Cold Case:海面密林化臨界事件
「全く何も視えない」
びしょ濡れになりながら、海原を睨みつける。
「このままでは俺はゲームオーバーだ」
大豪雨の中。
さざ波の中に居るかのような轟音であった。
猛烈な突風が吹くと、身体を持って行かれそうになった。
打ち付ける雨は全てを洗い流していく。
吹き抜ける風は全てを飲み込んでいく。
轟く雷鳴は生命を畏怖させた。
昼間だと言うのに数センチ先の視界すら見えないほど真っ白な闇に包まれていた。
闇は白から灰に、徐々にどす黒くなっていく。
陽の光を奪われ、一帯は暗い影で満ち始めていた。
巨大な積乱雲が頭上に発達しているのだろう。
まるでこの世界が闇に包まれているような錯覚に陥る。
「クソがッ!」
俺は焦っていた。
ハイタカとミミズクから緊急連絡を受けた俺は王国に馳せ参じなければならないのだ。
どうやらフィリスの奴が王国に出立しているらしい。
何やら忙しなく貴人と挨拶を交わしているようなのだ。
「アイツ。行政に俺を突き出す気なんじゃないだろうな。学園を半分滅ぼした俺をお尋ね者にしようとしているに違いない」
チッ。と舌打ちした。
学園の教員に突き出すという過程をすっ飛ばして、ポリスメンに突き出そうしている。
このままじゃ俺はマホロに復帰出来なくなる。
それどころか豚箱行きだ。
少年院に送致され、最悪国際指名手配犯だとバレれば、そこでゲームオーバーだ。
「口封じする前に先手を打たれたか。この俺が後手に回るとはな。
忌々しい。超高速移動を駆使して、闇に包まれた海原を駆け抜ける……。
面倒だ。これでは時間が掛かりすぎる。
この視界と悪天候ではどれだけ時間が掛かるか。
アイツがポリスメンに被害届を出し、かつ証言を開始した段階で俺はジエンド。
これは時間との勝負」
フィリスは設定上、グリーンウッドでは、日照り乞いの天鎮祭を取り仕切る祭司の家系。
巫女の役割を持った奴だ。それなりに地位があるのだ。
そいつが『こいつが犯人です! 天内が学園を破壊しました!』と宣えば、庶民外国人の俺は敗訴が確定する。
「なんとしても阻止せねばならん」
そう。絶対にフィリスの奴の口を封じなければならない。
俺は険しい鬼の形相を作った。
「緊急事態だ! ブラックナイト起動せよ! 少々手荒く行くぞ! この俺が歩む道筋だけでいい! スポットで雲河を切り開け!」
全能力をフルスロットルで起動回転させた。
緊急事態につき、衛星に蓄積し続けた魔力を惜しげもなく消費する。
音はなかった。
雲海に、視認するのも困難な針の穴程度の隙間が空いたのだ。
天から射出された光弾が雲海を打ち抜いたのだ。
俺を中心に半径2メートルほどだけ陽の光が差し込む。
光の柱が身体を包み込む。
俺だけこの暗闇の嵐の中で台風の目の中に居るかのように快晴の下に佇んだ。
「"晴れ漢俺"をあまり舐めるなよ! 行くぞ! フィリス! お前の好き勝手にはさせんぞ!」
荒れ狂う海に向かって駆け出した。
しばらくすると。
「ゲェ!?」
俺はしける海を進む度に仰天していた。
胃が痛くなり、頭皮が薄ら寒くなる奇妙な感覚に襲われる。
海面を漂流する雑木林が至る所に観測できたのであった。
航路を邪魔するそれらは難破船を数多く生み、汽笛が至る所から聞こえた。
大災害が引き起こっていた。
「ク! 海洋汚染ならぬ、海洋密林化が引き起こっているぞ! 急げよ俺!」
俺の持ち込んだ種子が爆発的に近海を荒らしていた。
生態系を壊しまくる光景に顔を青ざめさせた。
航路を妨害する深緑の渦に恐怖を覚えた。
コンテナ一杯に詰め込まれた育毛剤兼回復薬であるケハエールが海洋に大量流失しているようなのだ。しかもこの大雨で流出に歯止めが効かなくなっている。
まつりの魔法とケハエールが合わさり、とんでもない密林化臨界事故が起きてしまっていた。
俺は俺自身が怖くなった。もしバレたらいくら請求が来るのだろうと。
破産なんて生易しいものでは済まないという事だけわかった。
「ど、どうすれば……。なぜ、こんなことになったんだ。
俺はただ、グリーン汁王子になってカリスマ農業家になりたかっただけなのに……お前は邪魔だ!」
武器弾幕で目の前を遮るプカプカ浮かぶ雑木林と花畑を破壊し尽くした。
「お前も邪魔!!」
偽りの神速斬を使い、本気を出して伐採しながら歩を早める。
「埒が明かない。目に映る全てを破壊するしかねぇ」
照準を合わせていく。
10、20、30……
「黒き流星弾!」
俺は隠し玉の一つを宙空から掃射した。
衛星から放たれる黒き閃光。
必殺の一撃を使い証拠隠滅を図る。
「どうして、こんな事に」
俺は泣きそうになっていた。
破壊した緑は散り散りになると、辺りに浮かぶケハエールを吸収したのか、さらに深緑の密度を増していった。
海原だというのに、一面花畑が出来上がっていったのだ。
「無理ゲーだ」
絶望した。
俺は目に視える海面が花に覆われていく光景を呆然と見つめるしかなかった。