神の視座を持つ者
/3人称視点/
マリアはドギマギしていた
胸が高鳴って結局一睡も出来なかったのだ。
マリアはこの日の為に、千回以上シュミュレーションした。
それでも上手く話せなくなってしまう。
彼女はこくこくと頷く事しか出来なかった。
(天内さんは聡明な方であり、謙虚でもある。
類まれな才能を持ちながらもひけらかさず、決して驕った態度を取らない。
いつもユニークな言動で場を和ます)
天内はマリアの別荘に行く道中、機内で真剣な表情であった。
「バカラの基本は、マーチンゲール法で挑むのが常なんですが、負け続ける可能性がある以上必勝法ではないんです。純粋に用意した資本が底を突く可能性がある。
無限大に負け続ける可能性があるんですよ。
マーチンゲール法は目先の利益を出すにはいいんですが、負けた場合を考慮に入れなければ優秀な作戦とは言えませんね。逆に負けにくさに特化したモンテカルロ法というのがありまして、」
「へ、へぇ~。凄いですねぇ」
マリアは彼が一体何の話をしているのか理解できなかったが、きっとタメになる話なのだろうと思っていた。
さっぱり話の内容がわからないのだ。
しかし、早口で捲し立てて喋る彼の顔は非常に真剣なのだ。
わかった事は確率と数学の話をしているという事。
なんと聡明なのか。ただ感服する事しか出来なかった。
彼女は黙ってその話を聞く事。
首振り人形に徹すること、それが今出来る事だった。
「つまらなかったですか?」
「いえ。大変有意義なお話でした!」
(そう! これよ! 今、私はデートをしているんだわ!
話の内容はよくわからないけども。
きっと世間一般の彼氏彼女はこんな話を繰り広げているに違いない)
「そ、そうですか。次にお伝えしたいのは、3連単フォーメーションの点数計算についてなんですが。まず、1着に軸、有力馬を固定したとしましょう、2着に、」
彼はまたも真剣な表情で勝手に語り出したのだ。
そんな二人の後方であった。
エコノミークラスに座る者達が二名。
小町の選んだ天内の服には盗聴器が仕込んであり、尾行してきた小町と千秋は、2人の会話に耳を傾けていたのだ。
彼女達は安堵すると共に複雑な心境になっていた。
「一体何の話をしてるんだ彼は?」
「ギャンブルの話ですよ。いつも私にもしてくるんです。絶対に損はさせないから金を貸してくれって最後には言って来るんです。その前フリですよ。理屈を並べ立てて、それっぽい事を言うんです。詐欺師ですよ。ポンコツ詐欺師」
「ええぇ。後輩から集金しようとしてるのかい?」
「ええ。とんでもない男ですよアイツは!」
それから天内がマリアに語るのは、そのどれもが下らない話だった。
スロットの目押しに求められるコツの話。
パチンコではどの台に座るのが良いのか。
競馬に競艇、競輪。
株にFX、デリバディブ、仮想通貨、原油価格と金の高騰など天内の語る内容は多岐に渡った。
そのあくなき金への執着。銭ゲバの片鱗を醸し出していた。
最後のキメ台詞が『どうです? 損はさせません。賭けてみませんか?』なのだ。
「頭が痛くなってきたんだけど」
「マリア先輩の別荘はコウベですよね? それまでもう寝ませんか?」
「そうだね。こんな下らない話に毎回『凄いですね!』しか返さないマリアが心配になってきたよ」
「ホントですね」
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簡単な昼食を済ませると、天内とマリアは2人して斜陽が乱反射する海を眺めていた。
「天内さんに伺ってみたい事がありました。天内さんには訊いてみたい事が沢山ありますが……」
「なんです?」
「私はずっと疑問だったのです。
そうですね。例えば、以前。
生徒会の悪漢に不愉快になる事を言われ、されていました。
なのになぜ言い返さないのかと、天内さんはどうして誇示しないのですか。
その……本当の実力を。天内さんなら、ずっと凄い所に行けるのに。遥かな頂きに居るはずなのに」
「買い被りすぎですよ」
「いいえ。前も言いましたが天内さんは自己評価が低すぎます!」
天内はアハハと困ったように笑うと。
「そうだなぁ。意味がないからですよ。あと俺は本当に凄くないですし。事実、凡夫なんですよ」
「そんな事ありませんわ!」
(そんなはずはない。天内さんの傍に居れば居るほどそれは身に染みて感じる。
