戦略級と戦術級と作戦級
剣から槌に切り替え。
盾をノックバックすると聖騎士の顔が苦悶に歪んだ。
ニクブの得意とする金の魔術、武器を衝撃時に固く、それでいて鈍重にする魔術を込めた一撃は彼女を後退させる。
「やはり、剣だけでは……なかったか」
眩い純白と金の装飾が施された白金の盾。
13人に与えられた戦乙女の武具の一つ、【城塞の盾】。
それを構えた先輩は『はぁ…』とため息を吐くと微笑んだ。
「そうですねぇ」
剣士でもないけど。
「おっと!?」
無音であった。
風切り音すらしなかった。
後頭部を狙う飛来する矢。
それを5枚の盾を展開し防いだかと思うと。
「マジか!?」
続けざまに左右から龍の形をした業火と電撃の魔術が迫っていた。
辺りが閃光に包まれ強烈な爆発に巻き込まれる。
しばしの沈黙。
砂塵が舞うと。
「消し炭に……お前、今のどうやって防いだ?」
「避けただけですよ。今のはいいコンビネーションだった。少し焦った」
4人の王国聖騎士を相手取り、俺はほくそ笑んだ。
「天内、次は槍か。一つ訊いていいか?」
先輩は俺の手元の得物を見て、心底鬱陶しそうに呻く。
「どうぞ」
「一体どれほどの武具の才を持つ?」
「才能? 才能なんてないですよ。器用貧乏なだけです。
全ての武器も魔術も極められないから、適宜、状況に最適な武器に切り替えて最大公約数を叩き出してるだけですよ」
俺を包囲する4騎士に向けて言い放った。
「そうか……既に武の極地に到達しているか。お前が女なら、我々でなく聖騎士の席はお前が座っただろうな」
「へぇ。最大の賛辞ですね。ありがとうございます」
「全員侮るな! この男は戦術級だ。一個師団を相手にしてると思え!」
目の前の聖騎士は叫ぶと、目の前で剣戟が舞った。
飛来する業火は大気と大地を灼熱に変えた。
複雑な軌道を描く、雷光は恐るべき早さで標的である俺を殺傷しようと牙を剥く。
雨のように降り注ぐ弓矢は足の踏み場すら無くしていく。
目の前の騎士は俺を後衛に近づけないように付かず離れず食らいついてきた。
「流石に少々」
強い。
ナパーム弾のような高火力な火の魔術を行使する魔術師が1人。
同様に高火力な砲弾のような威力を放つ雷の魔術師が1人。
万人の兵を殺戮できるだろう戦乙女の武具の一つ、【増殖する弓矢】を恐ろしい早さで打つ超遠距離から放つ弓使いが1人。
耐久値の高い治癒と硬化に特化した目の前の盾役の白兵戦特化の前衛が1人。
俺はニヤつくと。
「流石に歯ごたえがある!」
爆風の中を走り抜ける。
確かに、ヘッジメイズでは優秀な実力者だ。
マホロでもそこそこやる実力者だろう。
1人1人がゴドウィンや四菱より強い。
マホロ学園のランキングでもベスト32以上の実力者だと思われる。
流石、ヘッジメイズ随一の王国の13騎士といったところだが……
「ただそれだけだ」
マホロでは封印していた超高速移動と暗器による武器の切り替えで対処可能。
まだ武器弾幕を使用する段階でもない。
という事は、彼女達4人の実力は千秋以下。
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/フィリス視点/
天内を蹂躙する予定で組まれた仮想空間内の戦闘場には観客席が設けられていた。
天内を応援する女子生徒が数多くひしめき合う。
逆に天内の敗北を願う者も多く居るようであった。
私は興味本位で、その渦中に居た。
目の前で起こる現実に言葉を失った。
「異常者だ」
天内の実力は自身の想像を凌駕していた。
剣だけではない。
魔術だけでもなく、全ての武に精通している。
常人では計り知れない実力と叡智と研鑽。
天に選ばれた類まれなる魔術の才もある。
「悔しいが天内は超天才だ」
その超天才が努力すれば、凡人どころか天才すらも追いつけなくなる。
「王国の精鋭だぞ。なぜ倒せない」
近くの方から誰かが呟いた。
そうだ。
王国の精鋭、戦術級の聖騎士がたった1人の男に決定打を与えられていない。
天内は派手な魔術は行使出来ないようであった。
現に一度も高威力な魔術を使用していない。
多彩に扱う武器に風と金と水。
3つの魔力を武具に纏わせているが、大きな魔術は使えていない。
全ての攻撃が白兵戦の武器頼り。
それでもだ。
「それでも、人1人を殺めるなら、ナイフ一本首元に刺せば事足りる」
大人数を焼却する魔術など必要ないと言わんばかりに。
体術が、技巧が、センスが、魔術を凌駕していた。
「アイツはどこまで遠くの頂きに居るのだ」
本当になぜこんな奴が、マホロから転校してきた?
