勝者とは、最後から2番目にミスをした者である
/3人称視点/
ゲームには有名な格言がある。
勝者とは最後から二番目にミスをした者である、と。
最後の一手を誤った者が負ける。
言い換えるならば。
どれほどのミスを積み重ねたとしても。
「最後の一手。ここを間違わなければ……勝負の行方はわからない」
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裏社会、犯罪ネットワークCORの大幹部の1人。
人間を偽魔人へ変貌させる毒を作り出した張本人。
異質同体。様々なダンジョンモンスターの特性を身体に取り込んだ魔人。
龍人。名をボルカー。
変態能力を持つ、完璧なる生命の形の体現者。
性別もなく、定まった容姿を持たぬボルカー。
地上の生命の特徴を取り込んだ容姿を持つ怪物。
体長すらも不定形。巨躯にもなり、矮躯にもなる。
肉体は即時に粘体に変化し変幻自在。
屈強であり、軟体であり、粘体である。
あらゆる過酷な環境で生き残る事が出来るこの世で最も頑丈であり、それでいて最も柔軟な生命。
ボルカーは個としての戦闘力に加え、頭も切れる。
知略と戦闘力という二つを併せ持つスキのない魔人。
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ボルカーは人の姿であった。
美しい黒髪、目鼻立ちの整った男の姿をしていた。
人の姿になったボルカーは来賓として考査戦を観戦する。
マニアクスは"招かれる"事でしか、箱舟の地に潜り込む事が出来ない。
魔人がマホロに入る為の手段は、単に現存する要人を暗殺し擬態するのでは叶わない。
どれだけ見た目を偽ろうと"招かれていない"マニアクスはこの箱舟に侵入を許されないのだ。
超巨大物理結界、対魔人、対厄災、人類存続兵器。
それが箱舟の持つ特性だからだ。
故に人に擬態したボルカーは、ガリア帝国の宰相としての地位を確立させた。
この地に招かれるために。
ボルカーは足を組みながらこの地での行動について策謀を巡らせた。
ボルカーのこの地での目的は主に2つ。
1、マニアクスの2名。亡霊と魔女を撃破した聖剣所持者と思しき者の探索。
2、組織の企みを裏で妨害する首謀者がこの国に潜伏している可能性の精査。
ボルカーはこの地を起点に我らの策謀を邪魔立てする者が居るのではないかと推測した。
人身売買を主に行う極東管轄のヒノモトに拠点を置くCORの下部組織が何者かによって壊滅させられた後、時を経たずにマニアクス2名の敗北が確認された。
続け様に周辺国家で築き上げてきたマフィアグループや犯罪組織、国家の中枢に潜ませた配下の者が落とされていった。
極めて短期的に不自然な早さで狙ったように陥落させられたのだ。
最重要特異点であるヒノモトから始まった小さな種火は、業火のように広がると多くの計画を白紙に戻された。
戦争と内乱の引き金が壊されていったのだ。
長きに渡り秘密裏に練っていた計画が実行目前で破綻。
グリーンウッドでのグール氾濫計画の頓挫。
壬とアメリクスの国境付近、テンダール山脈にて飼育改良していた戦争兵器であった巨竜の討伐。
壬に潜ませた、内乱を煽動する役目を与えた将軍カーディフの暗殺。
アメリクスの有力者でありマニアクスの密偵であったデルバートの殺害。
極東から西へ広がる業火。その下手人とされる魔人エネと巷で風評される存在。
この者の探索と殺害は重要事項。
最後にマニアクスを撃退しただろう聖剣使い、もしくはそれ以外の強者の消去も念頭に置いていた。
「聖剣使いは見つけた。それに、あれは恐らくマグノリアの忘れ形見……聖女か」
ボルカーは風音とシステリッサを勘付かれぬように盗み見た。
対魔人兵装である聖剣。
対魔結界を張る事ができる血族。
「消去は最優先であるが……」
戦闘風景を見るに、脅威足りえないとも感じていた。
頭を静かに振る。
(いいや。慢心か。油断は最も愚かな事だな。万に一つも雑念になりうるなら排除は優先すべきだ。そして……エネなる者が最重要危険人物。貧者の傭兵も血眼になって探しているようだが)
「この者は未だ詳細すら不明か……」
ボルカーは来賓席から闘技場全体を見回すと、試合から視線を外している者を複数認識した。
不自然な挙動をする者達。
(蝕の者も多く居るようだな。通信も傍受されている可能性を示唆すべきか、連絡は慎重に機を窺わなくてはな……。この場で派手に動けば)
「些か早計か」
ボルカーは闘技場での学生の児戯を見つめながら。
(我らマニアクスは一枚岩ではない)
マニアクスは信仰する4騎士が異なる。
全員の目的は人類の排除という共通認識であるが、手段も考え方もそれぞれであった。
(メサイアのように長きに渡り独自の友愛結社を作った者や山本のような実体を持たない者なら露知らず。対マニアクスの箱舟であるこの地への潜入は招かれねば入れぬ我らにとって容易ではない……
再びこの地の土を踏む事は可能であろうが、自由にタイミングを選べぬのは厄介だな。
マニアクスを倒すほどの手練れがこの場に居るのならば、私自身が動かなければ殺す事は極めて難しいだろう。加えて、この地には異常なまでの強者が揃っているか……)
ボルカーは数人の生徒を調査していた。
地上では考えられない規格外の存在が数名居るのを確信していた。
個人で戦術兵器になりうる者が居ると。
未知数の可塑性も考慮に入れ、表舞台に出てきていない強者も含めればさらに数名追加されるだろうとも懸念していた。
(エネなる者もこの地に居てもおかしくはない。
いや、居ると考えた方が自然か。
恐らくCORそのモノの企てに気づいている者だろう。
さて、どうしたものか。
再び持ち帰って判断を仰ぎ、情報を擦り合わせるべきか。
悠長な事をしている暇はあるのか?
