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前奏③ その名は

/マリア視点/


「爆ぜろ」

 爆風であった。 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 私は今、夢を見ているのだろうか。

 絶体絶命の状況に駆けつけたその黒き影は不敵に嗤う。

「エンディングを………変えにきた」

 何やら訳の分からない事を呟くと絶望的だった形勢が逆転し始める。 

 それは黒い暴力であった。

 圧倒的とはまさにこのことだろう。

 漆黒のいで立ちに、顔半分を覆う漆黒のマスカレードマスクを付けた黒騎士は悪漢達を瞬く間に吹き飛ばしている。

 超人のような動きと身のこなし。

 全身にあふれ出る魔素量は学園生でもそうはいない。

 いつの間にか左手に持ったレイピアをまるで後ろに目でもあるかのように頭の上に振りかざし銃弾を弾く。

 かと思えば、右手に持った盾を投げ飛ばし銃弾を打った男の腹部に投擲し身体がのけぞるような威力で壁に激突した。

 十人以上武器を携える訓練を積んでいるだろう男共をいとも容易くなぎ倒していく。

「なんなのですか! あなたは!」

 隣に立つエレアノールは動揺している。

 いつの間にかエレアノールは臨戦態勢を保ち右手には長剣を携えている。

「あなたシュバリエだったの?」

 エレアノールは舌打ちし、私の言葉を無視した。

 黒騎士が銃弾を打った男に正拳突きを肺に打ち込む。

 すると男は泡を吹きその場に倒れこんだ。

「俺の名? か……」

 何やら間の悪い。

 歯切れの悪さを感じた。

 漆黒の黒騎士は悪漢達を無力化すると立ち止まり。

 何やら考えるように顎に手を当て言い淀んだ。


「我が名は!」

 エレアノールが生唾を飲む音が静寂に鳴り響く。

 

「ファントム!」

 黒騎士はそう宣言した。

 しばしの沈黙の後、エレアノールは硬直していた。


 私を最初に殴り飛ばした恐らくアーツ使いの男が両手にガントレットを嵌めてボクシングのような構え。

 両手を胸の前にファイティングポーズを取り黒騎士を睨みつけた。

「旦那…………どうします?」

 標的を見定めたかのような猛禽類の眼孔をギョロギョロと動かした。

「無論。殺せ。グラッチェ」

 エレアノールはグラッチェという恐らくこの男共のリーダー格に当たる男にそう命令した。

「仰せのままに」

 その男は寝込みを襲い私を最初に殴った男だ。

 その時のように瞬時に間合いを詰めるかのように青い残光を描きながら黒騎士に迫る。

 ―――逃げて!―――

 あの男は強い。

 特殊な起動式の魔術武装をしている。

 もしくは何らかのスキルかアーツの使い手だ。

 銃弾を撃ち込んでいた悪漢達を凌駕する戦闘力なのは一目でわかった。

 魔術とアーツを同時に行使し、人間の体では本来できない素早い動き。

 何よりあのガントレットには禍々しい魔力が籠っている。

 もし直撃でもすれば、人間の体に当たれば容易く命を奪う殺意が込められている。

「へぇ。モンクか」

 黒騎士は一言。

 刹那。

 雷鳴のような轟音が響く。

 黒騎士に向かって飛んで行った拳は空振る。

 

 ―――残響――― 

 レンガの壁をまるで重機で抉ったような跡を残していた。


「早く。逃げて!」

 私は思わず叫んでしまった。

「黙れ!」

 エレアノールの強烈なビンタ。

「ッ!」

 へたり込みその状況を傍観するしかできない。

 グラッチェの放つ一撃はまずい。

 予想よりもずっと凶悪だ。

 一度でもまともに受ければ人間の体など四散する。

 助けてほしい。

 それでも……見ず知らずの人間が死ぬぐらいなら……

「え?」


 ロウソクの火に揺られながら黒騎士の仮面の奥に垣間見えた瞳には迷いも焦りも見受けられなった。


 まるで憂いを含んだ眼。

 悲しい目。

 哀れみとも取れる瞳でグラッチェの目にもとまらぬ速さの拳を紙一重で躱す。

 絶対絶命。

 躱す事で精一杯なのだ。

 そんな一進一退の攻防の中、黒騎士は滔々とグラッチェに語りかけた。


「お前は……何のために力を付けた?」

「なに?」

「そこまでの鍛錬。技術見上げたものだ。もっと他に生きる道があっただろう」

 黒騎士は真意を訊きだそうとしている。

 そうだ。グラッチェは強い。

 この生き方以外にもあったはずだ。 

「ハッ。説教のつもりか? 防戦一方のお前が!」

 

 ―――まさか……違う!?

 

 当たるか当たらないかの距離感で黒騎士は避けている。

 無駄な動きなどしない。と言わんばかりに。

 ―――絶技―――

「そういう……ことなのね……」

 グラッチェはわかっていないのかもしれない。

 私もわからなかった。

 恐らく……

 遊ばれているのはグラッチェの方だ。黒騎士はあえて攻撃をしていない。

 その真意を確かめる為に試している。


 お前は何の為に戦うのか、と。


「金だよ! 権力! 女!」

「そうか……」

 悲しげにそう呟く黒騎士にはまるで戦意を感じない。

「そうだ。そうだったんだ」

 私は黒騎士の真意が見えたような気がした。


 知っているのだ。黒騎士は。

 それは違うと。

 あの男のガントレットには見覚えのある文様がある。

 ヴァルキア公国の遥か西方にある国、聖マグノリア国の文様が見え隠れしていた。

 聖マグノリアは信心深く平和な国だった。しかし、ある日を境にその情勢は変わる。

 乱心の大司教アンドレウスの暴走。

 今は亡きアンドレウスは世界を滅ぼしうる邪神召喚に踏み切ろうとしたのだ。その理由は未だに不明。

 これは後に【マグノリア危機】と呼ばれる世界史に載る一大事件だ。

 各国は連携し、マグノリアに侵攻した。

 マグノリアは多くのモンクを排出する非常に強力な国家だった。

 3年にも及ぶ激戦が続き連合国側の勝利で終戦した。



 多くの民の血が流れた。

 多くの難民が出た。

 しかしその難民を受け入れる器量が近隣諸国にはなかった。

 多くの民が飢えで死んだとニュースで観た。

 少なからず生き延びた難民も激しい差別を受けたと聞く。

 

 恐らく……グラッチェは……聖マグノリアの生き残りなのだ。

 

 グラッチェは絶望したのだ。

 生きるすべを失った。生きたいと思った人生を歩めなかった。世界がそれを許さなかった。

 それ故に狂ったのだ。それ故に教義を捨て悪の道を歩まざるをえなかった。


 黒騎士……ファントムは知っている。

 誰一人悪漢達を殺していないのだから。

 

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