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ォㇾハ、ハンニンジャナィ……



/フィリス視点/


「ようやく第一波が止んだか」


 降り続けた豪雨は雨足を緩めた。

 私は祭殿にて眼下に広がる王都を見渡した。

 レンガ造りの情緒ある佇まい。

 しかし、よく見ると街並みの至る所は舗装すら済んでいない。

 こげ茶色の地面が剥き出しになっている部分もある。

 遠くの方に見える家屋。

 その多くはトタン屋根の木造建築。

 それらが今にも朽ちようとしている。


 外国にある摩天楼などこの国にはない。

 

 近代国家に置いて行かれた古い国。

 多くの諸外国から区別と言う名の差別を受けている国。

 大国に搾取され日々衰える国家。

 それがグリーンウッド王国。


 資源が乏しく、外貨を集める技術もないこの国は貧しい。

 貧しさ故に多くの問題を抱えている。

 

 知っているのだ。


 この国はもう手を尽くせないほどの病理に侵されているのを。


 一定周期でやってくる大嵐。一年の内の大半は間断なく降りしきる雨の国。

 雨量は年々増し、農作物は枯れ、多くの飢えにより不安定になっているのを知っていた。


 軍備拡大に向け、不審な動きを取っているのも知っていた。


 王侯貴族が腐敗しているのも知っていた。


 多くの民が身売りしているのを知っていた。

 

 私の生まれたこの国は既に疲弊している。

 いつ倒れてもおかしくない。

 緩やかな死に向かっている。

 国の寿命が見えてしまっていた。

 

 いずれ近い内にこの国は荒廃するのかもしれない。

 草木は枯れ果て、多くの屍が転がる灰色の大地に支配される不毛な地になるのかもしれない。


「それでも。未来がないとしても」


 民の為に、国の為に尽くし果てる事は栄誉ある死だ。

 それがたとえ一時の儚い延命措置であろうとも。

 未来への礎を残す事ができるのは私の誉れであり、誇りである。

 

 そんな決意を胸に一歩踏み出すと。

 そこには父の顔があった。


「大義を果たす時が来たか」


 彼は苦悶の表情を浮かべていた。


「ほんの少しびっくりしたけど。

 そんなに心配しないでよパパ。大した事ではないわ。

 ただ、先に行くだけ。お母さんのとこにね」


「……」

 沈黙する父は項垂れていた。

 だから精一杯元気づける。 


「パパ。そんな顔しちゃ嫌だよ。私の晴れ舞台なんだから」


「私は結局、お前に何も与えてやれなかったのかもしれない。すまない。不甲斐ない父で」

 

 グレイ家にはこの国を厄災から守る大きな役目がある。

 この血を以って、いつ来るかわからない来たるべく大災害を打ち払う事が出来る。

 全てを洗い流す嵐を鎮めるには、グレイ家、特に女人のみが色濃く力を宿す天候を司る天象の魔法の力が必要だ。


「そんな事はないよ。沢山のモノを貰った。数えきれない愛を貰ったもの。それで十分」


 満足した。

 覚悟はしていた


「私はこの国が好きだから」


 父と母も好きだ。産みの母は既に前回の儀式で他界してしまっているが、育ての母も大好きだ。 

 そんな彼らの為に私は喜んで死ぬ事が出来る。


「武運を祈る。フィリス愛している」

 父は気丈に振舞っていた。


「私もよ」

 お互い別れの抱擁を交わす。


「じゃあ、行ってくるね。パパはすぐこっちに来ちゃダメだからね」


「ああ」

 

 しばしの沈黙の後。

 最期の別れを済ませるとお互いの身体をゆっくりと離した。


「またね。パパ。お母さんにもよろしくね」


 私はもう二度と顔を合わせる事のできない父の顔を見ないように背を向けた。

 ゆっくりと儀式の間に向かう。

 

 嵐の周期が早まっているのは過去のケースから予測はしていた。

「ただ、それが今だっただけだ」


 そも、巫女に選ばれた時点で栄誉ある死を仰せつかったと、誇らしかったものだ。

 

「私の存在証明をここでみせてやろう」

 

 魔力を身体に伝達させ、巨大な魔法陣の描かれた神殿の最奥に歩を進めた。

 両ひざが小刻みに震える。

 私はこれから血の儀式により命を落とす。

 1人で。

 孤独に。

 一昼夜苦しみに悶え。

 光の届かぬ闇の中で最期を迎える。


 唇を噛みしめると。

「恐れるな」

 自分自身に言い聞かせた。


 ・

 ・

 ・


「どうもこんにちわ」

 

