外だな」

 

 時の加護を持つ強力な(マニアクス)が一騎落とされた。

 予定では夜明けまでに王国は雨の巨人によって滅びるはずだった。

 しかし現在、王国に幾百万の血が流れていない。

 (いま)だ巨人は海上で蠢いている。

 これも予想外。

 

「私の……未来を引き寄せる力が……押し負けている……()()()の差が出たという事か」

 

 それは懸念していた事だが思慮の範囲内。

 あくまで可能性でしかなかったが、確信に変わっただけ。


 それに。

「確認は取れた」


 ベイバロンの視界に仕込んだ遠見の魔術を駆使する魔蟲によって確認した。 

 奴は居た。ネイガーはこの時代の人間だ。

 この時代に生まれ、この時代を生きる人間。


「僥倖」

 

 それだけでも僥倖であった。

 

 奴は神の視座を持つ私が倒さなければならない存在。

 奴の息の根を止める事ができるのは、奴の生まれた現在軸でしかできない。

 運命力の収束に邪魔されるから。

 

 私はこの時代に居るであろう狂気の感染者……

 いや、シュヴァルツ・ネイガーと対局をしている。

 勇者でも、聖剣でも、魔人でも、魔剣でもない。

 そんな大仰なものではない。 

 そんな者達と争った所でそもそも勝負にならない。 

 我々は弱い。


 私の事を稀代の天才と持て囃さようとも。

 ネイガーが人知の及ばぬ伝説の英傑と謳われようとも。

 

「これは紛れもなく凡百たる凡人同士の戦い」

 世界に選ばれず、それでも己が力で世界の運命に抗う者同士。


 白銀に輝く甲冑を身に纏う騎士が魔人の一角を落とし、恐るべき速さで天高く飛び去ったのを見届けた。


「捕縛は叶わずか……だが、見たいものは視れた」


 雨の巨人と王国騎士団の戦局の行方を見届ける事無く、玉座から重い腰を上げる。

 次のネイガーの着地点を計算しつつ国を発つ準備を開始した。

 

「私はどこまで行っても単なる凡庸な人間でしかない。選ばれなかった端役でしかない」

 

 私は私の事を誰よりも知っていた。

 どれほど高度な魔術を極めようとも。

 どれほど莫大な財や地位を築こうとも。


 孤独であった。


 私には何もなかった。

 私は結局カノンに選ばれなかった。 


 自分自身が凡人である事を理解していた。

 どこにでも居る凡庸な思考しか持たぬ。

 この世界の祝福を受けなかった誰にも選ばれなかった1人だと。

 

「そう。私はただ器用なだけだ。器用さから重宝されたにすぎない」


 少しだけ人より出来る事が多かっただけ。

 足が速い、算術が得意、芸術的感性を持つ……

 そんな事と大差はない。

 

「私の魔導の師であるネイガー。道化の貴様も所詮凡庸な人間でしかない。そうだろう?」


 虚空に向かい問いかけた。


 私は、今でこそ伝説と謳われるネイガーすらも凡庸な存在である事を見抜いていた。

 どれほど人間離れした技巧を駆使する怪物であろうとも。

 例え狂乱者の汚染を受けた存在であろうとも。

 その実、どこにでも居る、普通の人間だ。


 食事を摂り、眠り、人を愛する。

 そんなどこにでも居る人間だ。

 

 妄念に()りつかれた凡人である私。

 同じく狂人たる紛い物のネイガー。

 

 私は障害となり続けたアイツを必ず殺す。

 カノンと共に過ごす為に。

 邪魔なアイツを殺すのだ。

 

「友になれたかもしれない男を」


 あまりの皮肉に自嘲した。



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