ミーンワイル
/3人称視点/
「はぁ……アイツ。全然連絡してこないし、何考えてんだか。どうせ鼻の下伸ばしてんだよ。馬鹿だから」
「あのさぁ~。小町ってさぁ~。ダメンズ好きだよね」
「はぁ? どういう意味?」
小町は、への字に口を曲げた。
友人の湊が唐突にそんな感想を述べたからだ。
湊はキャラメルマキアートをスプーンでグルグル回し始めると。
「なんだっけ。天内先輩だっけ。退学になった人。いまだにあの人の話題しか喋らないじゃん」
「……それが何の関係があるのさ」
「面識のない私が言うのもなんだけど。天内さん? 話を聞く限り、一言で言うとクズじゃん」
小町はケラケラと笑うと。
「まぁね。でも、クズは言い過ぎ! それは言い過ぎだって! アイツにも良いとこはあるよ。多分」
「あんたがそれを言うか。いつもドクズのダサ男って言ってるじゃん」
「……そうだよぉ。ドクズでダサい上に不潔だからね。お金にも汚いし。嘘つきの上にとんでもない馬鹿でデリカシーがない。もう底辺人間だよ」
湊は大きくため息を吐くと。
「なんでそんな人と人間関係続けてるのさ。縁切っちゃえばいいじゃん。切れないのはダメンズが好きって事でしょ? 小町って……てか……まぁいいか」
「なにさ? と言うか、それとダメンズとどう繋がるのさ。私はね。アイツが剣の腕は立つから。だから仕方なく縁を切ってないだけだって。めっちゃ嫌いだよ。あんな奴! 顔を見なくて清々したくらいだもん」
「ふ~ん。ホントかなぁ」
「なに」
「そういう事にしといてあげるって事」
「なんだよそれ。そもそも剣がしょぼかったら、あんな奴とは、まぁ……さよならって感じだし」
一度言い淀むと脈絡なく。
「だから! 剣技が凄いから。それだけだって。だから、まぁ。今は縁は切る必要はないかなって」
「まぁ。それはあるかもだけど。もう、天内さん居ないじゃん。師事する人変えればいいんじゃない? 居ない人の愚痴を聞かされるこっちの身にもなってよ」
「愚痴じゃないし。事実を……こう。何て言うのかな、提示? してるだけ。それに、ほら。戻って来るしアイツ」
「あんたさぁ~。戻って来れるわけないじゃん。
その何だっけ? 留学生として復帰ぃ?
絵空事じゃん。出来んのか知らないけど。
この学園の留学生の受け入れ枠なんてそんなにないじゃんか」
「来るし、アイツはやるって言ってたからね。もう見たくもないけど。戻って来るのに無下に扱うと、私が薄情者みたいになるしね」
「い~や。戻って来るなんて出来ないね。杞憂だよ杞憂。てか、希望? 希望的観測? 願望の話じゃん。魔法が得意じゃないんしょ? 天内さん」
「えっと……わかんない」
小町は本当にわかならかった。
そもそも天内が魔法を使用している所を殆ど見た事がなかったのだ。
数多くの技術に精通している。それは間違いない。
しかし、浮遊以外の魔術を行使している姿を見た事なかった。
「どんだけ、剣の腕が立っても、魔法学園に魔法使えない人が戻って来れる訳ないじゃんか。
確かにお祭りでは良い結果を残したよ?
1年でもざわついたからね。でも魔法が使えない人間は、ぜ~ったいに戻ってこれない。
喧嘩が強いだけで評価されないからねウチの学園は!