彼の実力はこの世界でも屈指だ。他の追随を許さないほどに。
本当の彼を知れば知るほど常に手を抜いているのがわかる。
学園で一切本気を出している素振りがない。
ずっと実力を隠している。
本当は五属性の魔法すら使える世界でも類を見ない魔術師。
なのに魔法を使わない。
その上、剣の腕は世界最高峰の頂きにすら到達しうるかもしれない。
それに頭も相当に良い。クラス戦での彼の筆記試験。
欠席して点数の反映されなかった科目以外は、ほとんど満点であった。
そもそもマホロの地に編入して来た時点で異常なのだ。
そんな人なのに)
天内は『ホントそうなんですけどね……』と前置きし、語り始めた。
「例えば、喧嘩が強い、優れた武力を保有している。
頭がキレる。幅広い人脈を持っている。見た目が良い。
足が速い。絵を上手に描ける。歌が上手い。料理を美味しく作れる。
まぁ正直なんでもいいんですが。
これを誇示して何になるんですか? 評価される部分も確かにあるでしょうね。
でも、俺には意味がない。だからやらない。必要ない。
そう思ってるだけですよ」
「しかし! 多くの人に認められますよ。評価されます。あの方は凄いと」
「興味ないんだ」
天内は揺らめく海面を眺めていた。
「どうして、そう思われるんですか?」
「俺は誰にも認められなくてもいいからかな。
卑屈な意味合いじゃなく、ホントにそう思っているんですよ。
チヤホヤされたいから、認められたいから頑張った事なんてないんですよね。これが」
「称賛されなくてもいいと? そういう事ですか?」
「ええ。勿論。称賛なんて要りませんよ。貰っても一銭にもなりゃあしない。あ。お金にはなるか。なるかもしれないが、それは要らないかな」
(誰からも褒められる必要がない……誰からも認められなくてもいい?)
私は彼が想像を超えた存在なのかもしれないと今にして実感し始めていた。
「誰かに認められるから何かを頑張るのは良い事だと思う。
モテたいから、チヤホヤされたいから。
身だしなみを整え、腕を磨き、勉学に勤しみ、人脈を広げる。
そういう生き方も正解だと思う」
「……天内さんはそんな生き方がお嫌いなんですか?」
「性に合ってないだけですよ。ある種それは雑念になるとも思っています。
目的と過程のバランスがいつか崩れちゃう気がする。
そうだなぁ。例えば。評価されたいから、誰かに認められたいから、威張りたいから、喧嘩を強くなる。これを目的にしたくない、と言えるかもしれません。
そもそも、あらゆる事柄における"強さ"、"上手さ"とでも言えるモノ。
この"強さ"の中には確固とした理念がなくちゃダメなんだと思う」
「理念ですか」
「そうですよ。強くなった結果、何が得たいのか。何を求めたのか。
それは人によりますけど。
俺の欲しい結果はね。沢山の人に認められてチヤホヤされたい訳ではないんです」
「じゃあ、何が欲しいんですか?」
「笑顔かな。俺の報酬はみんなの笑顔でいいんだ。みんなが腹一杯飯を食えて、大事な人と人生を過ごして、笑顔であの世に逝く。そんな笑顔を見たい。それで十分お釣りが来る。だから俺にはやるべき事が定まっている」
「そのやるべき事とは何なんですか!? 教えてくれませんの!」
「信じて貰えないかもしれないけど……俺はこの世界の『終わり』を終わらせたいんだ。この世界に巣食う人類の敵を全員倒す事。
この世界を救う事。
それが俺のやるべき事。欲しいモノは最後にエンディングを見る事。君達全員の笑顔のエンディングを」
「あなたは、本当に……一体何者なんですか?」
マリアの眼は真剣に天内を見据え続けた。
「俺は何処にでも居る単なる凡人ですよ。この世界を何とかしようと足掻くチンケな亡霊。それが俺の正体」
彼の眼は遥か先、その一点しか見つめていなかった。
(そもそも私の事など眼中になかった。ずっと大きな物を目指していた。あまりにも大きすぎる)
マリアはこの時感じ取った。
比喩ではない。揶揄ですらない。称賛ですらない。
見ている景色がまるで神ではないか。神の視座から物事を語っているではないか、と。
そして同時にこうも思った。
この人は本当に英雄なのかもしれないと。歴史に語られないだろう、本物の英傑なんじゃないかと。
本当の英雄が求めるモノはとても些細なモノなのかもしれないと思ったのであった。