「貴様! 何者だ!」

 老齢な神官と衛兵が俺を取り囲んだ。


 問答は不要。

「ていッ」

 素早く背後を取ると。

 俺でなきゃ放てないあまりにも早すぎる手刀で神官、衛兵諸君の意識を奪っていく。


「まぁこんなとこか」

 

 適当に簀巻きにして柱の陰に数人仲良く川の字で並べて置いた。

 ちなみにサイフも抜いておいた。

 思わぬ臨時収入だ。


 暗闇の中。

 神聖っぽい場所でゲストが来るのを静かに待つ。

 

 時間はない。

 アレがこの国を崩壊させるまで残された時間は少ない。


「時間がない時こそ冷静になれ」 


 脳みそを整理する時間は必須。

 そして俺の回復も必須。

 急がば回れ。急いでいる時こそ、己自身に足元を(すく)われる。

 ()いては事を仕損じるのだ。 

 ピンチの時こそ。急がなきゃいけない時こそ。

 遅刻しそうな時に敢えてティータイムを挟む。


 それが俺の流儀。


 商談が迫るのに敢えて三時のおやつの時間も挟むし。

 朝の通勤電車を逃しそうなのにわざわざ喫煙所にだって向かう。

 一息吐くのだ。

 作業効率アップの昼寝(シエスタ)導入が能力UPを証左しているのだ。

 週刊誌に書いてあったのだ。


 暗闇の中。手の平に火球を浮かべ闇を照らした。

 

 巨大な祭壇。

 中は中々に広く、至る所に貴金属が満たされていた。

 足元には巨大な魔法陣。

 俺は祭壇の上、なんか神聖そうなとこにあった偶像を手に取ると。


「身銭にはなるか。まぁ。ドロップアイテムって事で」

 

 そっと懐にしまった。金で出来てるっぽいし、あとで銷金(しょうきん)しよう。

 足が付かないように溶かして質屋に卸そう。

 こんな薄暗い場所で安置されているよりも、貴金属として生まれ変わった方が偶像(こいつ)も本望だろう。


「なんかよくわからん神さん。お前はこれからスマホの部品になるのかもな」


 ゲストが中々来ないので適当に金、銀で出来た装飾品を根こそぎ剥がして、壊しては懐に収める。

 全てを持ち帰る事は出来そうにない。

 

「純度の高そうなやつだけ市場に流すか」

 

 そんな風に"リユース事業者俺"は金銀財宝の使い道を考えながらお供え物らしい果実を手に取ると、口の中に放り投げた。


「まっず」


 あんまり美味しくなかった。

 ペッと唾を吐き、果物を放り投げる。


 気を取り直して。

 祭壇に備え付けられている金色に光る盃を持ち上げ。

 器の中と淵を水魔法で洗浄し、水を注ぐ。

 水の満たされた盃を浮遊させながら、下から火の魔法で湯を沸かす。

 魔法の利便性をフル活用した。


「さて、ティータイムの支度をするか」


 俺は埃の被った祭壇の上を調理場にするべく、火の魔法で殺菌しつつ水魔法で洗浄をした。

 そんな事を何度か繰り返す。


「衛生保護はこれで完了」


 そこら辺の民家で拝借してきた粉末コーヒーと冷蔵庫の余り物の数々を取り出し、調理場に置く。


 あ。ちなみに俺は盗人ではない。

 家主は寝ていたけども。

 ちゃんと代金として万能薬であり育毛剤であるケハエールを置いてきているのだから。

 

 俺は決戦に備える為、飯の準備を開始した。

 

 ・

 ・

 ・


/フィリス視点/


 違和感があった。

 暗闇の回廊には誰一人いない。


「人の気配がなさすぎる」


 不審に思いながらも、そんなものなのか、と自身を諫めた。


「なんだこの匂いは?」


 やけに香ばしい匂いがする。


「一体、何が」


 神聖な場所には似つかわしくない庶民的な匂いが充満している。


 巨大な石造りの門を開けると。

 祭殿の深奥、その光景に唖然とした。

 