小町はダメンズの方便に騙されたな」
「え? マジ?」
「マジマジ。ああいう手合いは適当な事を言って角を立たないよにしてるんだよ」
小町は、確かにそう言われればそんな気がしてきた。
(あいつ、戻ってこれないのか? え。どうしよ……なんか……えっと。それは困る。そもそもなんで連絡が取れなくなったんだ? あの野郎……)
・
・
・
彩羽千秋は自室にて頭を抱えていた。
天内傑に関しての調査レポートを眺めていたのだ。
サンバースト時代のツテを使い調べさせた彼の情報を見て唸った。
「何の変哲もない」
どこにでもいる歴史を歩んできた青年の年表。
そして不可思議な情報。
ある種予想は出来ていたが、それは彼は魔法の才能がない事になっている。
ごく一般的な経歴書の数々。
そこには剣すら握った実績などなかった。
「あれほどの剣技と妙技を持ちながら、その経歴の一切がない。
傑くんが実力を隠す理由。彼の本気はボクを凌駕する。
サンバーストでも1,2を争う精鋭であったボクよりも強い。
この世界に強者なんてごまんと居るけど……。
一般人でしかなかった彼は明らかにおかしい」
度を越し過ぎている。
経歴書を見る限り、訓練を行った形跡すらない。
剣術を習っていた訳でも、戦場を駆け回った事などない。
故に不自然なのだ。
「天才と片付けるには不自然すぎる。
……少なくとも5属性以上の魔法を使える歴代でも類を見ない傑物。
一般人の善人である彼は目立つのを嫌い、その事実を隠していると推測していたけど、どこかの国の刺客かもしれない可能性も残る……か」
彩羽は懸念があった。彼はマニアクスを知る者だ。
それは母国であるアメリクスの敵かもしれないかもという懸念。
国家のテロリストたるマニアクス案件など、特殊部隊の人間が管轄する秘匿情報。
「なぜ彼はそれを知っている? 彼は敵なのか、それとも味方なのか」
戦場を知る彼女は『世界を救う』と寝言を言いながら、多くの虐殺を行ってきた為政者を数多く知っていた。
彼がそんな事をする人間には思えないと思いながらも狂気を垣間見せる天内傑を……。
「情報操作が行われているとみていいか。何者なんだ彼は?」
席を立ちあがると。
「……まぁそれでも、彼は良い奴さ。仲間だしね。じゃあ。そろそろ行こうかな」
・
・
・
マリアは上機嫌であった。
ヘッジメイズへの短期留学申請はすんなり通った。
それは彼女が優等生であるからだ。
天内が転校すると勝手な事を言ったその日に留学の手続きを出した。
その時点では編入試験に受かるかわからないにも関わらずだ。
それは彼女が、天内傑を過度に信頼しているためであった。
ヘッジメイズからマホロへの留学は困難。
しかしマホロからヘッジメイズへの留学の間口は広い。
なぜなら、ヘッジメイズで本来学ぶ事がないから。
マホロは世界最高の魔術機関。
ヘッジメイズも魔術機関であるが、学園としての格が低い為であった。
マリアは留学への諸手続きで出国まで時間が掛かった。
時間が掛かりすぎて歯軋りをして地団駄を踏み、壁で爪を研ぐ毎日であったが、それも今日で終わり。
これから出国できるのだ。
ようやく待ち望んだその日を迎え、すこぶる機嫌が良かったのだ。
「フフフ」
(まんまと出し抜く事ができたわ)
キャリーケースを引きながら鼻歌を奏で颯爽と肩で風を切った。
彼女の美貌に、すれ違う男性が立ち止まり二度見する。
まるでモーセが海を割ったかのように"男だけ"が立ち止まると彼女に道を譲った。
「邪魔な2人は連いて来ない。私の時代が来た。という事かしら」
(時間を空けすぎると、女狐が彼の御仁の周りに繁殖してしまう。排除は私の役目だもの。彼のパートナーは私1人。それ以外はお邪魔でしかない。お邪魔ムシ)
「待っていてくださいね。クフッ」
久々に会えると思うと笑みが零れてしまうのだ。
天内は退学後、消息不明になっていた。
ヘッジメイズに行くと宣言してから、音沙汰がなかったのだ。
マリア配下の監視の者も王国の首都で彼の影を見失っていた。
現状何をしているのか一切不明なのであった。
ただ一つ言える事は、彼がヘッジメイズへの編入を果たしただろうという事だけであった。
「世話の焼ける方ですが、そこも! 素晴らしい所でもありますからね。良妻賢母たる私がお支えしなくては!」
(穂村さんは、一人で勉学に勤しんでいる。千秋さんは、不穏な動きをしているけども留学の枠は私で埋めたのを確認した。なので連いてこれないはず。切り離し作業は完了したわ)
「計画通り」
マリアは魔性なる邪悪な微笑みを浮かべると、1人虚空に呟いた。
天内が浮気をしていないか監視する為に。
変な女が粘着していないか監視する為に。
彼女はもはや異常な執念を見せるストーカー……のような思想を持ちながら搭乗口を潜り抜けた。