アイツ世界屈指なんだけどね
/3人称視点/
天内傑は、客観的に見ればイケメンである。
黙っていれば容姿の整った美丈夫なのだ。
言動とファッションセンスを除けば間違いなく美男子であった。
そんな天内は、今回本気なのだ。彼はいつも以上に凛々しい顔であった。
いつもは寝ぐせだらけでボサボサ頭、眠そうに半開きな眼、鼻の下を伸ばしてスケベな顔、守銭奴の如くあくどい口元をしている彼。
そんな男は今は居なかった。
厳かな雰囲気を醸し出す比類なき天稟の剣士がそこに居た。
ニクブやガリノが居ればきっとツッコんでいただろう。『天内の皮を被った別人だ』と。
小町が居れば『あの男があんな顔をしてる時ほど危険なんです』と。
彼は学習していた。
軽率な行動により退学処分になった、と。
モブ道を歩み自滅し窮地に追い込まれた、と。
ジャブジャブ金を使い込み消費者金融からの催促などで頭を悩ませた、と。
癖の強いパーティメンバーとの関係などで胃を痛め抜け毛が増えた、と。
TDRが独り歩きし、経済をカオスにしている、と。
そんな経験を経て学んだのだ。
『ここで本気らねば、完全にフェードアウトだぞ』と。
『ま。いっか』は、もう使わないと。
彼は心を入れ替え一歩踏み出した? のだ。
「今日から……よろしくお願いします」
爽やかなルックスに切れ長の眼。落ち着いた声音であった。
迷宮庭園に"よそ者"が入学して来た。
世界随一の学園マホロに居たらしい彼は女生徒から黄色い歓声を向けられていた。
「ちょ……っと。え? イケメンすぎないか。あの人」
「遂に、この女の園も終わりね。華々しい学園生活が今始まるのね。勝った」
「アンタ何言ってんの? 落ち着きなさい。アンタなんか眼中にないわ」
「目の保養ね」
彼は既に有名人であった。
マホロでも名の通った存在だったからだ。
驚愕すべき剣の腕を持つ貴公子として。
迷宮庭園は女生徒の比率が脅威の99パーセント。
イカレ時空のイカレ設定の学園である。
世間では女子高と揶揄されるほどの学園だ。
全校生徒700名の内、男子生徒は数名しか居ない。
そんなヘッジメイズの女生徒は男に飢えていた。
外界と隔離され、娯楽の少ない学園という特性がさらにその渇望に拍車を掛けていたのだ。
学園の男子にイケメンの生徒が居るかというと皆無であった。
数名の男子生徒はイケメンでもないのに、モテてしまうという現象が起こっていた。
そんな中に本物のイケメンが現れた。
しかも世界屈指の学園の中でも実力者である天内が突如転校してきたのだ。
注目が集まらない訳がなかった。
「お手柔らかによろしくね」
天内の爽やか営業スマイルが光った。
「きゅ~」
「イケメン過ぎワロタ」
「恋に落ちてしまったわ」
もはやいつもの天内ではなかった。
そんな爽やかな笑みを、マホロでは見せた事がないほどの笑みを浮かべたのだ。
いつもは、『太ももは最高なんだよ! 死ねゲボカス共!』、『借した金は返さんかい! ごめんで済んだらポリ公は要らねぇんだよ!』とDクラスで叫んでいたなど彼女達は想像もつかない男が出来上がっていた。
彼の本性を知る者は居ない故に彼に対して好意的な目線を向ける者で溢れかえった。
そんな愚行と奇行を微塵も出さず天内はヘッジメイズで入学早々、初日の挨拶の日に驚異的な成績を残していく。
ヘッジメイズ史上初の3属性の魔法を同時に展開するという離れ業を披露したかと思うと、学園内屈指の実力者である騎士を無傷で制圧したのだ。
格が違った。ステージが違うのだ。
文字通り生物としての次元が違う。
天淵の差を見せつけるかのようであった。
ヘッジメイズで自身の事を世界最高の逸材、稀代の天才であると信じていた者達は悩んだ。
マホロはなぜこんな逸材を解き放ったのかと。
世界は広すぎたと。
ヒノモトにはこれほどの存在が数多く居るのかと。
絶望した者達を数多く生んだ瞬間でもあった。
そして彼が言い放った一言は皆を驚愕させた。
『今季の課題であるダンジョン攻略は昨夜済ませたので、夏イベ………少々用事があるので3週間ほどお暇を頂きます』だったのだ。
二回生次の課題の一つでダンジョン攻略がある。