なぜこんな逸材をマホロは手放した?
ヒノモトはそこまで粒が揃っているのか?
「それになんだ? 一体どこから出している?」
瞬きをした合間にいつの間にか天内の持つ得物が瞬時に切り替わっているのだ。
剣、槍、槌、矛、斧、鎌、矛槍……
剣だけでも短剣、長剣、細剣、刀、片手剣に両手剣と大きさ、長さ、厚みすらその全てに規則性がない。
それだけでなく、鉄壁の護りが展開されている。
浮遊する数十大小様々な盾が防御結界のようにあの男を中心に四方から守りながら併走する。
「まるで……」
歴戦の戦士、数十人と相対しているかのような錯覚に陥る。
爆風の中から盾の騎士を掻い潜ろうと走り抜ける天内。
必死に食らいつき、逃がさないように徹底マークする先輩。
砂塵の中から、両者がお互いの剣戟を躱しながら現れた。
火花が散った。
後衛の先輩が業火と雷を天内に目掛けて打ち込み、大地が抉れて再び砂塵に包まれる。
再び、剣戟を行う先輩と天内が現れたかと思うと、天内は目にも止まらぬ速さで降り注ぐ矢を撃ち落としては、走りながら避け、爆発に巻き込まれていく。
消えては現れを繰り返しているのだ。
「何をしているの?」
「さぁ?」
「全然わからないんだけど」
「とりあえず、天内さんが凄いって事ね」
「そ、そうね」
天内を応援している女生徒達ははポカンとしていた。
早すぎるのだ。
両者の攻防が早すぎて、残像がその場に残っている。
眼で追えないほどの熾烈な攻防が繰り広げられているのだ。
天内と鍔迫り合う身を隠すほどの白金の大きな盾を扱う盾の騎士。
彼女は地と聖の魔術を駆使する城塞と謳われるほどの天才。
王国の13騎士の中でも指折りの実力者だ。
その彼女が、天内の放つ一撃に反応するので精一杯。
辛うじて天内の一撃を防ぎ、後衛の魔術が飛んで天内がそちらに気を取られている内に剣戟を与えるのがやっと。
後衛の強力なサポートがなければ、鉄壁と謳われた城塞は瓦解する。
「アイツ。負けないのか」
負けたら笑ってやるというのは、本音だったが。
負けそうな気配がない。
「実力が違う」
あれが本気だと信じたい。
だが、残像は涼しい顔をしていた。
「何をする気?」
天内は両手に武具を携える。
槍と剣の二刀流に切り替えていた。
「二刀流の心得もあるのか」
「偽……神速斬」
口元が小さくそう呟いたような気がした。
今度は瞬きをするよりも早かった。
「は?」
何が起こったかわかなかった。
天内がその場から掻き消えたのだ。
「眼を見開いていたはずだ」
瞬間移動したように消えたかと思うと。
城塞の騎士はその場で蹲っていた。
「え? なに? 何が起こったの?」
業火の魔術師も。
迅雷の魔術師も。
夢幻の弓騎兵も。
彼女達、王国の精鋭は一網打尽にされていた。
いつの間にか視界の隅に居た天内は高温で黒焦げになった槍と剣を投げ捨てると。
「少し本気を出した。スイーツは適正価格に戻すよ。それでいいかな? みんな」
蒸気を纏う天内は勝利宣言をすると、手の平をヒラヒラとさせながら人差し指を天に掲げた。
「俺の勝ちだ」