極光の騎士:シュヴァルツ・ネイガー
巨人の影が濃く、大きくなっていた。
海上では迫撃砲が撃ち込まれているのか、光が明滅している。
難破船が至る所から汽笛を鳴らしていた。
ブレークタイム取りすぎたわ。
「ちょっと。急がなきゃまずいじゃん」
タコのような触手を口髭のように生やすタコ頭の巨人。
100メートル級の超級ダンジョンのボス。
超級ダンジョンのボスクラスに対抗できる戦力は、少なくともこの国にはない。
本来、星5相当の戦略級魔術師5人のパーティーで苦戦して倒す敵。
俺自身、夏イベ攻略も恐ろしい時間を費やし、HPを削っては撤退を繰り返すゾンビ戦法で辛勝した。
それぐらい手強い。
それが超級ダンジョンのボス達。
王都に寄越した一騎を気にしながらも。
「奴は別件だしな。てか、早く出ろよ。攻略に行けないだろうが」
先程からハイタカとミミズクに連絡を取る為、1分以上コールを鳴らしているのだ。
うんともすんとも言わない。
武器補充要員のハイタカと回復役のミミズクが居ないと話が変わって来る。
通話を切ると。
「行くしかねぇわな」
俺は思考よりも先に身体が動いていた。
遠目から巨人に向かって海上戦を繰り広げている様子が伺える。
光の礫が巨大な影に向かって何発も打ち込まれているのだ。
王国の騎士団が動いて本土に到達しないように応戦しているのだろう。
そんな思いの中で俺は海面を駆けて徐々に近づいて行く。
戦禍の中。
木片の上に立つと状況を確認した。
「つっよ」
感想は『強すぎないか?』である。
王国の騎士団が束になり、巨人の身体を這いまわりながら攻撃をぶつけていた。
それはいい。
この国を襲う災害を撃退すべく戦う公務員って感じだ。
「そうじゃない!」
まず、状況に目を疑った。
海面が緑地さながらになっているのだ。
海上だった場所は一面花畑と雑木林に支配されていた。
「それも今はいい! さっきより状況は深刻になってはいるが!!」
海面から生える深緑が巨人の進行を妨害しているのだ。
投網に引っかかった魚のように行く手を遮る。
動く度に蔓が絡まり、樹木が巻き付く。
苔が視界を奪い、充満する胞子が巨人の表皮を焼いていく。
巨体に自然の脅威が襲い、動きが徐々に緩慢になっていく。
しかし、何トンもあるかと思われる樹海を掻き分け巨人は歩を緩めながらも王国を目指していた。
王国の騎士団は海上……だった場所から迫撃砲を打ち込む者達も居る。
身体に纏わりつき剣閃を浴びせる者など様々な者が入り乱れていた。
「てか、なんでアイツら居るんだ?」
その中でも異邦人でありながらひと際目立つ2人が居るのだ。
この2人が強すぎるのだ。
深緑の魔術師。
魔弾の射手。
戦略級の2人が巨人を削り続けていた。
「あーし、ちょい攻撃に回れん」
森守が両手を神に祈るように手を合わせている。
「んじゃ。ま! よろ!」
額に汗を滲ませながら相棒に攻撃を託していた。
「さっきからやっているがな!」
越智が超火力の迫撃を打ち込み続ける。
魔弾は巨人の関節、急所を的確に打ち抜いた。
「確かに強い。攻略向きだ」
なにより、軍隊も動いている。
俺の流出事故を起こした種子もなにやら役に立ってる? っぽい。
「強いが……まだ足らない。参戦しない訳にはいかないよな」
光剣を携え、12の刃の羽を展開させた。
偽装を施す為、霧魔法で身体中を影で包み込み全身影の塊になる。
フーッと息を吐き、肉体の強化を施し高速の世界でも耐えられるように研ぎ澄ませる。
「偽……神速斬」
スローになった世界ですら、より速く。
中空を蹴り、高速で巨人の頭上に駆け上がり脳天に向かって刀身の重さを持たぬ光剣で神速の連撃を放つ。
毎秒270連を超える連撃。
毎秒300連の斬撃。
「まだまだ!」
一度タキオンを解き、回復薬を飲み込む。
展開していた12枚の羽翼。
神速斬で肉を削った巨人の頭上に向かって。
「エクストラバレット!」
頭蓋に向かって武具を一斉掃射。
咆哮に似た絶叫を上げる巨人。
随分効いているようだ。
それでもまだ足りない。
削りきれてない。
「一回目!」
巨人の頭上から自由落下する。
王都の方角から光明が目の端に見えた。
――虹色に輝く色鮮やかな天鵞絨――
極光が輝き始めていた。
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/3人称視点/
惑星というキャンバスに穴を穿つ魔術。
決戦術式:召喚術"奈落"。
人類の呪いの重みを利用した魔導。