計画の多くは先手を打たれ、既に後手に回り始めている。
私と言うカードをここで切るべきか?)
ボルカーは、冷静に思考を巡らす。
マニアクス個人としての戦力は大量虐殺に足りうるものだ。
しかし、その驕りは慢心になると。
人類を舐めれば、手痛いしっぺ返しを食らう事を理解していた。
人間は個で脆弱。
故に 共助、連携、団結といった行動に出る。
(マニアクス個人が万人の民を一掃できたとしても、一騎当千の戦士が徒党を組み魔人の前に立ちはだかったなら勝敗の行方は未知になる)
マニアクスは人類に敗北した歴史を持つ。
考えなしに力を行使すれば、同じ轍を踏む事になると理解していた。
過去の出来損ないの先達共は歴史を知らず、傲慢と慢心により負けたのだと確信していた。
歴史を知ればこそ、人間の愚かさを利用した方がより確実に、より確度が高く人間を皆殺しにできる。故に人間同士を争わせる為に画策してきたのだ。
(配下のヒノモトのカードは使用不能。あの者達は不正を取りだたされ失脚している)
ここ最近、ヒノモトに潜ませた不正貴族や軍閥の高級官僚はスキャンダルにより失脚を余儀なくさせられ、カードとしての機能を果たせなくなっていた。
政治や経済の中枢に忍ばせていた者共の多くは刷新され始めている。
無能で知られた法務大臣が次期元首になるのではないかと、囁かれているのだ。
ボルカーはある事に気づく。
(いや待て。そんな偶然が在り得るのか?
ヒノモトは箱舟がある故、重要な起点であるが、それにしても異常だ。
蝕の者達か? いいや違う。
国際機関の非合法組織の連中が他国の政治経済の中枢にまで侵入するなど危険かつ目立つ行動を取れるとも思えない。そこまでの権力も自治権もない。
ならば別の者が居る……何者かが裏で糸を引いている。
魔人エネか?
あれはマニアクスの意図に気づいたどこかしらの国の精鋭なのかもしれない。
ヒノモトから始まった種火は、この国に眼を向けさせるために違いない。
ならば合点がいく。
そうか!
この箱舟に私をおびき寄せる為のフェイク。
この地での戦闘はマニアクスにとって不利だ。
人間同士の争いを未然に防ごうと動く盤上の支配者。
何手もの先を読み、何十の意味を持たせ、既に布石を打っている盤上の鬼神が居るとでも!?
まさか私自身が、盤上の駒としてカウントされている?
盤上の鬼神により既に踊らされている?
ならばこの地に来た時点で、相手の思う壺とでも言うのか?
私というカードを切らせようと、マニアクスをおびき出そうと青写真を描く者が人知を超えた智者であるのは間違いない。
その者にこのヒノモトに誘い出された……そうとしか……考えられない)
ボルカーは、目を細め動揺を押し隠した。
ボルカーは今まで駒を動かす役割をしてきた。
裏で手を回し、盤上の駒を動かし、人間同士の争いを高みの見物をし愉悦してきた。
そんな自身が駒として動かされているのでないかと、そんな不安に陥っていた。
(マニアクス本人が、この国に目星を付け、来賓として調査しに来る事を計算に入れていた)
ボルカーは愕然とした。
その計略を描いた者により罠に嵌ってしまったのではないかと、思い始めていたのだ。
ボルカーは何処からか視線を感じ取ると。
(いやまさか!? 既に私は包囲されている!? 私は既に敵の術中に居るとでも!?)
ボルカーは聡明でありながら、強力な戦闘能力を持つ魔人。
そんな魔人が動揺していた。