普通ならばパーティーを組み攻略せねばならないもの。
それを単独で攻略したのだ。
さらに驚かせたのは課題のノルマを大幅に超える難度:上級であったのだ。
史上初の快挙。
そんな天才はこの国の学園では未だかつて居なかった。
彼はたった3日も経たない内に、今季のノルマどころか学園卒業レベルの実地試験を終わらせたのだ。
嫉妬など生まれる余地がなかった。
実力が違い過ぎるのだ。
あまりにも差がありすぎてそんな感情を向ける事すら馬鹿馬鹿しくなるほどに。
そしてある噂が学園内で語られた。
筆記試験は800点中798点。
実地試験は単独で17時間でクリア。
史上最速、歴代最高点で入学試験を突破した者だと。
そんな噂を聞いた田舎娘の女生徒達は1人、また1人と泡を吹いて倒れたのだ。
イケメンであり、世界最高峰であろう存在が流星の如く現れたのだ。
卒倒者が続いた。
「天内様は歴史を塗替え続けている。それはこれからも続くでしょうね……」
「恐ろしいわ。身震いが止まらないの。奇跡の世代に生まれてしまったこの私が。この時代で同じ学び舎で奇跡に出逢う事になるなんて」
「ファンクラブには加入したかしら? ヒノモトの芸能事務所マリィが公認らしいわよ」
「勿論よ。加入しない方が片腹痛いもの」
天内の知らぬ所で、いつも通りとんでもない事が起こり始めていた。
彼がイチ学園を掌握するのは時間の問題であった。
既に多くの女生徒の心を射抜いていたのだ。
否。もはやカルト的な人気を博し始める。
そしてそんな男は夏イベに向かっていた。
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猛吹雪が吹いていた。
生命の息吹を感じない極地。
白と黒しかない世界。
曇天に染まる大空の下。氷河の大地に大穴が開いていた。
底の見えない大穴はまるで隕石が落ちてきた様相。
ハイタカとミミズクと共に極寒の地にて拠点作りを済ませた。
食事を済ませ人心地ついた所で、簡素なベースの中で立ち上がると。
「始めるか。夏イベ攻略を。ハイタカあれは出来たのか?」
「出来ておりますとも。こちらですな」
ハイタカは一本の細剣を手渡してきた。
複数の属性を付与しても壊れない不可視の剣。
「業物だな。これはいい」
数回振り回してみる。
非常に軽い。なにより魔力を通すと視認できないほど見えなくなった。
「擦り抜け作用も勿論ありますな」
不可視で防御透過作用持ちの細剣。
ギミック満載の武器だ。
作り方は俺が教えたが、忠実に再現してくるとは流石だな。
「こんな寒いとこに来て、私達はどうすればいいのかにゃ」
「それはね。ミミズクとハイタカはここで待機していて欲しいんだ。
この先は君らの命を保証できない。なので連れて行く事は出来ないんだが。
君らにやって欲しいのは俺のサポート。
俺はやばくなったら一度撤退してくる。
その際、俺の回復と武器の修理と補充を頼みたい。
しばらくこの厳しい地でベースを築いて貰う事になるが。すまんな。
なに。大穴の中よりはずっと安全だ」
「そこまでなのかにゃ?」
「ああ。ダンジョン難度は非常に高い」
「なるほど……その仕事承りますとも」
「私もやるよ!」
影の2人は二つ返事で了承してくれた。
なにせ最高難度の超級。
難度は段位で10段中の3段ほど。
彼らでは生き残れない。
早々にモンスターに狩り殺される。
俺は不適に笑った。
極寒の地にてチート取得の為、恐るべき難易度のダンジョンに足を踏み入れようとしている。
究極の死地。山本戦なみに苦戦するだろう。
動悸がおかしくなりそうだった。
深呼吸して気を静める。
この先にあるのは地獄の攻防。
寝る暇などないだろう。飯を食う時間があるのかも定かではない。
「だが、命を懸ける価値がある。では行って来る」
俺は2人に挨拶を済ませ、多量の回復アイテムを装備し深淵なる闇に向かって降下する。
ここより先は異界。
理外の力を求めて異界に飛び込んだ。
2部 ヘッジメイズ編 開始です。
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