人類が歴史の中で溜めた呪重によって惑星に穴を開け、惑星そのものを滅ぼす自浄作用。
星のテクスチャを侵食し、この世界と位階の異なる異界を繋げる魔術。
―――この世界にダンジョンを顕現させた魔導―――
ただ、この召喚術には唯一希望があった。
奈落の中にあって唯一の光明。
パンドラの箱に眠る一筋の光。
奈落に対抗するには同様に奈落から呼び出される存在が唯一の切り札となる。
終焉の一手が奈落から打たれると同時に、強制的に起死回生の一手も奈落から盤上に打ちこまれる。
どす黒い闇の中にあって、今にも消えそうな小さな光。
それが明星の光。天元の一手となる。
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天内が海上戦を繰り広げる同時刻。
風音達とジュードはマニアクス:ベイバロンと激戦を交わしていた。
完全武装。全身甲冑姿のマニアクス。
それに相対するのはジュードと風音達。
彼らは遂に魔人の一角を追い詰め始めていた。
張り巡らされた撚糸は金の魔術が付与されている。
捉えるモノ全てを切り刻む不可視の繊維。
応戦するベイバロンは苦戦していた。
思うように力が行使できなかったのだ。
マニアクス:ベイバロンは吹き飛ばされた右腕が再生しない事に目を疑った。
「なぜだ!?」
時間逆行によるやり直しが起動しなかったのだ。
それだけではなく、時間加速による、事象の無効化。
時の停止による、一時停止。
これらが全て起動しないのだ。
時の支配による絶対的優位性が失われ、純粋な戦闘技術による戦いを余儀なくされる。
彼女ば多くの力を削がれていた。
耐久重視の鉄壁の防御を誇る城塞の加護。
大火力の業火の息吹。
速攻の迅雷の逆鱗。
範囲殲滅の夢幻の弓矢すらも不発。
13の武具が持つ異能は悉く不発していた。
「チッ!」
(分隊たる魂魄はワタシに戻ってきたはず。なぜ、動かない!?)
マニアクスの模造品。
人形たる分隊に分け与えた力が言う事を効かない。
まるで反目、反乱、叛逆しているかのように、素直に従わなくなっていた。
「理解……不能」
先程までは確かに使えると認識していた、と。
思考がエラーを出し続ける。
この領域において、その全ての力が発揮できない。
さながら能力が狂っているかのようであった。
汚染を受けている。そんなニュアンスが近かった。
「風音くん! ここで押し切るぞ!」
ジュードは巡らせた糸を収束させ、切り刻む操糸の渦がベイバロン強襲し始めた。
周囲に張り巡らされるあらゆるモノを切断する不可視の糸。
それらが行動を抑制させ続け。
遂に風音はマニアクスに王手をかけた。
「大地裂斬!」
風音が放つ上位剣技のアーツ。
目に見える全てを両断する一撃。
風音の剣の切っ先がベイバロンの喉元に迫った瞬間。
あたかも勝負は決したかのように思われたが。
「お前は……私を殺すのか?」
ベイバロンのヘルムが取れると、そこには美しい少女の顔があった。
「な!?」
風音の必殺の一撃はほんの一瞬首を撥ねる直前で止まってしまった。
一瞬のスキ。
「甘いな。聖剣使いというのは! お前が一番厄介だ」
ベイバロンは風音を弾き飛ばすと、対魔結界を張るシステリッサに向かって槍を投擲した。
システリッサの息を呑む音が木霊する。
「間に合え!」
(間に合わない。一手足りない……)
風音はそんな自身のスキを後悔した瞬間であった。
目を眩ませる色鮮やかな天鵞絨の一閃。
赤青緑黄橙藍紫。
―― 極光 ――
暗闇を照らす一条の光明。
それは幻に伝え聞く不浄を打ち払う伝説。
辺り一帯が虹霓に包まれていた。
放たれた一撃はシステリッサに届いていない。
白銀に輝く甲冑を身に纏う極光。
極光に輝く騎士がシステリッサの前で仁王立ちしていた。
騎士は投擲された痛恨の一撃を食い止めている。
極光は無言のまま、恐るべき速さでベイバロンの下に駆け寄ると。
ベイバロンが放った武具を自身の武具のように扱いながら、鈍色の一穿をベイバロンの心臓に突き刺した。
「お前は、まさか」
ベイバロンは驚愕と苦悶の表情を浮かべると口から血を吹き出しぐったりと項垂れた。
勝負はあっさりと決していた。
しばしの沈黙の後。
「ネイガー……なのか」
咄嗟に人の形態へと変態した聖剣プルガシオンは一言発した後に絶句。
白銀に輝く甲冑を身に包んだ極光の騎士シュヴァルツ・ネイガー。
かつて共に戦った盟友。
プルガシオンの記憶する、忘れるはずもない英雄。
この世で最強の英傑。
極光の騎士が目の前に立っていたのだ。