「そろそろ来る頃だと思ったよ」


 目が点になった。

 それぐらい状況を理解出来なかったのだ。

 なんだか以前訪れた時より周囲の雰囲気が変わっている気もする。

 豪奢な装飾がなくなっている……ような気がした。

 そんな違和感すら気にもならないほど、非常識なアイツが目の前に居たのだ。


 口元を震わせると。

「お前は何をやってるんだ!?」

 それが第一声。


 なぜか、この場に私の嫌いな男の姿があった。

 祭壇の中央。

 神を祀る祠。

 そこに、気に食わない阿呆が片膝を立てながら行儀悪く腰を掛けているのだ。

 手には神盃。

 それをまるで食器のように扱いながら食事を摂る男。

 天内が呑気に食事をしていた。


「そこから降りろ馬鹿者! そこは(ほこら)だぞ!」


「祠? まぁ待て。俺は今食事中。ここには丁度いいリクライニングシートがあってな」

 無作法に自分の部屋のように食事の速度を早め始める。

「少し待て。あ。そうそう。フィリス。俺は犯人じゃないから」


「何を言ってるんだ。早く降りろ。そこは神を祀る場。罰が当たるぞ!」


「大丈夫大丈夫。神はついさっき死んだ。

 世界の礎になるって言ってたわ。

 今度はレアメタルに転生するっぽいね。

 辞世の句も聞いといたぜ。

 生まれ変わったら美少女のパンツになりたいってさ」


「ふざけるなよ!」

 

 頭が混乱し始めていた。

 目が回り感情がぐちゃぐちゃになっていた。

 あまりにも非現実的過ぎるのだ。

 なぜここに居るのか?

 どうしてこんな所で食事をしているのか?


 ホントどうして?

 

 色々訊きたい事があるが。

 思考と緊張がない交ぜになり頭がパンクしそうになっていた。


 よろつく足に力を入れ、頭を抱えながら。

「いいから……降りろ。あと……ここから出て行け。いいな」  


 天内は祠から飛び降りると。

「出て行くさ。俺だって忙しい。あまり時間がないしな」


 口をもぐもぐ動かしながら、こちらを見つめている。

 

「その前に言っておきたい事がある。

 俺は犯人じゃない! 断じて! 

 だから被害届を出すなよ! それを言いに来たんだよ!」


「被害届ぇ?」


 さっきからこの男は何を言ってるんだ?

 

「その様子では出してないようだな。あっぶね~」

 胸を撫で下ろす不審者。


 夢でも見ているかのような気分になってくる。

 意味不明すぎるのだ。

 頭を振るう。


「いや。これは夢か」


 なんともまぁ、馬鹿な白昼夢だろう。

 こんな阿呆が最後の幻覚として現れたと思うと私の人生は何だったのかと思えてきた。

 

「いや。そもそも私の人生に……」

 

 価値などなかったのかもしれない。

 私はちっぽけな存在だ。

 何も成せなかった。

 多くの問題から目を背けたちっぽけなナニカだ。


「なんだよ。苦しそうな顔して。便所に行って来いよ。クソを我慢すると癖になるぞ」


「……」

 

 なんという事だろう。

 品性下劣。

 私の妄想があまりにもデリカシーがないのだ。


「幻覚か。そう。幻覚。つまらん夢だ。まぁ……」

 

 それでも、居ないよりはマシか。

 1人納得した。

 遂に恐怖と緊張で頭がおかしくなってしまったのだろう。

 

 人生で初めて出会った、見た事も聞いた事もない奇人、珍獣、変人。

 超天才でありながら、言動そのものがイカレている変態。

 頭のねじと歯車を生まれてくる時に母親の中に置いてきた男。

 そんな男が現実逃避する為に最期の慰めとして幻覚になり現れた。


 フッと微笑むと。

 あまりの男の道化ぶりに笑った。


「まぁ、少し緊張は(ほぐ)れたか」

 

 幻影を無視し魔法陣の中央まで歩き、中心で歩を止めると。

 短剣を懐から取り出した。


「儀式を開始する」


 祝詞を唱え、喉元に短剣を突き刺そうとした瞬間。

 手首に熱が籠っていた。

 天内の幻覚が手首を掴み、いつの間にか真横に佇んでいた。

 

「やめとけ。お前は便所でクソでもして便秘でも治してこい。夜明けまでに俺が全部終わらせて来る」

 

「な! 離せ」


 幻覚が私の決意の邪魔をしている。

 心の弱さが鏡のように写し出されているのだろう。

 ジタバタと足掻いていると。

 天内の幻影はもう片方の手で私の顔を覆った。


「フィリス。少し寝てろ……茶番、三文芝居の最終演目にお前が必要だからな」


「な?」


 徐々に視界が歪んでいく。 

 身体中脱力していくのだ。

 目の焦点が合わなくなり、意識が闇に搔き消えそうになった。

 

 不敵な笑みを浮かべる天内の顔。

 目の前が真っ暗闇に溶ける際に見えたのはそんな表情であった。

 意識が混濁していく中で。


「ォㇾハ、ハンニンジャナィ」

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 まだ、言ってるのかコイツ。

 なんの犯人なんだか。



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