前奏② 淫蟲
/マリア視点/
お父様が亡くなった1年前。
傷心したお母様に取り入りこの家に入り込んだあの男、エレアノールが気に食わなかった。
元はお父様の慈善事業で知り合ったというビジネスマン。
大きな医療系の会社の取締役らしいが、その事業形態をよく知らない。
このエレアノール。
紳士的立ち振る舞いと甘いルックスから対外的には非常に好感度の高い様子が伺えた。
何より医療業界から絶大な支持と権力を振るうその会社を悪く言う者は少なかったように思う。
しかし、直観とも言える感覚がこの男は危険であると訴えていた。
根拠などない。
あの微笑の瞳には善意の心が宿ってないような気がしたからだ。
しかし実害はないし、お母様の心を慰めるには新たなパートナーが必要だとはわかっていた。
私も子供ではない。嫌な予感はした。ただそれは杞憂であるのだと思っていた。
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「お嬢様の着替えを手伝ってやれ」
エレアノールの支持が男共に飛ぶ。
男共は私を羽交い絞めにし、衣服を全て破り捨てた。
「いや! やめて! いや! いやよ!」
自分の非力さに後悔した。
なぜ私はこんなにも弱いのかと。ただ叫ぶ事しかできない。
自惚れていたかもしれない。
―――何が世界に祝福されているだ。最も愚か者はこの私なのかもしれない。
必死に抵抗するも無意味だった。
抵抗する度にビンタを食らわされる。口の端から唾液と血の混ざった赤い雫が飛ぶ。
痛い。
魔力の練れない私は小娘でしかない。
ぐちゃぐちゃだ。私の結った髪も乱れ、頬も腫れている。
生まれたままの姿にされた私は、抵抗するのを辞めた。
―――諦めた。
ジタバタともがくが抵抗する気力を失った。
涙が込み上げてくる。
「待て待て。節操のない番犬共だ。お楽しみは"治療"が終わってからだ」
私を羽交い締めにした男の1人が私の首筋をいやらしく舐める。
唾液が糸を引き、人間特有の生臭さが身体を這う。
気持ちが悪い。
脚を押さえつけていた別の男は太股を犬のように舐め続けている。
男達は瞳孔が開き理性を失っているように見えた。
体中を汚らしい唾液でマーキングされていく。
エレアノールは心底楽しそうに犯される寸前の私を名も知らぬ暴漢の使用人に命じ立たせた。
「さぁ行きましょう。お嬢様」
絶望とはいとも容易く訪れるのだと。
人生は理不尽なのだと。
蝶よ花よと育てられた私は今まさに知った。
かつてない羞恥を受けている。辱めを受けている。
首に鎖を繋がれ、両腕には錠をかけられた。
なぜこんな事をする必要があるのか。
治療とは一体何なのか。
我が家である屋敷を、衣類を一切付けず歩かされていた。
まるで犬であり、罪人のようである。
そしてこの後、私は犯されるのだ。
虚ろな眼で屋敷のある場所にある場所に歩かされた。
抵抗すると暴力を振るわれ、私は恐怖のあまり、いつしか抵抗する気力を失った。
命懸けの慰め者になるのだ。
命懸けの暴行を受けるのだ。
そして辿り着いた。
ここはお父様の工房。
地下にある日の一切当たらぬ空間。
埃っぽい匂いが充満する。
そして敬愛したお父様の多くの私物が残されている。
薄暗いジメジメとした地下工房に着くと、男共はロウソクに火を点けていく。
壁や床には魔法陣や幾つもの数式が並べられている。
その空間の真ん中には以前はなかった豪奢な祭壇が置かれている。
「さて。着きましたよ。お嬢様。ではあちらに。エスコートして差し上げましょう」
その祭壇の中心に近づくにつれて透明な瓶が置かれている事に気が付いた。
瓶の中には悍ましい蟲が入っていた。
―――恐怖―――
中には悍ましく、恐ろしいモノ。
男性器を模した赤黒い蟲が何匹も蠢いていたのだ。
絶句する。
一体何をしようというのか。
「こいつはね。凄いんですよ。ただ非常にわがままでね。特別な処女じゃないとダメなんです」
エレアノールは心底楽しそうに訳の分からない事を言い放った。
エレアノールは瓶に手をかけ蓋を開くと、懐からアンプルを取り出し、その蟲に橙色の液体を注射した。
すると、赤黒い蟲は何倍も膨張し激しく暴れり、アンプルの液体を注入された1匹が共食いを始める。
「これはね特殊な子宮じゃないと受胎しないんですよ。それは貴方だ」
子宮に受胎?
「着床、受胎してから存分に楽しませて頂きますよ」
吐きそうになる。
淫蟲。
性器に入り人体で生殖、着床、受胎する魔物。
それはこの世で悍ましい魔物。
文献でしか読んだことはない。
「う……」
必死に嘔吐を抑えようとする。
犯すだけでなく、私を苗床にすると、そう言いたいのか?
「番犬共もこれ以上盛りを抑えておくのが難しいのでね。大丈夫。一度受胎してしまえば、
ソレを出産するまではどれほど壊れるように犯しても大丈夫な体になりますから。
さて始めましょう。おや? 随分ひどい顔をしていますよ。マリアお嬢様」
何を言っているのかよくわからない。
聞こえない。
私を囲む男共は、目が血走っており明らかに正常な判断ができていると思えない。
涎を垂らし私の事を"いつ犯せるのか"と今か今かと待つ野獣のようになっている。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
鼓動が早くなるのがわかる。
過呼吸になる。
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私は、現実を直視しないように、ふと、現実逃避した。
お母様どうなったのだろうか。
無事なのだろうか。きっとただでは済んでないだろう。
今の状況から目を背けるように、現実から逃げるように、そっと目を閉じた。
これはきっと悪い夢だ。
きっとそうだ。目が覚めればきっとベッドの上で寝ているに違いない。
何という夢を見ているんだろうか。趣味の悪いホラー映画だ。
そうだ。明日は私の好きな戯曲でも観に行こう。
とびっきりのロマンスものだ。王子が平民の女の子と結ばれるやつがいい。
そのあとは、とびっきり高い紅茶を飲もう。秘蔵の品だ。
お祝い事にしか飲まないと決めていたが、この際だ気分転換に飲んでみよう。
そのあとは、そのあとは……
………………堪えきれなくなった。
無理だ。
――――死にたい――――
「おや、泣いておられるのですか? 大丈夫です。すぐに終わりますよ」
エレアノールは薄ら笑い笑みを浮かべている。
誰か助けて。
誰でもいい。
誰か……
お願い。
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「爆ぜろ」
静寂に溶け込むように。
闇の静けさを壊さぬように。
静謐なる声が頭上から響いた。